第3話

 十二月に入った。

 合格組は残りの出席日数をこなすタームに入って余裕の顔をしてるけど、俺たち受験組はますます勉強に集中しなくちゃならねえ時期。

 この季節はどうしてもインフルエンザなんかが流行するから、早めに予防接種を受けるのは当然だ。とはいえ気は抜けねえ。受験直前や当日に発熱とか、勘弁してほしいもんな。

 もちろん皇子にも特別な配慮が必要だった。なにしろこの人、異世界人だし。ってなわけで姉貴と一緒にこっちの世界での流行病について説明して、必要なら予防接種を受けてもらうべくあれこれプレゼンしたわけだ。

 そうは言っても俺らも医者じゃないんで、ウィキペディアやら「家庭の医学」やらが大活躍だったけどな。


「今日の勉強はうちに来ないか? 健人」

「え? いいの」


 受験勉強の名目で、俺たちはほぼ毎日のように放課後の時間をいっしょにすごしてきている。今日も今日とて、いつもの川沿いの土手を二人で歩いている俺たちだ。

 もちろん「クリス王子」のファンである子たちも「放課後、いっしょに勉強したいなあ」とか「あたし数学苦手なの~。栗栖くん、教えてくれない?」みたいなことを意味深な目をして言ってくる。だけど皇子はいつもそれを、にこやかな笑顔でことごとく断っていた。

「申し訳ないんだが、放課後はちょっと多忙で」とか「勉強のことはきちんと先生方に質問した方がいいんじゃないか? いち高校生がそんな責任はとれないし」とかガチの断り文句を使って。……正直、ちょっとすげえなと思っちゃった、俺。


 ま、それはともかく「多忙」な理由はわかりきってる。俺とふたりきりでいたいから……だ。

 いやいやいや! ちげぇからな? これも皇子本人が恥ずかしげもなく言ったことだかんな! 俺が勝手に言ってるわけじゃねえかんな!?


 ……ふう。

 まあ、そんな話はどうでもいいや。

 てなわけで俺はいま、皇子が世話になっているお宅へお邪魔している。

 聞くところによると、ここは昔から長いこと、この土地の名士だった一族の家柄なんだそうだ。広々とした地所を惜しげもなく使って、でかい和風家屋が建っている。まあ、門の外からはきれいに刈りこまれた植え込みしか見えねえけどな。


 いつものように広い邸内の長い濡れ縁を歩いてクリスの部屋に案内され、テーブルに二人ぶんの勉強道具を広げる。

 建物自体は和風だけど、中に入ればけっこう洋風の造りに直されている部屋が多いんだ。皇子の部屋もそういうもののひとつだった。フローリングに勉強机とソファセットを置いてもまだ余裕。ベッドのある寝室はまた別で、ここの隣にある。

 すっかり顔なじみになった家政婦さんがお茶とお菓子を置いて出ていってからは、しばらく真面目に勉強に集中した。


「あのさ……クリス」

 やっと途中休憩を挟むことになったとき、俺は遂に満を持して切り出した。

「今度の土曜日、二十四日。夜って……時間ある?」


 皇子は青い目をあげた。いつ見ても思うけど、睫毛がなげえ!

 今日はなんだか静かな色をした目だ。意外なことに、べつに驚いた様子はなかった。


「……いつ言い出すのかと思ってた」

「えっ?」


 ふ、と微笑む顔がまた超絶イケメン。いや知ってるけど!

 もしここにこいつのファンの女の子たちがいたら、パタンパタンて将棋倒しみてえに次々気絶するんじゃね? 俺はなんとか耐えるけど!


「『くりすます』というのがあるんだろう? こちらの世界の……特にそなたたちの間では。どうやら大切なイベントごとらしいな」

「えーっ。知ってたの」

 こりゃ意外だ。

「前にも言ったが、プレゼントのことで色々と話しかけられる機会が多かったからな。私もそれなりに調べたのさ」

「あー。そうかあ」


 ぽりぽり後頭部を掻く。そりゃそうだよな。

 なら話は早い……のか?


「色々とわかったぞ。二十四日の夜が『くりすますいぶ』。二十五日が『くりすます』。キリスト教の祭りのように思われているが、実際の起源はほかの神を信奉する人々の祭りだったなんていうこともな」

「へ~? そうなの?」


 言ったら皇子は変な顔をした。


「そなたの方が詳しいはずじゃないのか?」

「あー、いや。そうでもねえよ。基本的に日本人、お祭り好きだから。『楽しけりゃなんでも祝っちゃう』みてえなとこあるし。キリスト教だけじゃなく、ほかの宗教でも、あんま気にしねえし。そういう人のが多いんじゃねえかなあ」

「なるほど」


 皇子が言うにはこうだった。

 クリスマスはイエス・キリストの生誕祭みたいに言われてるけど、本当のイエスの誕生した日はこんな寒い時期じゃなかったらしい。実際は秋ぐらいだったとか。

 ときの権力者がその土地の人たちをうまく取り込むために、かれらが祀っていた神様のためのお祭りをキリスト教に取り込んだのが始まりだ、とかなんとか。

 ま、そんなことはどうでもいい。


「んで? 時間あるの」

「もちろんだ。その日、そなた以外の誰かのために時間を使うわけがない」

「……んにゃ?」


 どーゆー意味だよ。

 なんか意味深だなあ。

 ま、いっか。


 てなわけで、俺は無事に皇子との約束をとりつけた。

 よしよし、いい感じだぞ。

 実はこれまで、皇子の目を盗んで何回か予行演習もやってきた。

 当日の天気予報は晴れだし。問題なし!

 あとは決行あるのみ、だぜ。

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