第十話「紅茶には砂糖をひとつ」

【一章】ケーキの用意は出来た

 四月に入って一週間経てば桜は散ってしまい、段々と暖かさが増してくる今日は晴天だ。

 駅前で買ってきたケーキの箱を慎重に持ちつつも楽しそうに歩く凛の隣で落ち着きがない杏。好きな人の家に行くのが初めてな上、呼び捨てになった関係にはまだ慣れていない。


「あそこが葵の家だよ!」

「……うん、にーに先に行って」

「そんなに緊張しなくてもだいじょうぶ……あれ?」


 十字路を曲がり見えた三田家を指差しながら歩いていると、玄関先に男性がいるのが見えた。どこか落ち着きのない様子でチャイムを鳴らそうとしたり玄関前でうろうろしていて不審者極まりない。


「ど、どうしよう……!」

「あたしが様子見ておくから、にーには葵に連絡できる?」

「う、うん! まかせて!」


 近くにあった電信柱に隠れる様にしながら杏は不審者の様子を伺う。相変わらず玄関先で不審な動きをする男は意を決したのかドアノブに手を掛けた。


「杏ちゃんと凛くんじゃん!」


 背後から聞こえた声に肩を震わせて二人は声の主を確認する。聞いた事のある声だと思えば案の定陽斗で、何故いるのかと目を丸くしながら見続けた。二人は驚きのあまり言葉が出ない。


「なんだ、かいまだ入ってなかったの――」


 三田家の軒先を見て呟いた後、陽斗は自分の家に帰る様に歩き出す。刹那、玄関の扉で殴られた不審者に、陽斗は肩を震わせて顔色が蒼くなって行く。


「凛、杏!? 無事!?」


 慌てて玄関から出て凛と杏の元へ駆けて来たのは葵だ。あまりの出来事に皆言葉を失っていた。


「あれ……陽兄? なんでいるの?」

「い、いやオレの事はいいから海が生きてるか確認してくれ……」

「え……? え!? なんで海兄かいにいもいるの!?」

「う……葵が元気そうで兄ちゃんは嬉し……」


 玄関先に倒れている不審者に駆け寄った葵は覗く様にして声を掛けると、男は安心して眠りについた。


「とりあえず家入るか……」


 呆れながら陽斗はその場にいる全員に向けて声を掛けた。陽斗は男を抱えて家に入ると、葵は凛と杏の傍に寄る。唖然としている二人に苦笑しながら「大丈夫だよ」と声を掛けて二人の手を繋いで家へと歩いて行った。


 *


 リビングのダイニングテーブルに着くと凛と杏が隣に並び杏の前には陽斗が座る。その横に不審者が座りお誕生日席に葵が座り状況を確認していた。凛と杏は葵に誘われて来ていたのだが、問題は兄だ。偶然にしてはタイミングの悪い事に葵は盛大に溜息を吐いた。


「いや、オレだって止めたんだぞ? でも海がどうしてもって言うからさー」

「……だ、だって葵に彼氏が出来たって聞いて、心配だったから……」


 黒髪で隠れる顔はよく見れば陽斗と似ていて、凛と杏は不思議そうにその男を見つめていた。


「心配してくれるのは嬉しいけど、海兄にはもっと周りを見て欲しいな」

「……あ、うん、ごめんね葵、不甲斐ない兄ちゃんで……」

「海兄、顔を上げて?」


 俯いて反省していた男は葵の言葉の通りに顔を上げた。目の前にいるのは可愛らしい少女たち。瓜二つな二人を見て照れくさそうに視線を泳がせる。


「紹介するね、彼氏の北川凛さんと、妹の杏さん。こっちは兄貴の海斗かいと

「双子なんだってよー。偶然ってすごいよな」

「あ、そうなんだ……。俺は三田海斗。葵の兄ちゃんではるの双子の兄なんだ」


 髪色や髪型が違うから紛れてはいるが、確かに海斗と陽斗は似ている。驚いた顔をしながら凛と杏は三田兄弟を見つめていた。


「自分たち以外の双子さんはじめてだ……!」

「……それで初めて会った時驚かなかったのね」


 凛は目を輝かせ、杏は少し不機嫌になりながら海斗と陽斗を交互に見つめる。

 杏は双子はこんな風に似てるのだと、今まで自分たちに掛けられてきた「そっくり」という言葉を思い出しながら陽斗に視線を向ける。


「なに……?」

「いや、面白い顔してんなって」

「そろそろその口開かない様にした方がいい?」

「褒めてんのになー」


 どこが、と思いながら視線を外して海斗の方を見ると怯えながら視線を泳がせている姿に本当に双子なのだろうかと疑問を抱いてしまう。否、見た目はそっくりなのだが。


「皆が良ければ、このまま予定通りお茶会しない?」

「あ、でもケーキ三つしか買ってない……!」

「オレらは気にしねーよ。どうせ海は甘いもん苦手だしな」


 慌てる凛に面目ないという顔をしながら海斗は頷いていた。杏も渋々頷いて、葵はお茶の用意をするために席を立つ。凛は手伝うとついて行き、残された三人は沈黙に包まれていた。

 どこか落ち着きがない様子でリビングを見渡す杏に気付いた陽斗は、口端を上げながらその様子を眺めている。その様子を不思議そうに伺う海斗は気付かれない様にまた俯いてしまっていた。

 そうしていれば段々と甘い香りが部屋に漂って来る。キッチンで準備をする二人は夫婦の様に思えてしまう程に笑いながらお茶会の準備をしていた。

 羨ましそうな瞳を向けたのは一瞬だけ。だってこれはどうやっても叶わない恋なのだから。

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