第21話 “駿馬”って、なんじゃい

 テーブルに広げられた地図を前に、わしらは今後の動き方を検討しておった。

 王都から向かうと、伯爵領のダンジョンは百四十キロ三十五里ほど。三日から五日掛かるというが、それは馬車でじゃな。そんなもんを使う気はないので距離の話だけにとどめる。


 王都からは、百四十キロ三十五里ほどか。アダマス公爵領とは間に王家直轄地をはさんでいるが、公爵領の南西にあるプルンブム侯爵領と領地を接している。公爵が先日立ち寄った王家直轄地の宿場町、フェリキタスに近い。


「テネル。伯爵領のダンジョンは、領府の近郊そばにあるのじゃな」

「はい。八キロ二里ほどしかなく、間に大小の集落を挟んでいるので、魔物が溢れると領民の多くが巻き込まれます」


 その領府にしたところで、城壁のように守られておるわけではない。公爵領も同様じゃが、国土の内側にある領地というのは、あまり外敵を想定しておらんのじゃ。

 管理区域を示す程度の土壁と水堀がある程度。となれば、魔物の群れが出た時点で人死には免れん。


「思ったよりも、ことは急を要するのう。伯爵への面会は、後にできんかの」

「伝えることはできますが、わたしもアリウス様とご一緒させていただけませんか」

「直接ダンジョンに向かいたいのなら、こちらで書状を書こう。テネル嬢がアリウスと同行するのであれば、その旨も伝えた方が良いだろうしね」


 ちょっと待っていてくれと公爵は執務室に向かい、その間にわしは執事に必要な物資と武器を求める。

 妖の爺さんはすぐに揃えて持ってきてくれたが、前後して公爵も二通の書状を書き上げてくれた。


「現場を仕切っている兵にはこれを。アリウスは王命により公爵家として動いていると書いてある」


 ふむ。一面の真実ではあるが、伏せている部分も多い。白でも黒でもない、灰色じゃな。


「こちらは、テネル嬢にだ。スタヌム伯爵ちちうえにお願いできないだろうか」

「承りました」


 伯爵宛ての書状は、テネルが使い魔で実家に送ることとなった。魔力光と共に現れた白い小鳥が、書状をくわえてひらりと空に舞い上がる。

 わしは妖の執事が持ってきてくれた物資と武器を収納する。魔法で収納したテイじゃが、脇に控えたエテルナのなかじゃ。

 わしも収納するのは簡単なんじゃが、分類も整理も得意でないので出そうと思っても見失ってすぐには出てこんのじゃ。実際、かつて仕舞ったはずの物資の大半は、収納魔法の彼方を永遠に漂い続けておる。

 まあよい。これで準備は万端じゃ。


◇ ◇


「アリウス様、テネル様。お召し物はいかがでしょう」


 移動と戦闘を考えて、わしらは女子の制服から爺の用意した服へと着替えた。

 飾り気はなく丈夫な生地で出来ておるが、訊けば騎士が教練で着るものらしい。王都ではそんなものも出回っておるのじゃな。


「悪くないぞ。わしやテネルの体格に合うものなど、よく用意できたのう」

「失礼ながら、子供みならい用でございます」

「まあ、そうじゃろ。用が足りればそれでよい」


 軽く簡易な革鎧を着け、腰に細剣を吊るす。わしに剣など飾りでしかないが、小娘が丸腰で赴けば周囲まわりが困ろう。


「服も武器も問題ありません。ありがとうございます」


 テネルは意外なことに、双剣持ちであった。手に馴染むかと鏡の前で振っている姿を見る限り、歳に似合わずよほどの修練を受けているようじゃな。さすがアダマスの信を得るだけの家門じゃ。


「テネル、用意はよいかの?」

「ええ。問題ありません、アリウス様。参りましょう」


 用意を済ませて階下に降りる。公爵は馬車を回すと言ってくれたが、わしは断って屋敷を出た。入り口の扉を開くと、輝くような白い駿馬が待ち構えておった。


「……ん? アリウス、この馬は?」

「紹介しよう。わしの愛馬エテルナじゃ」

「ひ、ひーん」


 万能おともスライムの実力を発揮して馬の姿は見事なものじゃが、鳴き真似はあまり上手くないのう。

 公爵と執事は、駿馬エテルナの素性を察しておるんじゃろう。しばし顔を見合わせた後で、わしのすることじゃからと吞んでくれたようじゃ。

 おなごふたりが乗れるようにと柔らかなくらが付けられ、乗りやすいあぶみまで備えてある。わしはひょいと跨ってすぐテネルを引っ張り上げる。手を貸そうとした公爵が、あまりの手際の良さに苦笑しておる。


「では公爵、行ってくる」

「気をつけて」

「無論そうするがの。その必要があると思うておるのか?」

「もちろんだ。強者が常に勝者になるわけではない。アリウスにも、それはわかっているはずだよ」


 たしかに、その通りじゃな。わしは頷き、気を引き締めた。


「うむ。肝に銘じよう」


◇ ◇


「エテルナは素晴らしい脚を持っているのですね」

「そうじゃろそうじゃろ」


 走り出してすぐ、テネルは駿馬エテルナの走りに感嘆の声を上げる。揺れも少なく足取りは軽く、滑るような動きは並みの馬など比較にもならん。本性はスライムじゃからの。


「アリウス様、道は」

「案内は、伯爵領に入ってからでよい。それまでは、覚えておる!」


 わしではなく、エテルナが、じゃがの。


「まだ人通りがあるのでな。もう少しの辛抱じゃ」

「辛抱、ですか?」


 テネルは不思議そうに言うが、エテルナの走りは、こんなものではないのじゃ。


「よし、もうよいぞエテルナ」


 込み入った王都を出ると我が愛馬は脚を速め、あっという間に王家直轄地天領を駆け抜ける。平地に入れば速度はさらに上がる。もはや飛ぶ鳥にも並ぶほどの速さじゃ。わしの前に座るテネルはエテルナの背に伏せたまま声を出さん。怯えておるのかと思っておったがの。

 全力疾走の途中でわしを振り返って、輝くような笑みを浮かべよった。


「アリウス様! エテルナはすごい! 本当に、すごいです♪」


 なんと、喜んでおる。テネルは肝が据わっておるのう。


「よいぞエテルナ、天晴じゃ! ぬしは伯爵令嬢より、お褒めの言葉をいただいたぞ!」


「ひひーん」


 うむ。こやつ、馬の演技以外は完璧じゃな。

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