第30話 “民”って、なんじゃい

 捕らえられておる獣人たちは二十ほどか。そこから魔力探知を道の先まで広げると、丘の向こうと左右の茂みに隠れる者があった。隠蔽魔法を掛けておるようじゃが、元魔王わしの前では気休めにもならん。

 少し遅れてテネルも、何かおるという程度には気配を察知したようじゃ。


「アリウス様」

「わかっておる。左右にそれぞれ十やそこら、奥には四十ほどおるかのう」

「領兵でしょうか」

“ぱられるど、みえてる〜”


 エテルナが分裂平行化個体パラレルドを配置してくれておったようじゃ。わしとテネルに視界の共有がされて、息を潜める甲冑付きの兵たちが映し出される。

 刻まれた家紋を見るまでもなく、侯爵領の領兵じゃな。


“ころしちゃって、いい〜?”

「良いか悪いかで言えば、もちろん良いがの。ちょっと待て、適役がおる」


 丘の向こうに隠れた兵たちの背後に、わしは魔法陣を展開させる。陣には闇黒魔法ニグレドの赤黒い術式紋様。そこからユラリと現れたのは魔王の眷属、闇を纏った双頭の黒狼オルトロスじゃ。


「うっわあああぁッ!」

「ま、魔物がッ!」


 死ぬまでに声を上げられたのは、たったのふたり。残りは身動きをする暇もないまま喉笛を食い破られて死んだ。

 丘の上でこちらに襲い掛かる用意をしていた兵たちも、異変に気づいたところで血飛沫を上げ始める。


「に、逃げ……ッ!」


 こちらは、声を上げられた者がひとりだけじゃな。


「あれは……狼、ですか?」

「そうじゃ。わしのいたところで、牧場まきばを守る番犬として飼っておった」

“おるとろす、おっちょこちょいで、あまえんぼ〜”


 エテルナの説明を聞いて、テネルは首を傾げる。まあ、それはそうじゃろ。よく見ると愛嬌のある顔をしておるんじゃがの。魔界の住人でもない限り、あの黒狼を初めて見て“おっちょこちょいの甘えん坊”とは思わんわい。


“わふーん♪”

「おうおうオルト、よう来てくれたのう」


 オルトロスはあっという間にこちらへとやってきて、尻尾をブンブン振りながら周囲を駆け回る。褒めろ撫でろ褒めろ撫でろと、しきりにせがむクセに片時もジッとしておらんから撫でようもないわい。


「おすわり!」

“きゅん!”


 わしが命じると腰を下ろし、ぶんぶんと尻尾を振ってよだれを垂らす。こやつは喜びすぎると粗相をするので、滅多なことでは人前に出せんのじゃ。


「よくやった」

“わふわふーん!”


 わしがゴシゴシと撫で回してやると、嬉しそうに頭をぶつけてきよる。アリウスの身体は軽いんで、気を抜くと吹っ飛ばされそうじゃの。傍らのテネルにも興味津々のようじゃが、慣れるまではやめよと命じておく。


“へーか、獣人のみんな、つれてきていい?”

「いや、こちらから行こう。エテルナ、まわりの死体を片付けてくれんかの」

“ぎょいー!”


 獣人たちは平行化したエテルナに枷を外してもらい、近づいてくるわしらを恐るおそる見ておった。


「みな、わしの不手際で要らぬ苦労をかけたの。ぬしらを害する者は、もう現れん」

「……え」

「……もしかして、魔王、さま?」

「そうじゃ」


 わしが異界に飛ばされたことは魔界でも噂になっておったようで、獣人たちは、さほど疑うこともなく受け入れたようじゃ。魔王の頃とは見た目が変わっておるが、それも獣人にとっては大した問題ではないらしい。


「においと、けはい、いっしょ」

「ほう?」


 アリウスから魔王の匂いがしとるというのは、いまひとつ腑に落ちんが……獣人にとっては、そうなのかの。


「別に来ておった者たちも、安全な場所で保護しておるぞ」


 わしが手を振って、みなと一緒に魔力で形成された“安寧空間ビパークフィールド”に入る。

 先に入っておった者たちは、ここでの暮らしにすっかり馴染んでおるようじゃ。笑顔で駆け寄ってきて、獣人の新入りたちを出迎える。

 平行化したエテルナが整えてくれたのか住人らで整えたのか、のどかで幸せそうな田園風景が出来上がっておる。


「おお、みんなよく来たな! 大角羊を締めるんで、みんなで食おうぜ!」

「「「おおおぉ……♪」」


 なんぞ威勢のいい若造がおると思えば、スタヌム伯爵領のダンジョン最深部でボロボロになっとった小坊主ではないか。ほんの半日ほどで見違えたのう。

 わしと目が合うと、小坊主は急にあたふたとひざまずこうとしよる。


「おい、やめんか。この期に及んで、虚礼そんなもんは望んでおらん」

「あ、あの……でも、ごめんなさい。あのときは、魔王陛下とは、わからなくて」

「よいよい。ここの女子供は、ぬしが立派に守ったんじゃ。天晴れという他ないわ。ほれ、胸を張らんか」


 わしがぺんぺんと背中を叩いてやると、元小坊主であるところの若造は恥ずかしそうに身をよじりよった。


「ぬしの名は」

「あ、アラケル……です」

「そうか、アラケル。では、ぬしを避難民の護衛に任命しよう。わしの剣を受けてくれるか?」


 わしはエテルナの収納から、短めの魔剣をひと振り差し出す。

 アラケルは一瞬息を呑んだ後、急に男の顔になって恭しく受け取った。


「みなを守ります。この命に代えても、必ず」

「その意気は褒めてやるがの。ぬしの命も、守るんじゃ。よいな?」


 見ていた者たちも、みなアラケルの背を叩いて口々に呪言ことほぎを述べる。

 エテルナの分身パラレルドもおるし、よほどのことがない限り問題はなかろう。


「これから他の連中も探してくるのでな、みな、すまんが少しの間ここで暮らしておいてくれんかの」

「「はい!」」


 後から来た獣人たちに少しだけ話を聞いたところによれば、“革命”とやらを画策した魔人族イヴィラの政務相ハルカスたち首謀者の七名は、半死半生のまま“大宝珠”に魔力を供給し続けておるようじゃの。

 あやつら腐っても上級魔族と中級魔族じゃ。首でもねんと死なんからのう。黒い首輪から延々と魔力を吸われ続けて、痩せて干からびてもおるようじゃが、それも己で選んだ道じゃ。魔界のためになるなら本望じゃろ。


「テネル、待たせたの」


 少し離れて馬エテルナと待っておったテネルに声をかける。わしの背後でワチャワチャと笑い合っておる避難民たちを見て、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。


「アリウス様は、みなさんから慕われているのですね」

「……どうかのう。そうだとすると嬉しいが、いささか心苦しいものはあるのう」


 結果的にとはいえ、わしは魔界を壊しかけておる。そしてアリウスは、王国を滅ぼそうとしておったわけじゃな。その是非はともかくとして、その巻き添えで苦しむことになっておるのは両方の民じゃ。

 そこがどうにも座りが悪い。

 それが何であれ、殺すと決めたらで早く苦しめずにとどめを刺してやるべきなんじゃ。生き足掻く手負いの獣ほど暴れまわるものもない。それが無関係な者であろうと、助けようとしている者であろうと、ありとあらゆる者を死出の道へと引き込もうとしよる。


「まずは侯爵領のダンジョンを潰そうかの。そして、このおかしな事態を引き起こしたであろう張本人から絵図を聞き出した後で……」


 プルンブム侯爵を、殺す。

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