第24話 “なにか”って、なんじゃい

“つきました~♪”


 なんと三十分四半刻も経たず、わしらを乗せた鞘豆型エテルナは最深部に辿り着きよった。その道筋には吹き飛ばされた魔物どもが死屍累々ではあろうが、知らん。わしの臣民でもないしの。

 それより問題は……。


「……ぎょ、ごくろ、じゃ。エテルナ」

“なんか、フニャフニャしてる~?”


 するわ。眩暈は収まってきたものの、まだ耳がキーンとなっとる。

 わしは深呼吸をして、耳鳴りが消えたのを確認する。


「待たせたの。もう大丈夫じゃ。テネルは問題ないかの?」

「ええ。最初あの音には驚きましたが、聴力への魔力循環で改善されました」


 大したもんじゃな。度胸も能力も。並みの女子ではない。

 わしらが頷くのを見て、エテルナが先に立って案内を始める。コアのある場所までは少し距離があるようじゃが、すでに平行化したエテルナパラレルドが到着して、偵察を行ってくれておる。


「アリウス様。ダンジョンのコアは、どういたしましょう」

「どうしようかの」


 ダンジョンのコアは、巨大な魔石とされている。要は魔力を含み蓄積する性質を持った宝珠じゃな。

 魔物の体内にある生体由来のものが魔珠、山やダンジョンで掘り出される鉱石由来のものは魔石と呼ばれておるが、性質としても利用価値としても両者はほぼ似たようなものじゃ。

 生活を便利に豊かにする魔道具や魔法陣に接続されて、魔法の術式を維持する。あるいは、砕かれ鍛造されて魔力伝導率の高い武器や道具の素材にされる。高額で取引される重要な物資じゃ。


 砕けばダンジョンの活性化は止まるじゃろうが、王国内がキナ臭い状況となれば、戦への備えとして無駄に遺棄するのも忍びない。

 そこまではテネルもエテルナもわかっておるようで、しばし考え込むような間があった。


“もしかして、収納したら、解決する~?”

「え?」

「エテルナには空間魔法で体内に収納する能力を持っておる。壊さずとも、この場からなくなったら問題は解決できるのやもしれんと、言うておるのじゃ」

“そ~”

「それが可能なのであれば、もちろん願ってもないことですが」

「うむ。試してみるか。エテルナ、いまコアのまわりはどうなっとる」

“なにか、いるみたい~?”


 平行化したエテルナからの視覚がわしらにも共有されるが、宙に浮かぶ巨大魔石ダンジョンコアの他に見えているものはない。


「エテルナちゃん、なにかというのは、魔物ですか? それとも、人間です?」

“う~ん……すがた、見えない~?”


 ふむ。不可視の隠蔽魔法でも掛けておるのか? どうにも腑に落ちんのう。

 この伯爵領ダンジョンは、展張規模と階層深度、洞内に満ちる魔圧を見る限り中級がせいぜいじゃ。仮にダンジョンの主だったとしても、魔界の中級魔族に毛が生えた程度。エテルナほどの強者であれば、自分より下位の魔物が発する魔法ごときに煩わされることもないと思うがの。


「そやつは、攻撃してこんのか」

“まだ、かくれてる~”


 わしとテネルはエテルナの案内で、最奥部にあるダンジョンコアに向かう。

 大きな石造りの扉で守られ、いちど入れば倒すまで出られんという厄介な仕掛けが施されたそこは、冒険者から“ボス部屋”などと呼ばれておるそうじゃ。

 まあ、エテルナに掛かれば扉などあってもなくても大差ないんじゃがの。


“こっち~”


 途中で魔物が襲い掛かっては来たが、エテルナの頭から伸びた触手でぺっしんぺっしんと弾き飛ばされバラバラになって弾け飛ぶ。領地の財源となる魔珠は拾っておかねばいかんのかもしれんが、いまは急ぐので後回しじゃ。


“ここ~”

「ほう」


 話に聞いていた通り、コアを守っておるのは巨大な扉じゃ。わしの背丈の五倍はありそうなその扉は、半ば開いた状態で傾いておる。なにやら物凄い力で、こじ開けたような形じゃがのう。


「これは、エテルナが開いたものか?」

“ちが~う、さいしょから~”


「アリウス様」


 テネルが扉の奥を示す。

 なにやら息を殺すような怯えた気配は感じるが、それはおかしいじゃろ。


「エテルナ、この珍妙な気配はコアのまわりに潜んでおるやつらのものか」

“そ~”

「アリウス様。やつということは、ひとりではないのですか?」

「十人ほどおるのう」

 

 どうも厄介なことになりそうじゃな。

 息を潜めておるのは魔族。それも低級魔族の、弱者の群れじゃ。魔界から逃げてきたのであれば、ここにおる理屈はわかる。しかも、その原因……不可抗力とはいえ、少なくとも遠因は、わしじゃ。

 かつての臣民が落ち延びてきた、となると保護するのもやぶさかではないがの。


「魔界からの転移魔法陣を開いたのは誰じゃ。あやつらの魔力で術式を起動はできまい?」

“わかんない~”

「中級以上の魔族が手引きしとるとなれば、生中なまなかな対処では済まんぞ」


「アリウス様」


 うむ。やってしもうた。テネルとも思念連結パスが繋がっとるのを一瞬、忘れておったの。

 エテルナが“陛下”と呼ぶのを止めてくれておったというのに、わしの浅慮で台無しじゃ。


「すまぬ」


 エテルナに謝ると、賢いお供スライムは仕方がないと理解してくれたが。


“テネル、あのね”

「お構いなく。魔界からいらした方だとは、存じております」

“え?”


 テネルは穏やかな表情のまま、わしとエテルナを見る。

 人間界の作法や常識を知らんこともあって、さほど本気で隠してはおらんかったがの。そこまであっさり看破されとるとも思わなんだ。


「もしや、スタヌム伯爵もかの」

「いいえ。朧気な違和を感じてはいるかもしれませんが、アダマス公爵家の力が覚醒したと思っているのではないでしょうか」


 先刻わずかに話しただけじゃが、そう言うてはおった。勘が鈍いとも大雑把な性格とは思えんかったがの。

 他家の事情を詮索せん、という意思表示かもしれん。


「アダマス公爵閣下は、ご存じなのではないですか?」


 魔界の住人が、娘のなかに入っていることをか。たしかに、それは知っておるな。あの御仁、なんでか知らんが抵抗もなく受け入れておった。わしが頷くと、テネルが胸元から首飾りを引き抜いて見せる。

 そこには、わしが公爵から受け取ったのとよく似た魔珠が柔らかな光を放っておった。


「魂の変換を望んでいたのは、でしたから」

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