【二章】こんな姿知らない

 杏が乗りたいアトラクションをすべて乗り終えて、あと一つ位なら乗れそうだと園内マップを見て面白そうなアトラクションを探す。近くにあるものの方がいいな、と思い陽斗は見つけたアトラクションを指さした。


「これ面白そうじゃん?」

「え……いや面白いとは思う?」

「近いし行ってみよーぜ!」

「あ、ちょっと……!」


 陽斗は杏の手を引っ張ってアトラクションまで向かう。歩いてすぐの所だったので左程時間はかからず着いた。待ち時間を確認してもショーには間に合う時間だったので、そのまま流れで列に並ぶ。


「え……本当に乗るの……?」

「杏ちゃんの乗りたいのに付き合ったから、オレのも付き合ってくれよ?」

「そ、それは別に構わないけど、違うのじゃダメ……?」

「えー他かー。うーん、ちょっと遠いのだと時間的に間に合わねーし……あーあとこれとか?」

「それもダメ……違うのない?」


 陽斗が指差すのはどれも絶叫系だ。今並んでいるのもそう。列は前へ進んで行ってしまい、抜け出すには難しくなってきてしまっている。杏の顔は段々と不安の色が滲み出てきて、幾分か距離が近い事に気付く。


「もしかして、絶叫系苦手?」

「……うん」

「あー、ごめん。ちゃんと確認しなかったオレが悪い。まだ抜けられるから違うのに……」

「……いい」


 また距離が縮んで、不安もあってか杏は陽斗の腕に抱き着いていた。不安そうな瞳はしっかりと向けられていて、陽斗の鼓動が高鳴った。


「あ、あたしばっかり楽しいのは嫌だから……だから、いい……」


 周りに人がいなければ抱きしめていたのに、と思いながら陽斗はゆっくり杏の頭を撫でる。素直になれば杏は可愛いのだと実感していて、とても気分が良い。


「子供扱いしないで」

「そうだな……」


 頭を撫でていた手を頬に持っていく。確かに子ども扱いではないがあまりにも自然すぎて杏は陽斗から目が離せなかった。やっぱり大人なんだなと思うと頼ってもいいのかと思えてくる。そんな自分を見て微笑む陽斗に杏は自分の鼓動が鳴ったのが聞こえた。恋人が出来るのは初めてではない。寧ろ片手で数えられない位の交際経験はある。なのにどうしてこんなに初々しい気持ちになってしまうのだろう。確かに二十歳を越える大人と付き合った事はないが、それにしてもいちいち鼓動が煩い。きっともうすぐアトラクションに乗るからだろう。強く腕を握りしめると、少しだけ陽斗の身体が揺れる。どんな表情かおをしているのか確認する勇気はなかった。だってきっと自分と同じような赤い顔な気がしたから。

 そうして十数分並ぶと順番が来て、乗り物に乗る。安全バーは一列ごとに設置されていて、杏はしっかりと安全バーに掴まった。いつ発進するのか怖くて仕方ない。少しだけ縮まった左隣との距離に気付けない程には。

 そうしていれば発進のアナウンスが鳴り、ゆっくりと進んでいく。このアトラクションは絶叫系の中でも緩やかな方ではあるが、それでも怖くて叫び声を上げ続ける。景色も判らずあっという間に最後の山を上り、急降下するのを認識すると杏は目を瞑った。一瞬の内に湖に落ちて行って、水しぶきが上がって緩やかに乗り場に戻っていく。放心状態の杏の手を引っ張って陽斗はロビーで杏の様子を伺う。杏の濡れた髪をハンカチで拭いていれば意識が戻って来たようで急に慌てだした。


「これってこんなに濡れるんだな」

「……そうね」


 笑いながら杏につく水滴を拭いているが陽斗の方が濡れているのだから自分を優先して欲しくて、ハンカチを持つ手を掴んだ。だけどまだ心が戻って来ていなくて上手く言葉に出来ない。潤んでいるのは身体だけではなくて、その姿を見て陽斗は動揺したように手を離した。


「と、トイレ行きてーから先に外出てるな」

「あ……うん」


 あんなに動揺した陽斗を見るのは初めてだ。そんなに今の自分の姿はおかしいのだろうか。鏡で確認しようと思い化粧直しをしに杏もゆっくりと歩き出す。だがしかし、ロビーを出る前に杏の足は止まってしまう。このアトラクションは最後の落下地点で写真を撮る仕組みになっている。ロビーにはその写真が映し出されていて、杏は液晶に釘付けになった。杏を守るように右手で抱きしめられていた事に今気付いて、一気に顔が赤くなっていく。


「……ばか」


 陽斗はこのアトラクションが写真を撮るシステムだと知っているのだろうか。知っていたら見られたくなくて一緒に外に出ていただろう。陽斗はそういう性格だ。杏はこっそり写真を買って鞄にしまうと化粧直ししてから陽斗と合流する事にした。


 *


 一方で海斗と安里はショップを見て回っていた。アトラクションは大体満足していたので、のんびり過ごそうという事になっていた。六人で最後にもお土産を買う時間を取ってあるが、一回見ておこうかと店内を二人で歩く。店内を見終わって一回外に出ると、外にあるショップも見て回る。


「海斗さん、折角なのでつけてみませんか?」

「う、うん……安里はどれが良いと思う……?」

「うーん、そうですね……やっぱりこれでしょうか」


 安里は耳付きのカチューシャの前で止まると、自分たちに合う種類を選び出す。夢の国と言ったらこの二人、という黒い丸耳を選んで手に取る。安里が一番好きなキャラクターでもあるので納得した声を出して安里の手からカチューシャを取ると売り子に声を掛けて会計をする。安里はその間も店に飾られるカチューシャを眺めながら待っていた。

 会計を済ませた海斗は買ったばかりのカチューシャを持って安里に向き合った。安里は少し屈んでくれて、リボンのついた方の耳を海斗が付けると満足そうに微笑んだ。海斗も付けると少し照れくさそうに頬を掻く。


「やはり海斗さんは可愛いものが似合いますね」

「え……そう? でも俺は安里が世界一可愛いと思うけどな」

「ふふふっ、褒めても何もでませんよ?」


 頬を少し赤らめながら安里は海斗の手を握る。そのままエスコートする様に安里は歩いて行き、海斗は少し慌てたけれど隣に並んで歩いて行く。愛するお姫様の行く先なら王子はどこへだって喜んでついて行くだろう。

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