第9話 クロードの知り合いと出会う。

 しばらく歩き、冒険者ギルドに到着した。

 依頼を受けるため冒険者たちで昨夜よりせわしない。


 自分たちのことで手一杯なようで、二人が入って来ても視線を向ける者は多くなかった。

 そして、気づいた者もすぐに視線をそらす。

 どうやら、昨晩の噂が広まっているようだ。

 冒険者はすべて自己責任。君子危うきに近寄らず。


 そんな中、一人の冒険者が二人に近づく。

 昨日と同じ展開だが、あのときとは違い、友好的な態度で軽やかに歩み寄る。


「あら、クロード、おはよう」

「ああ」


 声をかけてきたのは二十代半ばの女性。

 男装の麗人といった印象だ。


 精悍せいかんな顔つきにスレンダーな体型。

 だが、その身体は丸みを帯びていて、女性だと分かる。


 赤く燃える革鎧はひと目で高級品だと分かる。

 その手に荷物は持っていない。【虚空庫インベントリ】の使い手だ。

 ふたつのことから、女性が高位冒険者だと判断できる。


 しかし、その情報がなくても、女性の気配と立ち居振る舞いから、ユーリは彼女が強者であると感じとっていた。


「相変わらず、つれないわね」

「…………」

「あら、その子が噂のお嬢ちゃん?」


 女性は噂になったユーリに興味を持って、わざわざ二人を待っていた。


「会えないかと思ってたけど、今日はツイてたみたいね」

「用件は?」


 このやり取りだけで、二人の関係性をユーリはだいたい理解した。

 クロードが気安く接することを許している相手。

 ユーリは彼女に興味を持った。


 一方、クロードは最小限の会話しかするつもりのないと態度で示す。

 それが分かった女性は、ユーリに対象を切り替えた。

 かがみ込んで、ユーリの視線に高さを合わせる。


「はじめまして、お嬢ちゃん。私はアデリーナ。よろしくね」


 子ども扱いされたが、ユーリは機嫌の損ねるどころか、むしろ、喜んでいる。

 この身体になって、対等に扱われるのが嬉しかった。


「ユーリだ。クロードが世話になっているようだな。コイツは愛想が悪いが、根は悪い奴じゃない。仲良くしてやってくれ」


 ユーリの言葉に、アデリーナはプッと吹き出す。

 精一杯背伸びしている幼女しかに見えなかった。


「まるでクロードのママみたいね。もしかして、エルフ?」


 前世でも、今生こんじょうでも、ユーリは普人種だ。寿命は百年もない。

 だが、この世界にはエルフのような数百年も生きる長命種も存在する。

 普人種から見たら、エルフは外見と年齢が一致しない。

 ユーリのような見た目が幼女でも、数十年も生きているかもしれないのだ。


「そうか、エルフか……」


 アデリーナの言葉で、あることをひらめいた。

 むしろ、なぜ覚醒してから今まで、そのことに思い至らなかったのか――やはり、動転していたのか。


 エルフは長生きだ。

 ユリウス帝の時代を生きた者も生存しているはず。


 ――エルフならなにか、知っているかもしれない。おいおい調べるとするか。


「やっぱり、エルフなの? お嬢ちゃん扱いマズかった?」

「いや、普人種だ。見た通り、まだ八年しか生きておらん」


 アデリーナはユーリの第一印象を改めた。

 その異質性を嗅ぎ取り「噂になるのも当然だ」と納得する。


「へえ、その割には落ち着いているし、しっかりしてるのね。喋り方も大人みたい」


 アデリーナは目を輝かせ、うんうんと頷く。


「ねえ、お嬢ちゃん?」

「ユーリだ」

「あら、ごめんなさい。ユーリちゃん。ちょっと、教えて欲しいんだけど……」

「構わんぞ」


 アデリーナは一歩踏み込んだ質問を投げかける。


「あなた、いったい何者?」

「ん? ただの平民の幼女だ」

「ふーん。まあ、そういうことにしておこうか」

「今日から冒険者活動を始める。先輩として、いろいろ教えてくれ」

「いろいろねえ。じゃあ、大人の遊びを教えてあげるわ」

「そういうのは間に合ってる。この身体にはまだ早い」

「へえ、残念。なら、冒険者の先輩として、イロハを教えてあげるわ」

「ほう」

「でも、間に合ってるか。クロードがいるもんね」

「気持ちだけ受け取っておこう」

「あはは。じゃあ、代わりにクロードの弱点を教えてよ」

「コイツの弱点か。それはな――」


 ユーリはいたずらっ子の笑顔を作るが――。


「ユーリ様」

「えへへ」


 クロードにたしなめられ、口を閉ざす。

 してやったりという顔をしていた。


「ねえ、クロード」

「なんだ」


 クロードは素っ気なく返す。

 アデリーナのユーリへの接し方が不快だった。


 そんなクロードの気持ちを、アデリーナは理解していた。

 理解した上で、わざと振る舞ってるのだ。

 この程度ではクロードはキレないと知った上で、さらに際どい発言をする。


「この子ちょーだい」

「不敬だ」


 クロードの堪忍袋の緒が切れた。

 無意識のうちに、【虚空庫インベントリ】から剣を取り出そうとし――。


「構わん。余は楽しんでおるぞ」


 ユーリにたしなめられ、動きを止める。


「本当に、面白い子ね。詳しい話を聞きたいところでけど、これから仕事なの」

「だったら、さっさと行け」

「ねえ、ユーリちゃん。今夜は空いてる?」

「ああ、予定は入っておらん」

「じゃあさ、一緒に呑まない?」

「それは構わんが、この身体は、あまり酒に強くない。アデリーナの期待に応えられるかは分からんぞ」

「ふふっ、大丈夫よ」


 アデリーナは許可を取るように、クロードに視線を向ける。

 クロードはそっぽを向いて、好きにしろという態度だ。

 「ふーん」とアデリーナはより一層、二人の関係が気になった。


「じゃあ、夜にクロードの家にいくから、待っててね」

「楽しみにしているぞ」

「じゃあね、バイバイ」


 去りかけたアデリーナは振り返り――


「あっ、そうだ」


 ――ユーリに向かって、軽く殺気を放つ。


 だが、半ば予想していた通り、ユーリは殺気を軽く受け流した。


 ――やっぱりね。


 殺気を向けられた本人は、そよ風が吹いたくらいにしか感じていない。

 アデリーナの疑惑が確信に変わり、ユーリへの関心がより高まった。


「へえ、普通の平民の女の子かあ」


 そうつぶやき、今度は本当に立ち去った。


「ミシェルといい、其方そちの知り合いは面白い者ばかりだな」

「礼儀のなっていない者ばかりで、恐縮です」

「いや、構わん。余は平民の女の子だ。安心しろ。すべてが新鮮だ。余は楽しんでおるぞ」


 早くも現状に適応し、新しい人生に馴染もうとしている。

 「自分も早く変化する必要がある」とクロードは考える。


「それより、余の振る舞いはどうだった? おかしなところはなかったか?」


 不安げな上目遣いの破壊力は抜群だった。

 クロードはユーリをギュッと抱きしめ、「大丈夫ですよ」と言いたくなった。

 だが、首を小さく振り、その思いを押し殺す。


「どう見ても、普通の子どもには思えませんが、アデリーナ相手なら気にする必要はないでしょう」

「そうか、まだまだなのか……」


 ――なかなか難しいものだな。


 だが、ユーリはすぐに気持ちを切り替える。


「そうか、なら、安心したぞ。それはそれとして――」







   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『初めての依頼を受注する。』

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