リョウマを殴る 5/30

 蕩坂さんがいない所を見計らい、僕はリョウマの所へきた。

 こいつは、最低のクソッタレだが、友達だ。


 僕の顔をまともに見られないのだろう。

 リョウマは顔を背け、窓の外を見る。

 だが、そうはさせない。


 回り込んで、僕は窓側に立った。


「……なんだよ」

「別に。リョウマは、いいのか?」


 僕がここまでコイツに肩入れする理由は一つ。

 同じ、ハイレグが好きな者だからだ。


 巷では、今の若者はドライで未来がないとか。

 薄情者が増えた、とか。

 色々言われている。


 だからこそ、僕は証明したいのかもしれない。

 そんなことない、って。


「蕩坂さん。思ったより、ヤバいぞ」

「……だろうね」

「なんだ。知ってたのか」


 鞄から手製のムチとハイレグバニー豊崎のタペストリーを取り出す。


「何の真似だ?」

「僕は、友達の心に聞いてみるだけさ。お前、このままで本当にいいのか?」


 リョウマは奥歯を食いしばる。


「どうしろってんだよ。俺はただ、女の子とイチャラブしただけだ!」

「カンナさんを最低な振り方してな」

「それは……ッ! お前が、あいつを好きだからだろう」


 タペストリーを一旦、足のギプスに避難させる。


「てへぇいっ!」


 気合と共にムチを振り回す。

 丸めた新聞紙をガムテープで固定した、意外と痛いムチだ。


「いって!」

「お前のせいで、日陰からちょっと日の当たりがいいとこにきたよ。でもな。なんか、先の事考えたら、怖くなってくるんだよ!」


 日に日に、カンナさんのスキンシップが増えてきたのだ。

 一線は超えていないし、特にエロい行為をしたわけではない。

 だが、時間の問題だ。


 僕はヤンデレスパイラルに突入するだろう。


 何を恐れてるかといえば、カンナさんの異常偏愛ぷりは、『一線を越えていない時点で、コレ』なのだ。


 ヤルことヤッたら、どうなるか分かったものではない。


「断言してやる。蕩坂さんは、さしずめ九尾の狐だ。お前は骨抜きにされてるんだよ。このままじゃ、お前は弱みにつけこまれて、その内お金を取られまくるかもしれない」


 リョウマが目を瞑り、辛そうにしていた。


「答えろ。口でやられた時、……気持ち良かったのか?」


 ガチの質問だ。

 陰キャには無縁の行為。

 その真髄を聞きだしたかった。


「……控えめに言って、……狂うかと思った……」

「く、くそぉ。羨ましいなぁ!」

「アノンさんより、上手かった」

「カンナさんとは、どこまでだっけ?」

「キスと、手だけ」

「マジでガード固いな、あの人」

「でも、こっちが望めば、ヤレる所までヤレそうだった。そうしなかったのは、何か、どす黒い未来が待ってる気がして。……怖気づいたんだ」

「だろうね!」


 底なし沼にハマる前に、脱出したってわけか。

 友達を突き飛ばしてな。


「なあ。リョウマ。僕たちは、……友達だよな」

「当たり前だろ」


 タペストリーを広げ、偶像を用意する。

 タペストリーはハイキックのポーズだ。

 ハイレグがこれでもか、というぐらいに食い込んだ一枚のイラスト。


 神の一手と呼ばれた、最高の一枚だ。


 リョウマは見る見るうちに目を見開き、無事な方の手を布団に突っ込んだ。その手を僕は掴み、友達として聞く。


「もう一度聞くぜ。僕たちは、本当に友達なんだよな!? お前。これ以上、ドツボにハマって、本当に暗い未来にいくつもりかよ!」

「……くっ」

「確かに。蕩坂さんは可愛いよ。エロいよ。最高だよ。清楚ビッチだもん。堪らないよ」

「絶賛じゃないか」


 そりゃ、こんな事になってなければ、僕だって首ったけになっていた。


「だけどさぁ。人を平気で利用するヤツに友達が引っかかって、見過ごせるわけがないだろ。お前の事を、ヘイタは殺すって言ってた。ケンイチはマジでぶち殺すって言ってた。そして、僕は殺しにきた」

「ひいいいっ!」

「だけど、リョウマが今でも僕達を友達だと思ってくれてるなら、九尾の狐から脱け出すんだ。そこはお前の居場所じゃない」


 イラストの股の部分を指す。

 そこは生地が一番食い込んだ場所だった。


「ここだろ! 僕達の帰る場所は、いつだって。ここしかないんだよ!」

「……モリオ、俺」

「チュパられるのは、気持ちいいかもしれないけど。あの人は、ハイレグなんか履いてくれない」

「え、いや、頼んだら、普通に……」

「オラァ!」


 もう一度ムチを振り回し、リョウマの顔面を叩く。


「イっでぇぇぇ!」

「履いてくれないんだよ! 童貞を殺すセーターや例のヒートテック。ドスケベなコスチュームを、あの人は着てくれない! 全てまやかしなんだよ!」


 蕩坂さんのダークサイドに移る前に、僕らのダークサイドにこいつを引きずり込む。


 これが、友情だ。


「目を覚ませ。んだぞ」


 リョウマの目が段々と涙で潤んでいく。

 やがて、鼻から思いっきり吸い込んだ息を口から吐き出し、大粒の涙を流した。


「うん。……うん」

「協力しろ。一緒に、九尾の狐が仕掛けた沼から脱出だ」


 僕らは握手をした。

 固い握手をすることで、僕の本気が伝わったに違いない。

 リョウマは表情を引き締め、男の顔をしていた。


 でも、イケメン過ぎてムカつくので、今度は平手打ちで叩いておいた。

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