第3話 ユーリは前世の臣下と再会する。

 実家を後にしたユーリは白馬ヴァイスにまたがり、街道をひた走る。

 元のユーリの記憶があるので、近隣の地理は把握している。


「さて、どこへ向かうかだが――」


 決定しているのは、伯爵領を出ること。

 領内にとどまれば、父がなにかしら関わってくるだろう。

 もちろん、なにをされようと、どうということはないのだが、面倒くさいのは間違いない。


 とりあえず、隣領を目指そうと思ったそのとき、ある街の名前が思い浮かぶ――。


 ――カティアールの街。


 隣領の領都だ。

 なぜか、そこに行かなければならない気がした。

 理由はわからない。ただ、強烈に惹かれた。


 ユーリは直感を信じる。

 前世では、直感のおかげで、何度も窮地を脱してきたからだ。


「その街になにがあるのかわからん。だが、楽しいことが起こりそうだ」


 ユーリは笑みを浮かべる。

 誰かが見たら、背筋が凍りつく笑みだ。

 未知の状況に飛び込む――それはユリウス帝にとってなによりの楽しみだ。

 その好奇心こそが、大陸制覇という遺業を成し遂げさせたのだ。


「行くぞッ」


 ヴァイスに魔力で命じる。


 場所は元のユーリが覚えている。

 ユーリはカティアールの街に向かうと決めた。


 ユーリは自分だけではなく、ヴァイスにも【身体強化ライジング・フォース】の魔法をかけているので、ヴァイスは疲れることなく、走り続ける――。



    ◇◆◇◆◇◆◇



 一昼夜、馬を走らせ、ユーリは隣領カティアールの街が見えるところまでやって来た。


「ご苦労さん」


 ヴァイスの背から下りると、そのたてがみを優しくなでる。

 人間に対しては冷酷で容赦がなかった皇帝ユリウスだったが、動物やテイムした魔獣には優しかった。

 人間と違って、どちらが上か分からせれば、絶対に歯向かわないからだ。


 ――人間は愚かだ。彼我ひがの力の差も計れず、勝手に自滅する。


 皇帝ユリウスにとって、他人は二種類しかいなかった。

 すなわち――敵か、臣下か。


 彼の上に立つ者も、並び立つ者も存在しない。

 絶対的支配者としての孤独の中に生きていた。


 信頼は出来ても、信用は出来ない。

 完全に心を許せる相手は一人もいなかった。

 人間よりも、動物の方がよほど心を許せた。


 ――我は命ずる。汝、我が使役獣として、生をまっとうせよ。


 ユーリの使役テイム魔法が発動し、ヴァイスの身体がユーリの魔力で包まれる。

 ヴァイスはそれを受け入れて、頭を下げた。


「うむ、この魔法も問題ないな。また、必要なときは呼ぶ。それまでは、好きに過ごせ」


 ヴァイスはひとついななくと、街近くの森へと去って行った。


「さて、行くか……ッ」


 ユーリの身体がふらつき、片膝をつく。


 ――貧弱な身体だ。これくらいで魔力が尽きるとは。


 前世では、膨大な魔力を有し、強力な魔法を縦横無尽に使いこなした。

 だが、幼き身体では、これが限界だった。


 ユーリはしばらく身体を休め、徒歩でカティアールの街に向かった――。



   ◇◆◇◆◇◆◇



 街に入ると、惹かれる思いはよりいっそう強まった。

 ユーリは周囲を見回して当たりをつける。


「だいたい、こっちの方だな」


 もちろん、初めて訪れる街だ。

 だが、街の作りというのは、そう変わるものではない。

 何度も市街戦を行ってきたユーリは、自分の庭のように歩き始めた。


 人々の視線がユーリに集まる。

 新鮮な気分だった。

 皇帝ユリウスを視界に入れた者が取るべきはただひとつ――ひざまずいてこうべを垂れること。それだけが許されていた。

 向けられる視線を気にすることもなく、ユーリは大通りを悠々と歩いて行く。


「ほう、ここか」


 小柄なユーリは建物の看板を見上げる。

 剣と盾が交差する――冒険者ギルドの看板だ。

 この看板は二百年前から変わっていない。


 ユーリが扉を開けると、ムワッとする熱気と騒がしい声が転がってくる。

 だが、その喧騒も皆がユーリに気づくに従って収束していく。


 ギルド中が静まり返る。

 ユーリはそれを気に留めた様子もなく、ギルドカウンターに向かう。


 そこに一人の男が下卑た笑みを浮かべて立ちふさがる。


「おいおい、ここはお嬢ちゃんが来るような場所じゃねえぜ?」


 ユーリの右腕がピクリと動く。

 条件反射で、剣を抜き、男の首を斬り落とそうとしたのだ。

 前世であれば、このような無礼をはたらいた者は、次の瞬間には息絶えていた。


 ユーリの身体は勝手に動いたのだが、腰に剣を差していないことにすぐ気がつく。

 それと同時に今の自分がただの幼女であることも思い出す。


 そこで、剣を抜く代わりに――。


「失せろ」

「ヒッ……」


 ユーリがひと睨みすると、男はその場に尻餅をつく。

 額には脂汗。全身をガクガク震わせ、言葉にならない声を漏らす。


 ユーリの覇気に呑まれているのは、この男だけではなかった。

 この場の冒険者のすべてが、背中に冷たいものを感じ、動きを忘れている。

 いや、正確には一人だけ、動じていない者がいた。


 その男がユーリに歩み寄る。

 二十代半ば。

 スラリと伸びた長身。

 だが、その身体は強靭に鍛え上げられていた。


「あれは、クロードじゃねえか」

「Aランク冒険者のクロードだ」


 この街の冒険者なら誰もが知っている男だ。

 不思議な幼女と大物の登場に、冒険者たちがざわつく。


 クロードと呼ばれた男は無表情のまま、ユーリの前に立つ。

 そして、彼女の足元にひざまずき、顔を下げた。


「ユリウス皇帝陛下。お待ちしておりました」


 その声は震えていた。

 恐怖ではなく、歓喜ゆえに。


 その声、その言葉にユーリもすぐに悟る。

 姿かたちは変われども、その本性は変わっていない。


おもてをあげよ」


 顔を上げたクロードとユーリの視線が再度、交わる。


「クローディスか……。大儀である。今はユーリ・シル――いや、ただの平民ユーリだ」

「はっ。わたくしも今はクロードと名乗っております」

「そうか。クロードか。立て」

「はっ」

「なぜか、この場所に来なければならない気がしたのだが……其方そちだったか」

「はっ」

「余は記憶を取り戻したばかりだ。後は委細任せる」

「はっ。陛下のギルド登録手続き、わたくしが済ませましょう」

「うむ」


 前世では半生をともにした二人だ。

 これだけのやり取りで意思の疎通しは完璧だ。


 クロードはユーリを先導して受付カウンターに向かう。

 彼と目が合った受付嬢は、すくみ上がる。


「こちらの御方の冒険者登録を頼む」

「はっ、はい」


 クロードと受付嬢がやり取りするのを、ユーリは後ろから興味深そうに眺める。


「ほう、魔道具か。便利な時代になったな」


 前世にはなかった装置にユーリは興味を覚える。

 元のユーリの記憶によれば、この時代は前世に比べて魔道具が発達、普及している。

 他にもどんな魔道具があるのか、興味津々だった。


「陛下、こちらに御手おてを」

「うむ」


 ユーリは平らな魔道具に手を乗せる。

 すると、一瞬、まばゆい光が現れ、すぐに消える。


「登録手続き完了です。こちらが冒険者タグになります」

「ふむ」


 手渡されたの鎖の輪っかにつながれた四角いカード。

 首からかけて使う身分証明書だ。


 見たことも触ったこともない材質だった。

 前世では、存在しなかったものだ。

 ユーリがカードをもてあそんでいると、クロードが冒険者達に向かって告げる。


「聴けッ!」


 クロードの声がギルド全体に響く。

 叫んでいるわけではないが、どこまでも届く低い声。

 その声に、居合わせた者たちは静まり返り、クロードを見る。

 戦場で鍛えられたクロードの声は、それだけで皆の関心を惹きつけた。


「この御方は我が主君である。無礼を働く者は斬り捨てる」


 水を打ったように静まり返る。

 冒険者になりたての少年にいたっては、腰を抜かしてしまった。


「はっはっは」


 静寂の内に、ユーリの笑い声が響く。

 心の底からの笑い声だ。


「今のはクロードの冗談だ。余の名はユーリ。今日から冒険者の仲間入りだ。気がねなく接するが良い」


 どっちの言葉が真実なのか、皆が呆気あっけにとられる中、二人は冒険者ギルドを後にした。



   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『二人はクロードの家に向かう。』

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