【二章】君が居てくれたから

 あれから三田の拒否反応は無くなった。不思議なくらいあっさりと消えてしまい、だから三田は絶好調である。バスケットゴールに入るボールの数は今何個目だろうか。それに負けまいとチームメイトも熱くなって行き、試合に向けての不安は小さくなっていく。

 だけど三田には別の不安が出来始めていた。それは凛に大会に来て欲しいという誘いの連絡が出来ない事。何気ないやり取りは出来ているのに、いざ誘おうとすると緊張してしまって、結局大会は来週に迫っている。今は夏休み期間中だ。夏休みも試合の為に練習しに来る日々だが、帰宅部の凛にとっての夏休みはどういったものなのか三田は判らなかった。だから誘っていいのかと悩み続け、現在に至る。

 夕食を食べ終えて、自室の机にスマホを置き、三田はスマホを見つめている。


『来週大会があるから、来てくれると嬉しい』

『会場:〇〇体育館 日程:八月十七日~』

 

 そこまで打っているのに送信ボタンが押せない。一歩を踏み出す勇気がこれ程重いのは初めてだ。


 (でも、見て欲しい)

 

 三田は変わったのだ。不甲斐ない姿は見せないという自信がある。だから今度は絶対に格好良い所を見せられる。その自信の方が大きい。

 大きく深呼吸して、三田は送信ボタンを押した。押してしまった。すぐに既読が付いて三田は画面を開いたまま、ただ画面を見つめていた。


『絶対に行くね!』


 その後に『頑張って』の台詞が付いた可愛い動物のスタンプが送られて来た。鼓動が高鳴ったまま三田は嬉しそうに微笑んでいた。


 

 *



 そして大会当日。大きな大会という事もあり会場は観客の楽しそうな声で賑わっていた。控え室で打ち合わせをして、円陣を組み、気合を入れる。絶対に負けないと自信に溢れたまま三田とチームメイトはコートに立つ。凛の姿は探さない。広いので見つけるのに時間が掛かるというのもあるが、凛は「絶対に行くね」と言ってくれていたので、絶対に来ていると確信じみた自信があった。だから今は目の前に立ちはだかる壁を越える事に集中をする。そうして気合を入れていれば、試合開始の合図が鳴った。

 

 第一試合、第二試合と勝ち上がっていき三日目の今日は準決勝。去年はここで負けてしまった。だからここからが本番だとより一層気合が入る。

 試合が始まり、お互いに譲らない接戦に、会場の熱気は最高潮だ。


「行けるよッ! 頑張ってこう!」

「はい!」


 インターバルを終え第四Qが始まる。笑っても泣いてもこれで最後だ。今は二点差で負けている。だがチャンスはまだある。開始の合図が鳴り、相手チームにボールが渡る。これ以上点差を付けられる訳にはいかない。チームメイトが攻防を繰り返し、相手の隙を見つけた。


「っしゃ!」


 相手陣地に攻め込みながらまだボールは自分たちの物だ。相手チームの防御を崩しながら、パスを繋いでいく。


「結衣!」

「まかせろ!」


 ゴール下へパスが通る。これで決められない自信は無かった。投げたボールはバスケットゴールに入った。これで同点だ。残り時間はあと四分。勝てる道が見えて来た。流れに乗りそのまま行きたい。行ける。行ける筈だ。だがやはり相手は強い。再び相手チームに攻められ、防御に徹しているのが限界か。それでも、勝つ自信はいつだって持ち続けている。絶対に勝てる。否勝つのだ。その為に今日まで頑張って来た。

 相手の一瞬の隙を付いてチームメイトはボールを奪う。


「咲!」

「いい所いるじゃん! エース!!」


 ボールを受け取り相手チームの陣営に走った三田は、ゴール目掛けてボールを投げる。

 試合終了の合図が鳴った。ボールは同時刻にゴールに入る。三点増えた事により見事に勝利を収めた。


「しゃあああああああ!!」

 

 喜びの声を上げながら、三田の元にチームメイトが群がる。こうやって背中を叩かれて喜ぶのがこんなにも嬉しかっただろうか。

 試合後の挨拶を終えて控室に戻る。その間も皆興奮していて、嬉しい悲鳴が上がり続けていた。そんな興奮が覚めないまま控室に戻り、着替え始める。三田はロッカーを開けて、鞄の中で光るスマホを取り出した。画面を開いて目を見開く。


「ごめん、すぐ戻るっ」

「葵!?」

 

 画面に表示された文字を見て、三田は走って控室を出て行く。会場の出口まで走って来た三田の姿を見つけて手を振る凛に抱き着いた。凛は驚いて慌てる素振りを見せる。だけどずっと抱きしめられていて、凛は落ち着いて来て、三田の鼓動を感じていた。


「とっても……カッコよかったよ」

「ありがとう……」


 三田が握りしめているスマホの画面にも凛から『カッコよかった!すごかった!』『終わったら少し会える?』とメッセージが表示されていた。一番欲しかった言葉を声に出して言ってくれた凛を、強く抱きしめた。凛はその背中を抱きしめ返した。


「あ、ごめんっ、着替えてないから汗臭いのに……」

「ううん。すぐ来てくれて嬉しかった。明日もまた来るね」

「北川さんが応援してくれるなら、どんなに辛くても頑張れるよ」

「えへへ、明日も頑張ってね」


 そう言って手を振って帰っていく凛の背中を見続けた。明日は決勝戦だ。正直明日は勝てるかは判らない。だからこそ本気で勝負する。勝っても負けても、大切な時間をこの大会で掴むことが出来た事が嬉しい。三田は空を見上げて微笑んだ。

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