7話 「なにがですかね……」


「――なるほど、君の事情はあい分かった」

「……はい……」

「しかし……なんというか数奇極まりないな?」

「全くもって、仰る通りで……」


 ――そうして、ぼくは……ぼく『たち』は薄暗くなり始めた街中を、二人肩を並べて歩いていく。


 ぼくはセレオルタともタミハともまだ合流していない――ゆえに、ぼくといっしょに歩く人間なんてのは、この街ではたった一人――ついさっき出会ったこの女剣士、ユクシーさんしかいなかった。


「本当にいたんですよ、敵が……罰字を持った強敵がいたんです……いたもん、敵いたもん……」

「もちろん信じてるよ、実はね、私があんな路地裏にはせ参じたのは、空に何かが飛んでいくのを見たからなんだ。なにかが起こっていると思って興味本位で近づいたらびっくり、君がぬっと出てきたわけだね――」


 ――現実逃避でぶつぶつと、もうひと段落した話をつぶやくぼくの独り言を丁寧に拾って、彼女、女剣士ユクシーさんは、あはは、と快活に笑う。

 何が面白いんだろうか。正直、ぼくは魔女にされてからこっち、参りっぱなし……精神も肉体もやられっぱなしだというのに。


「時にロンジ君、どんな感じなんだい? 君の体は……魔女の肉片を受けて、すこぶる快調なのかい?」

「快調ではないです……正直、気分的には普段とそんなに変わりませんが、感覚だけは、集中するととんでもなく研ぎ澄まされる感じです。あと、実感はないですが、今ぼくはものすごい身体能力になってるみたいで……あ、あと、魔女の肉片が体に入った時、信じられない激痛でした。だから魔女化はオススメはしません……」

「それに、さっきの回復力か……いやあ、興味深いな。ふむ……君の外見も一見普通の人間と変わりないようだ……面白い」


 そう言って、ぼくの顔をまじまじと見つめるユクシーさん……なんなんだ、この人はマジで。


「――」


 結論から言って、ぼくの事情はこの人に知られてしまった。というか、ぼくが喋らされてしまった。

 逃げようとするぼくの手を掴んで、まあまあまあ、と落ち着かされてから……いつの間にか、この人異常に口が上手いのか、ぼく自身、ごく自然に、誘導されているような感じもなく、世間話みたいにこれまでのことをかいつまんで話さされてしまった……話さされてしまう……変な言葉だけど、とにかくそうとしか言いようがない。

 この人、ユクシーさん……まるで人間を知り尽くしたかのような、コミュニケーション能力が異様に高いというか……ぼくみたいな根暗相手に、気づけば根掘り葉掘り身の上を語ってしまっていた。

 ぼくとそう年齢は変わらないのに……人生経験の違いを感じる。何者なんだ……


「しがない者さ。趣味で自警をしていてね。君は行商人か……他国から大祭に参加するためにやってきたら今回の件に巻き込まれた……そして私と出会った。これも何かの縁かもね」

「なにがですかね……」


 ……なんというか、この人、凄く変な人だ。

 ぼくが言うのもなんだけど、感性が独特と言うか……趣味で自警ってそもそもなんだ、と言う感じだけど……この変な感じは、ぼくの狭い交友関係においては、芸術家か武人に多い気がする……そういうタイプの人に見える。


「魔女ね、あとどのくらいで着くんだい?」

「もう、すぐそこまで来ていると思います……」


 ――そして、彼女のこの謎の強引さ、ぐいぐいくる感じに押されて、ぼくはここまで来てしまった。

 さっきから、徐々にぼくの鋭敏な嗅覚は、セレオルタの位置を補足して、かなり距離を詰めつつある。ぼくが戦闘前、彼女を屋上に蹴り飛ばしてから、どうやら無事に避難はしてくれていたらしい……とはいえ、離れすぎて数十分も歩くことになってしまったんだけど。


「楽しみだね。まさか魔女とは」

「……殺されることはないと思いますが、危ないと思ったらあなたをどこかに逃がします。それで、ぼくらに関わらないほうがいいと思います」

「水臭いな、大丈夫さ。おばさんに任せるといい!」


 どん、と胸を叩くユクシーさん。その豊満な胸が暴れんばかりに揺れて、思わずぼくは視線を逸らす。

 ……魔女の話を聞いても、彼女は面白がって、ぜひ会いたい、と言い出してこのザマだ。

 いや、確かに魔女は……少なくともセレオルタは、ぼくの知る魔女のイメージとはかなり異なる……その力を除けば、ただの生意気でひねたガキにしか見えない……正直、内面さえそうなんじゃと思ってしまうけど、それでも、まず根本的にこの戦いに他者を巻き込むっていうのは論外と言うか……ほんと、会いたいというだけでここまでグイグイ来るとは。

 変わり者すぎる。


「…………」

「あとどのくらいだい? ふふふっ」

「……もうすぐですね。かなり近い」


 ……この人、倫理より好奇心が勝るタイプの人だろうか、と。そう思いつつ、辺りを見回す。

 人通りは途切れなく、夜になって朝は開いていなかった飲み屋や、花火――呪言を遣った特大花火が遠い空で打ち上げられて大きな音がし始める。

 昼夜交代して、レドワナ大祭の別の側面が見れる時間帯――本当なら、ぼくももう今持っている本を売り捌いて豪遊でも始まっている時間だっただろうに、なんというか、人生と言うのは上手くいかないというか――


「……言っとくけど、冗談抜きで危ない状況なんですよ。魔女教と魔女狩りに追われているんです。いつ襲われるか分からないんです」

「楽しみだね。腕が鳴る」

「気分はすっかりパーティの一員だ!」


 ――上機嫌に己の剣の束を触るユクシーさんにぼくのツッコミが冴えわたる。

 困ったな、この人、ついてくる気満々だぞ……とはいえ、セレオルタを一目見て、その人格(魔格?)破綻ぶりを見れば、すぐに正気に戻って通報でも何でもしてくれるだろうと――、そして、通報されたところで、魔女がいるなんて誰も信じやしないだろう、だから問題ない、と、取り留めなく思ったところで、ぼくはセレオルタの気配が色濃く出ている一角――そこは、路上に突き出るように展開されている、屋根なしの青空食堂……に一歩近づき、


「おーそーいーぞー」

「……あ、ロンジくんどこ行ってたの!」


 ――腹を出して。

 これでもかと口に色とりどりの菓子を頬張ったまま気だるげに唸るセレオルタと、その腹を優しくさするタミハを目撃したのだった。




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