第12話 依頼完了を報告する。

 ――夕刻。


 ドブさらいの仕事を終えたユーリが帰ろうとすると――。


「お嬢ちゃん、よく頑張ったね」


 露天のおばさんがにっこり笑顔で、ユーリにトォメィトゥを手渡す。


「お腹すいたろう? こいつでも食べて、疲れをとりなよ」

「えっ、いいの?」


 真っ赤に熟したトォメィトゥの実。

 ユーリは受け取った実を、ひと口齧る。


「おいしっ!」


 幼女の声が漏れる。

 ユーリはこの二日間で把握していた。

 美味しかったり、痛かったり――感情が刺激されると、この身体の持ち主が顔を表すと。


 トォメィトゥは別に珍しい野菜でもないし、もっと品質の良いもの食べてきた。

 だが、一日の過酷な労働を終えた全身に、染み渡る美味しさは格別だった。


 続けて、二口、三口と止まらない。

 あっという間に食べ終わり、名残惜しそうに口元を拭う。


「あはは。そんなに美味しそうに食べてくれると、こっちまで嬉しくなっちゃうよ」


 おばさんは豪快に笑うと、野菜がいっぱいに詰まった袋をユーリに差し出す。


「ほら、これも持っていきな」

「いいんですか?」

「ああ、売り物にならないヤツだから、気にすることないよ」


 少し古くなったものや、傷んでいるもの。

 売ったとしても二束三文だが、食べるだけなら問題ない。


「食べ物に困ったら、いつでも来るんだよ。売れ残った野菜ならいくらでもあるからね」


 ユーリは受け取った好意をどうとらえていいか、困惑する。

 こんな思いは初めてだった。皇帝では、味わえない感情だ。


 こぼれそうになる涙を押し止め――。


「ありがとう、お姉さんっ!」

「また、来るんだよ」


 お礼の言葉を伝え、くるりと振り向く。

 それと同時に溢れ出た涙が頬を濡らす。


 片手には、野菜の詰まった布袋。

 反対の手でショベルを引きずり。


 下を向いた顔から、ぽとりぽとりと雫が垂れる。


「労働の対価は、このような物もあるのか」


 初めて知る、庶民の生き方。

 胸を打つ気持ちが疲れた身体を温める。

 ユーリの涙はなかなか止まらなかった。


 それでも、ギルドに戻る頃には感情を整え終わり、幼い自分を奥に引っ込ませていた。

 ユーリの姿を認めると、クロードが心配そうに駆け寄ってくる。

 本人は自覚していないが、端から見れば、子どもを初めてお使いに出した父親そのものだ。


「ユーリ様。大丈夫でしたか?」

「余を誰だと思っている」


 自信に満ちあふれる言葉だったが、その頬に残る痕跡をクロードは見逃さなかった。

 そして、思い出す――ユリウス帝ならば、感情もその残滓もを表に出さない。

 今、感情の証拠を見つけ、目の前にいるのはユリウス帝ではなく、ユーリという名の少女だと悟る。

 それゆえ、問い詰めず、気づかなかったフリをすると決めた。


「お疲れ様でした。その袋はどうしたのですか?」

「ああ、労働の報酬だ」

「報酬?」

「ほら」


 困惑するクロードに袋の中を見せる。

 さり気ない風を装っているが、口元が得意げに浮かれていた。

 中を見て、クロードは再度、首をかしげる。


「これは――野菜ですか?」

「ああ、健気な少女の働きぶりに感動した露天のおかみがくれたのだ」


 ユーリは自慢げに目尻を下げる。

 彼女が語る光景を想像して、クロードも頬を緩めた。


「なにをほうけておる。そろそろ限界だ。これを頼むぞ」


 ユーリは反対の手に握っていたショベルも渡す。


「ほら、手続きを済ますぞ」


 歩き出したユーリの背を、クロードが追いかける。


「結果はいかがでした?」

「約束は果たしたぞ」

「それでは、本当に5袋も……」

「いや、6袋だ。余を見くびるでない」


 一瞬、驚き。

 次に、敬意。


「余がやろうと思って、できなかったことがあったか?」


 ユリウス帝は「できるかどうか」は一切考えない。

 「どうやって実現させるか」だけだ。

 そして、それをすべて――叶えてきた。


 ――こういうお方だからこそ、人生を捧げたのだったな。

 ――この気持ちは、今生でも変わらない。


「足が止まっておるぞ」

「はっ、失礼しました」


 クロードとユーリは、ギルド建物の裏手に向かった。

 そこにはふたつのおおきな建物が並んでいる。

 どちらもギルド施設だ。


 片方は解体課で、持ち込まれたモンスターの死体をバラす場所。

 夕方のピークを迎え、列を作る冒険者たちの汗と、血肉の臭いでむせ返っている。


 もう片方は資材課。

 用があるのはこちらだ。

 解体課より人が少ないとはいえ、こちらも冒険者が列をなして並んでいる。


 ユーリは列の最後尾に並んだ。


「それにしても、行列に並ぶというのは新鮮でいいな」


 皇帝時代にはありえないことだ。

 他の冒険者が「早くしろ」とイラつく中、彼女ひとりはワクワクと胸をはずませる。


「なんだ、あまり反応がよくないな」

「いえ、さすがにもう慣れましたので」

「ふん」


 やがて、ユーリの番になる。


「おう、朝のお嬢ちゃんじゃないか――」


 担当は朝と同じ男だった。


「って、クロードも一緒じゃねえか」


 男はクロードに不審な目をむける。


「おい、お前さん。こんな幼い子に働かせて、左うちわか?」


 ユーリのいたずら心が働き始める。


「そうなのっ。ノルマをこなさないと、ご飯がもらえないのっ!」


 涙目を浮かべる演技も、だいぶさまになってきた。


「おいっ! クロードっ!」

「違う」

「それがAランク冒険者のやることか? 見損なったぞ」

「だから、違うと言ってる」

「なにが違うってんだっ!」


 今にも担当の男はクロードにつかみかかりそうだ。


「あははははっ」


 いきなり、大声で笑い出したユーリに、二人の視線が集まる。

 ひとりは困惑の視線を。

 もうひとりは、恨みがましい視線を。


「済まぬ済まぬ。余のたわむれだ。クロードがそのような非道をする男か?」

「…………っ」

「これは余が望んだことだ。自分から進んで冒険者になったのだ」

「おいっ、どういうことだ、説明しろ」


 男に詰められ、クロードがユーリの設定を説明する。


「ふーん、よくわからねえが、疑ってすまなかったな」


 男はクロードに頭を下げる。


「気にするでない。そなたは、自分の職務を果たせばいいだけだ」

「……ん?」

「後ろの奴らがにらんでるぞ」

「あっ、ああ。そうだな。まずはショベルを渡しな」


 クロードが渡す。


「次は冒険者タグだ」


 ユーリが渡す。


「……ん? 6袋だとぅ!?」


 魔道具で冒険者タグの情報を読み取った男が叫んだ。


「おいおい、クロードが手伝ったんじゃねえのか?」

「当たり前だ。余がそのようなことをすると思うか?」

「いや、だってよ……」

「ユーリ様のおっしゃる通りだ」

「でも、この身体だぜ?」

「このお方は凡人の物差しで図れるものではない」

「明日からも驚かせてやる。楽しみに待っておれ」

「おっ、おお……」


 呆気あっけにとられている男から冒険者タグをひったくるようにすると、並んでいた冒険者に告げる。


「待たせて済まなかったな。苦情はこの男に言ってくれ」

「なっ!?」


 二人はざわつく資材課を後に、ギルド受付に向かった――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『初めての帰り道』

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