膝枕? 5/26

 普段歩く数倍は疲れ、僕は途中の林道の端にある柵へ腰を下ろし、一息吐いた。


 てっきり、置いていくとばかり思ったが、意外なことにカンナさんだけはずっと待っていた。

 というか、歩幅を合わせてくれて、わざと遅く歩いていたくらいだ。


「はぁぁぁ、だっる……」


 足の裏が痛いせいで、上手く歩けないのが、こんなにきついとは。


 カンナさんは隣に腰を下ろし、黙って別の方を見ていた。

 元はといえば、このヤンデレちゃんが原因で、僕はこんな目に遭ってるんだ。


 卑屈さ全開の精神で、怒りをぶつけるべく、僕は言った。


「カンナさん」

「……んだよ」

「膝枕、オナシャス」

「は?」

「膝枕っすね。あは。僕ぅ、彼氏っスよね?」


 ペチン。

 頬を叩かれ、僕は何も言えなくなった。


「奴隷だろ」

「……わん」


 何もしてくれないじゃないか。

 ケンイチのやつ、嘘を吐いたな。

 ヤンデレは段階を踏むのが早いって言ってたじゃないか。


 今のところ、謎の行動力しか見せられていない。

 異常な所しか見せられていない。


 甘いイチャラブができれば、この異常事態から少しでも現実逃避ができるのに、なぜさせてくれないんだ。


「ここ。ベンチないじゃん」

「おん?」

「学校まで待てるでしょ」


 この時、僕は思考が真っ白に停止した。

 同時に、股間がイライラしたのが、自分でも分かった。


 ただ、理屈で考えると、やっぱりカンナさんの矛盾した言い分が分からなくて、戸惑いを隠しきれなかった。


 え、やってくれるの?

 まだ、1日目だぜ?


「っしゃ。痛みなくなったわ」


 本当は猛烈に痛いけど、そんな事言ってられない。

 僕の推理が正しければ、こうだ。


 アノンさん=凶暴クソメンヘラ。

 カンナさん=ちょろいヤンデレ。


 てことは、多少無理なお願いも聞いてくれるのではないか。

 陰キャとして生を受けた僕は、今まで女子に大胆なお願いをするなんてことは考えられなかった。

 妄想でしか、やったことがなかった。


 股間が短気な男子なら、考える事は一つ。


「……ヤリてぇ」


 つい、言葉に出してしまうほど、僕は劣情を催していた。

 カンナさんなら、いく所までいけば、ヤラせてくれるのかもしれない。

 しかし、ヤンデレという属性が分かっている以上、一線を越えるというのが、どういうことか分からないほど馬鹿ではない。


 きっと、地獄の底までついてくる。


 リョウマが別れることができたのは、こういったを越えていない事実があったからだ。


 メンヘラのアノンさんは切り替えが早い。

 けど、カンナさんは一途な性格を見るに、そうはいかないだろう。

 裏切れば、間もなく妹がやってきて、マジで殺される。


 悩ましいが、あまりムチャな要求はしないよう、肝に銘じておこう。


 *


 学校に着くと、僕は早速1時限目をサボっていた。


「ぷふぅ。あの、カンナさん」

「……なに?」

「膝枕って、知ってます?」


 僕らは保健室にいた。

 ベッドで横になり、天井を見上げている。


 おそらく、ここだけ聞けばエッチな妄想をするだろう。

 否。奇妙でしかなかった。


 僕はカンナさんの股を枕にして、両方の太ももで首を挟まれていた。

 重い足が胸の上に乗っていて、息苦しいなんてものじゃない。


 頬肉は両サイドから押しつぶされ、強制的に唇が『う』の形にされる。


「不満?」


 視線に殺意が込められるけど、どうも釈然としない。

 膝枕ってのは、膝に頭をのせて、キャッキャッうふふなカップルが行う尊い憧れ。


 こんな今にも圧死しそうな体勢で、天井を見上げることが膝枕なわけがない。


「お、……ンンンン……」


 重い。

 重すぎる。

 デブじゃないヘビー級の女子とは、カンナさんの事だった。


 身の詰まった肉は、さながらゴムで包んだ岩。

 何度も言うが、決してデブではないし、太すぎたりもしない。


 けれど、引き締まった太ももは、とてつもなく重かった。


 柔らかな皮の向こうで、蠢く筋肉。

 潰れていく視界。

 付き合うとは、何ぞや。


 そんな事を考えながら、僕は保健室で謎の時間を過ごした。

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