飛べない鳥は羽を見つける 3

第二章 過去

 

 病院の昼食が終わり、出かける準備をして愛菜が病棟を出ようとした。その時、看護師が昨日のことを心配して声を掛けてきた。

「一ノ瀬さん、今日も出掛けるの?今日は天気が不安定でいつ雨が降るか分からないから、今日くらいは病棟にいたらどうかしら?」

 看護師は心配してそういったが愛菜はそれを断った。

「今日じゃなきゃ、ダメなの・・・・・・」

 愛菜はそう言って看護師が心配そうに見送る中、学の家に出掛けた。

 外は雲がどんよりしていて、確かにいつ雨が降るか分からないような天気だった。愛菜は念のため傘を持って外に出た。曇りのせいか少し肌寒い感じもした。もう少し暖かい格好でこれば良かったかなと考えながら歩いていた。

 学の家の前に着いて、呼び鈴を押そうかどうか悩んで門の前でうろうろしていた。その時だった。

「・・・・・・愛菜ちゃん!!」

 上の方から声が聞こえた。顔を上げると学が二階の窓から顔を出していた。

「ちょっと待っててね!今、門を開けるから!」

 学はそう言うと顔を引っ込めた。しばらくすると、玄関から学が出てきて門を開けてくれた。

「いらっしゃい、愛菜ちゃん」

 学は愛菜に笑顔を向けて出迎えてくれた。愛菜はその表情を見てどこかほっとした気持ちになった。昨日のことで怒っているかもしれないと感じていたからだ。

 学に促されて家に入ると石川が出てきた。

「あら、いらっしゃい。ゆっくりしていってね。今日はパンプキンプリンを作ったから良かったら食べて行ってね」

 愛菜は「ありがとうございます・・・・・・」と小声で返事した。学がリビングにまた連れて行こうとしたので、愛菜は勇気を出して学に伝えた。

「あ、あの、もし良かったら学さんのお仕事の部屋、見てみたいです・・・・・・。その、学さんの小説を読んでみたくて・・・・・・」

 愛菜が勇気を出してそのことを言うと、学は最初、驚いた表情をしたが、すぐに優しい表情になって、返事してくれた。

「いいよ、僕の部屋に行ってみる?」

 愛菜は、こくんと頷いて学の部屋に案内された。

 案内された学の部屋に通されて、ドアを開けてもらい部屋に入った。部屋は沢山の本棚で部屋の壁を覆っていた。部屋の中心辺りには机が設置されており、机の上にはノートパソコンが置いてあった。愛菜は部屋をぐるりと見渡した。どんな本があるのか見ていると隅っこの方にある小さな本棚に目が留まった。すべて同じ作者の本がそこには並んでいた。作者の名前は愛菜も知っている「海月」だった。

「この人・・・・・・」

 愛菜がそこの本棚に釘付けになっているのを見て、学は声を出した。

「ああ、その本棚は僕の作品の本棚だよ」

「え・・・・・・?」

 愛菜は思わず聞き返した。そして、

「学さんが『海月』なの・・・・・・?」

 学のペンネームである「海月」をそのまま読んだ感じで愛菜が言ったので、学は「ん?」と感じた。

「うみつき・・・・・・?ああ、そのまま読むとそう読めるけど、正確には『みづき』って読むんだよ。女みたいな名前だけど、自分ではそのペンネームは気に入っているんだ」

 そう学は言うと、愛菜の横に来て本棚から自分の作品を一冊取り出した。その本のタイトルは「春が来ることを祈って」と、書いてあった。

「これが、僕のデビュー作だよ」

 薄くもなく分厚くもないその本は、淡いオレンジ色と黄色を基調とした表紙だった。希望が持てるようにその色にしたのだろうか。愛菜がその本をじっと見ていたので、学がその様子に気付いて声を掛けた。

「読んでみる?」

 愛菜は頷くと、学からその本を受け取った。その場で読み始めようとしていたので、学は再度声を掛けた。

「床で読むと体に良くないから、リビングのソファーで読むといいよ。多分、そろそろ石川さんが声を掛けると思うしね」

 学がそう言った時だった。階段の下から声が聞こえた。

「学さーん、愛菜ちゃーん、おやつ出来たから食べに来てねー」

 学の言った通り、石川が声を掛けてきた。愛菜は学に促されて本を持って一緒に下に降りていった。

 リビングに行くと、石川がパンプキンプリンと飲み物をテーブルに準備しているところだった。パンプキンプリンは、プリンの上に生クリームが添えられていて、その上にはミントの葉が飾られてあった。愛菜と学は並んでソファーに座ると、パンプキンプリンを食べ始めた。パンプキンプリンは、見た目は濃厚そうに見えたが、食べてみると意外とあっさりしていて美味しかった。食べ終わって、紅茶を飲んだところで愛菜は早速本を開いた。

 

 学のデビュー作「春が来ることを祈って」は、少年がいじめを受けてそのいじめに苦しみ、何度も自殺未遂を繰り返す話だった。少年は物語の中で何度も自分に問いかけていた。「みんなと違うというのが、そんなにいけないことなの?」という言葉に愛菜はなんだか惹かれるものを感じた。やがて、度重なるいじめに耐えることができなくなった少年は今度こそちゃんと死のうとして、家を飛び出し電車に揺られて遠くまで出掛けた。無人の駅で電車を降り、海の方向へ向かって歩き出す。その間にも少年の苦しい思いが綴られている。そして、海をしばらく眺めながら少年は海に向かって問いかける。

『僕の生まれた意味は何ですか?僕は生まれない方が良かったのですか?僕は確かに変わっています。でも、変わっていることがいけないことなら僕は生きていたくない。変わっていることでいじめ続けられるなら僕は生きていたくない。お父さん、お母さん、ごめんなさい・・・・・・。一人でもいいから僕を受け入れてくれる人が欲しかった・・・・・・』

 少年はそう言うと、海に入り溺れ死のうとする。そして、体が海に沈んだ時、遠くで誰かの声がする。そして、少年が目を覚ますとベッドの上に寝かされていた。そこへ、青年がやってきて声を掛ける。青年に助けられたと知った少年は感謝じゃなく怒りが増していた。

『なんで助けたんだ!僕は死にたかったのに!』

 少年は激怒しながら青年に怒りをぶつける。その言葉に青年は言う。

『死ぬかもしれないっていう場面に出くわして、放っておけるわけないだろう』

 そして、少年と青年の奇妙な暮らしが始まる。そして、ある日、青年が一つの話をする。それは少年が苦しむ原因になった「自分が変わっている」という話だった。少年はその話を聞いて、なぜ自殺しようとしたかその経緯を話す。話を聞いた青年は少年に言葉を掛けた。

『自分らしく生きればいい。他人は他人、自分は自分でいいんだよ』

 少年はその言葉で苦しんでいたことから目を背けずに自分軸で生きることを決める。そして、物語の最後では少年を捜していた両親と再会し、青年に『ありがとう!』と、手を振って物語は終る・・・・・・。

 

 愛菜は、小説を読み終えると息を吐いた。そして、それと同時に涙が溢れていた。少年が無事でよかったこと、最後は希望を持ったこと、それが愛菜の中では安堵感だった。学が愛菜のそんな様子を見て頭を優しく撫でた。

「愛菜ちゃんは優しくて感受性も強い子なんだね。僕のデビュー作でそんなに泣くとは思わなかったよ」

 ぽろぽろと泣く愛菜に学はハンカチを取り出し、愛菜に渡した。そこに石川が戻ってきて、愛菜が泣いているのを見て声を上げた。

「学さん!何したんですか?!愛菜ちゃん泣かして!」

 石川がそう言ったので、愛菜は「違うんです・・・・・・」と言って、説明を始めた。

「わ、私がこの本を読んで泣いちゃっただけで、学さんに泣かされたわけじゃないんです。主人公の少年のことを思ったら、辛くて苦しかったんだろうなって思って・・・・・・」

 愛菜がそう説明すると、石川はその言葉に安堵し、言葉を繋げた。

「確かに、泣いちゃうわよね。私もその本を読んで泣きそうになったもの。まあ、今の愛菜ちゃんみたくそこまでボロボロには泣かなかったけどね。でも、愛菜ちゃんは涙もろくて優しい子なのね。なんでホワイトが懐いたのか、なんとなく分かった気がするわ」

 石川がそう言った時だった。突然鳴き声が聞こえた。

「ニャー・・・・・・」

 鳴き声が聞こえた方向に一斉に顔を向けると、ホワイトがそこにいた。そして、愛菜の膝の上に飛び乗り、くつろぎ始めた。ホワイトも愛菜が泣いていたので元気を出してもらおうとしたのか、愛菜の涙をぺろぺろと舐めて拭っていた。そのホワイトのしぐさに愛菜は少し笑っていた。

「ふふ、くすぐったいよ、ホワイト・・・・・・」

 そして、学から次回作の本を貸してもらい、家を後にした。

 病院に戻り、愛菜の表情を見て安心した看護師は「おかえり」と言っただけで特に何も言わなかった。愛菜は夕飯等を済ませると、早速本を読み始めた。

 一方、学の方も夕飯を食べ終えてリビングでくつろいでいた。そこへ、石川が食後のお茶を運んできた。お茶をテーブルに置くと、向かいの席に座り、ゆっくりと話しだした。

「まさか、愛菜ちゃんがあそこまで泣くなんて思わなかったわ。他人の気持ちに同調してしまうのね。相手が嬉しいと自分も嬉しい。相手が辛いと自分も辛い。それに愛菜ちゃん、すごく周りにも気を遣う子じゃないのかしら・・・・・・」

 石川の言葉に学が続けた。

「うん、きっとそうだろうね。愛菜ちゃんはすごく優しい子だからね。でも、優しい分、すごく脆い子だと思う・・・・・・。支えがないと崩れていきそうな、そんな危なっかしさがあるよね・・・・・・」

「だから、自分が支えてあげることができれば・・・・・・って思っているのでしょう?」

 学は石川の言葉に「気付いていたか」と片手で顔を覆った。

「・・・・・・そうだよ。僕が愛菜ちゃんの心の支えになれれば、とは思っているよ」

 学のその言葉に石川が微笑みながら言葉を重ねた。

「素直になりなさいな。本音は恋人になりたいのでしょう?」

 石川の言葉に、学は顔を赤らめて何も言わなかった。石川がそれを見て「それが答えね」と言って穏やかな眼で見ていた。

 

 次の日、愛菜は出掛ける準備をして病院を出た。学に借りた本を一晩で読み終えてしまったので返しに行くことにしたのだ。今日は天気が良いので川沿いの道を歩いていると心地よい風が流れて気持ち良かった。愛菜は時折鞄を開けては、折り紙で作った三十面体の球体タイプのユニットが崩れていないか確認した。折り紙で作った球体ユニットは学と石川に一つずつお礼として、今日の朝に急いで作ったものだった。病院では持ち込みが禁止されているものが多いのでどうやってお礼をしようか考えたところ、折り紙が売店に売っていたことを思いだした。折り紙なら持ち込めるし、ちょっと凝ったもの作って渡せばお礼になるかもしれないと思ったので、朝食後に急いで折り紙を買いに売店に行って、そして、球体タイプのユニットを作ったのだった。

 学の家に着き、呼び鈴を鳴らすと、石川が顔を出した。

「あら、いらっしゃい。今、門を開けるわね」

 そう言うと、石川は門を開けて愛菜を招き入れてくれた。そして、愛菜をリビングに通すと学を呼びに行った。愛菜はリビングで学が来るのを待っていると鳴き声がした。

「ニャー・・・・・・」

 ホワイトが愛菜に向ってとことこ歩いてきた。そして、いつものように愛菜の膝の上に飛び乗りくつろぎ始めた。そこへ、学がやってきた。

「いらっしゃい、愛菜ちゃん」

 学はそう言うと、愛菜の横に腰を下ろした。そこへ愛菜が鞄から本を取り出した。

「あの、本、ありがとうございました。後・・・・・・」

 愛菜は本を学に返して、鞄を再度ごそごそとして折り紙で作った球体タイプのユニットを学に差し出した。

「・・・・・・お金、無いから、お礼がこんなものですごく申し訳ないのだけど、なにかしらはしたくて・・・・・・」

 それは青色系統で作られたユニットだった。愛菜はおずおずと学にそれを差し出した。

「学さんのイメージカラーは青色系統だと思ってその色を使って作ったの・・・。その、学さんて、青い空や穏やかな海のようなイメージだから、それで・・・・・・」

 愛菜はどう説明したら伝わるかを試行錯誤しながら話していたが、上手く伝わってないのかその折り紙のものを見て学はポカンとしていた。愛菜がその様子に慌てて口を開いた。

「ご、ごめんなさい!やっぱりお礼が折り紙で作ったものだなんておかしいよね!」

 そう言って、愛菜はユニットを鞄に戻そうとした。すると、学が声を出した。

「ありがとう!・・・その、ごめん・・・嬉しくてどう反応していいのか分からなくなっちゃってて・・・。これ、貰っていいの?」

 学の言葉に、愛菜は恥ずかしそうに頷いた。そして、青系の球体ユニットを学に渡すと、学は嬉しそうにそれを眺めていた。そこへ、石川がクッキーと飲み物を持ってやってきた。

「あら、折り紙?」

 石川は学が手に持っているものに気付いて一声掛けて、手際よくクッキーと飲み物をテーブルに置いた。今日はチョコチップのクッキーだった。綺麗に成形されているクッキーは一瞬お店のものかと勘違いするくらいだった。そのクッキーに見とれていた愛菜が思い出したように口を開いた。

「あの、石川さんにも作ってきたんです・・・・・・」

 愛菜は、そう言って鞄からもう一つの球体ユニットを取り出した。こちらのユニットはオレンジや黄色系を使ったユニットだった。愛菜がおずおずとそれを石川に差し出した。

「石川さんは、穏やかな太陽のようなイメージだったからこの色で作ってみました・・・」

 そう愛菜が言うと、石川は「ありがとう」と、言って嬉しそうな顔をして受け取った。そして、その折り紙を見ながら優しく言葉を紡いだ。

「愛菜ちゃんから見て、私は穏やかな太陽なのね。そんなこと言われたことないわ。大事にするわね、本当にありがとう」

 そして、石川がそれを眺めていると、何かを思い出したようにぽつりと呟いた。

「――――――あの子も、こういうの好きだったわね・・・・・・」

「え・・・・・・?」

 石川の言葉に思わず愛菜は聞き返してしまった。石川が「ああ、ごめんなさい」というしぐさをして、口を開いた。

「ちょっと、私の話をしていいかしら・・・・・・」

 愛菜は「はい」と言うと、石川がそっと言葉を紡ぎ出した。

「私、一人娘がいたの――――――」

 そう言って、石川は自分の過去を話し始めた・・・・・・。


 石川はある男性と恋愛結婚して、娘を授かった。しかし、娘が小学校三年生くらいの時から、娘の様子がおかしいことに気付き、石川は「何かあったのか?」とよく聞いたが娘は「大丈夫だよ」と言うばかりで特に追及することをしなかった。しかし、日に日に娘の表情が石のように固まってきたときに近所の人から娘がいじめにあっているらしいということを聞いた。そして、娘にそれを問い詰めると、次の日の朝起きると娘の姿が無かったことに気付いた。探し回ったが見つからなくて途方に暮れていた時、家の電話が鳴った。電話は警察からで、娘が死体で見つかったという電話だった・・・・・・。


 愛菜はその話を聞いて涙をためていた。学がハンカチを差し出してくれてそれを受け取った。石川は一呼吸置くとさらに口を開いた。

「・・・・・・その娘がね、よく折り紙をしていたのよ。このユニットも作っていたわ。この手作りのお菓子を作るのも、あの子が私の作ったお菓子が大好きって言ってくれたからなのよ。あれから、私は自分をすごく責めたわ。あの時、あんな風に問い詰めなければあの子は死ななかったんじゃないか・・・とかね。そうやってふさぎ込んで絶望的になっていた時に親友の絵美が会いに来てくれたの。絵美は学さんのお母さんよ。絵美が私たち夫婦は忙しくてあの子に構ってあげられないから、良かったら家政婦としてあの子の話し相手になってくれない?って、言われてね。それでここに住み込みで働いているのよ」

 愛菜は黙って聞いていた。でも、一つ疑問に思ったことを口の出した。

「あの、結婚していたんですよね?旦那さんはどうしたんですか?」

 石川はその問いに目を細めながら悲しそうに言った。

「離婚したのよ・・・。娘が死んだのはお前のせいだって責められて離婚させられたの」

 石川はそう言うと、席を立った。

「そろそろ外の洗濯物を取り込んできますから、ゆっくりしていってね」

 石川がリビングを出て行って、学と二人になると学が口を開いた。

「・・・僕の二作目、どうだった?」

 学の言葉に、愛菜は口を開いた。

「あの『雪が溶けるのを願って』だよね?息子がいじめで自殺してしまい苦悩する母親を描いた・・・あ!」

「・・・うん、あれは石川さんの話を元に作った話なんだ。いじめの辛さ、その親がどんな思いになるのかを訴える話だよ。僕の作品はね、どれも話を通じて世間や社会に訴えたいことをテーマに描いているんだ。僕は世の中はなんて理不尽なんだろうって思うことがよくある。だから、小説を通じてその理不尽さゆえに苦しんでいる人がいるというのを伝えたいんだ。だから、僕の小説は体験したことや聞いた話を元に書いてるんだよ」

「じゃあ、デビュー作も誰かの話ってこと・・・?」

 愛菜がそう言うと、学はゆっくりと言葉を吐いた。

「・・・あれは、僕自身の話だよ。小説では海で死のうとして青年に助けてもらったことになってるけど、本当は海を見ながらナイフを取り出して刺して死のうとして、年配のおじいさんに止められたんだ・・・。だから・・・・・・」

 そう言って、学は愛菜の腕を掴んだ。

「愛菜ちゃんの苦しみも共有したい・・・」

 学はそう言うと、愛菜の長袖を強引に捲った。捲ったそこには沢山の傷が現れた。

「・・・この傷も僕が全部受け――――――」

 そこまで学が言った時だった。


「・・・・・・離して!!」


 愛菜が叫んで掴まれていた腕を強い力で解いた。愛菜は息を荒くしていた。そして、大きな声で叫んだ。


「やめてよ!同情なんていらない!放っておいて!放っておいてよ!!」


 愛菜はそう叫ぶと鞄を掴んで家を飛び出していった。石川が叫び声に驚いて飛んできたが、愛菜は立ち止まりもせず、飛び出してしまった。石川が学に何があったか聞いたが、学は答えなかった。ただ、小声で呟くように囁いた。

「・・・僕はただ、救いたかったんだ・・・」

 

 愛菜は、急に走ったせいか、息が乱れて呼吸がしにくくなったので立ち止まって呼吸を整え始めた。川沿いを呼吸を整えていると、前から三人の女子高生が歩いているのが見えた。そして、偶然会話が聞こえてきた。

「寺川、マジ気に入らない!あの顔見てるとむかつくわ」

「あはは、本当に藤木は寺川大嫌いだよなー」

「名前も、『揚羽』って蝶々ですか?って感じだよね。どっかの花畑で飛んでろよって思うよね」

「言えてるー」

「今日、夜にいつもの公園でまただべろうよ」

 そんな会話が聞こえてきて、愛菜はその名前を聞いて「もしかして・・・」と感じた。


 愛菜は病院にいったん戻り、夜になるのを待って病院を抜け出して夜の公園に向かった。公園に着くと昼間の女子高生たちの姿を見つけた。愛菜は多分あのロングの子が三人の中で主なのであろう。確か「藤木」と呼ばれていたはずだと、声を掛ける人物を考えていた。そして、近づいていくと会話が聞き取れた。

 三人はやはり揚羽のことを話していた。そして、藤木の口から揚羽が困るようなことはないかという声が聞こえてきて、愛菜は声を掛けた。

「・・・・・・あなたが藤木さん?」

 愛菜の声に驚いた三人だったが、愛菜は構わず言葉を吐いた。

「寺川さんをどうしたら困らせられるかって話よね?なら、いいアドバイスがあるんだけど・・・・・・。今度逆らってきたら、寺川さんの髪をバッサリ切ってしまうといいわ。ボロボロに泣くと思うわよ?」

 愛菜の提案に藤木は「面白そうじゃん」と言って愛菜のアドバイスに乗りかかった。そして、愛菜はその場を去っていった。

 帰り道、愛菜はよくわからない感情に支配されていた。愛菜にとって揚羽は憎しみの対象だった。でも、あんなことを言って本当に良かったのか?と、頭の中を駆け巡っていた。そんなことを考えながら歩いていると、突然、声がした。

「愛菜ちゃん!!」

 声に驚いて愛菜が振り返ると、学が走って向かってきた。

「ごめん!本当にごめん!傷つける気は無かったんだ。ただ、愛菜ちゃんを救いたかっただけなんだ・・・・・・」

 学は愛菜のところまで来ると頭を深々と下げながら言った。学の目には涙が溜まっているように見えた。愛菜は学の言葉に体を震わせながら、涙声になりながら言葉を吐き出した。

「やめてよ・・・。関わらないで・・・放っておいて!!」

 愛菜はそう叫ぶと、走りだした。

「待って!愛菜ちゃん・・・・・・!」

 学は叫んだが愛菜は止まらずにそのまま姿が見えなくなってしまった。学はその場に膝を崩し、頭を抱えた。その表情は苦しみで満ち溢れていた・・・・・・。

 病院に戻ると看護師が声を掛けた。

「一ノ瀬さん!心配したのよ!?夜に何処に行っていたの!?・・・って泣いてるじゃない!何があったの!?」

 看護師は驚いて愛菜の涙を持っていたハンカチで拭った。愛菜は「なんでもない・・・」と言って、部屋に戻っていった。


 愛菜と学の想いが互いに交わらないまま、夜は更けていった・・・・・・。


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