第47話 ギルドマスターに呼び出される。

 ――あれから数日。


 ユーリはギルドマスターのレーベレヒトに呼び出された。

 呼ばれたのはユーリだけ。

 クロードは「絶対について行く」と言い張ったが――。


「面白そうだから、邪魔しないでね」


 と笑顔で言われ、JPファミリーとの戦闘にタイミング悪く乱入してしまった負い目もあり、おとなしく引き下がった。

 秘書の女性に連れられ、ユーリはギルドマスターの執務室に向かう。


「おう、入れ」


 応接用のソファーに座っていたのは、ギルドマスターのレーベレヒト。

 彼は冒険者との兼業で、冒険者としてはAランクだ。

 JPファミリーと戦ったときのなんちゃってAランクとは違い、研ぎ澄まされたナイフのようだ。

 一五〇センチと小柄な体格だが、それで舐めて痛い目を見た冒険者は数知れず。

 落ち着いた調度品に囲まれる執務室の中、彼の存在はぶちまけられた原色のペンキだった。

 そんな場所に呼び出されたら、普通の冒険者は萎縮してしまう。

 だが、ユーリは――。


「やっほー」

「…………」

「レーベお兄ちゃん、元気にしてた?」

「その呼び方、どうにかならない?」

「えー、じゃあ、にいに、お兄様、兄上……どれがいい?」

「…………そのままでいい」


 親戚の叔父さんに会いに来たような気軽さだ。

 まるでそこがいつもの場所とばかり、向かいのソファーに腰を落とす。


 レーベレヒトは内心、ため息をついた。

 普段なら、自分がペースを掴み、有利に話を進める。

 それができるだけの格があると自負していたのだが――ユーリには通じない。


 ――まったく、これじゃ俺じゃなくて、コイツが主役じゃねえか。


 ソファーに挟まれたローテーブルにはお茶とクッキーが用意されていた。

 ユーリはためらいもなく手を伸ばす。


「んー、これ、美味しいね」


 クッキーを、はむはむと囓りながら、ユーリは笑顔を浮かべる。

 呼び出されたというより、おやつを食べに来たようにしか見えない。


「こうやってるところは、普通の可愛いお嬢ちゃんなんだけどなあ」


 レーベレヒトは呆れ顔だ。

 なにも知らずに無邪気に振る舞う幼女のようだが、そうではない。

 ユーリは彼のこともこの状況もしっかりと理解した上で、歯牙にもかけないだけ。

 どちらの方が格上か、理解しているから。


 そして、それは彼も同じ。

 上からガツンといくのは悪手だと分かっている。


「あー、まず、なにから切り出すか――」


 レーベレヒトはガシガシと頭を掻く。


「お前さん、とてつもなく運が悪いな。いや、良いのか?」

「ん? なんのこと?」


 ユーリは次々とクッキーを口の中に放り込む。

 まるで、こっちがメインで、彼との話はオマケであるかのように。


「ケロッとしてんなあ」

「だから、なんのこと?」

「あれだよ、ワイバーンとか、ジャイアントオーガとかだよ。Bランクモンスターだぞ」

「ああ、あれね。うん。大変だったよ」

「ちっとも、大変そうに見えねえよ。つーか、見せる気もねえだろ」

「うん。まあね」


 ポリポリとクッキーを食べるペースを変えずにユーリは答える。

 Dランクになってから、彼女は自重を辞めた。

 レーベレヒトが言うように、普通のDランク冒険者なら瞬殺される相手をバンバン狩って、素材をギルドに売却し続けた。

 あくまでも、「向こうが襲ってきたから返り討ちにした」という体で。


「そんな立て続けにBランクモンスターが出現したら、国レベルの大問題だぞ」

「へー、そうなんだ。でも、サイコロだって振り続けたら、一〇〇回連続で同じ目でるよね。それと一緒だよ」

「ったく、当たり前な顔しやがって。普通の奴だったら、コロッと騙されるぞ」

「えへへ、カワイイ?」

「ああ、カワイイよ。見た目はな」


 お人形のような外見。それが内面と一致していれば良かったのに――レーベレヒトはつくづくそう思う。


「ランク上げたいのか?」

「んー、別にどっちでもいいよ。地位とか、肩書きとか、興味ないし。ただ、強いモンスターと戦いたかっただけ」

「おい、襲われたって設定じゃなかったのかよ」

「あー、そうそう。襲われちゃった。きゃー」

「隠す気まったくねえじゃねえか」

「まあ、そんなこと、どうでもいいよね。もっと楽しい話してよ。あっ、お姉さん、クッキーおかわりっ!」


 ユーリは空っぽになった皿を秘書に差し出す。


「ったく。おい、俺のパフェでも持ってきてやれ」

「えへへ。ありがとー」

「ほらっ、欠片ついてるぞ」


 レーベレヒトはユーリの口元についたクッキーのカスをを手で払う。

 それは無意識だったようで、彼は「あっ」と固まる。

 ユーリは彼の手が触れた場所をペロリと舐め、いたずらっ子な笑みを向ける。


「あっ、すまんすまん。姪っ子がいるんでな。ついクセで」

「にひひー」


 気まずい顔をする彼に満足し、ユーリはいたずらっ子の笑みを浮かべる。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ジャンボパフェとケーキ。』


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