夕食と妹の豹変 5/19

 夕方になると、今度は姉妹の家へ正式に呼ばれることになった。

 なぜか?

 アノンさんのせいである。


「いやぁ、遠慮しときますよぉ」

「姉ちゃんの料理食べたくないの? ディスってんの?」


 そういう意味じゃねえよ。

 一度、忍び込んだ家に正面から二度目の訪問って、気まず過ぎるだろ。


 だけど、アノンさんは「く~る~の~っ!」と駄々っ子のように、僕の腕をグイグイ引っ張っていく。


 この人の裏の顔を知ってる分、断ったら何をされるか分かったものではない。

 なるべく、嫌な顔をしないように、頷くことになった。


 *


 部屋の中は、相変わらず片付いていなかった。

 僕は、窓の隙間から吹き込んだ風に揺れるハイレグを、まるで風鈴か何かでも見るかのように、満たされた気持ちで眺めていた。


「そんなにハイレグ好きなの?」

「はい。愛してます」


 台所からは、トントンと包丁がまな板を叩く音が聞こえている。

 そちらに目を向ければ、大きなお尻が左右に揺れ、ピンと張った背筋が見えた。


 一番、料理とは無縁そうなカンナさんが、料理をしている。

 意外でしかなかった。


 どちらかと言えば、こういうのはアノンさんがやると勝手に思っていた。が、当の本人は押し入れの中にいる蛇に、「ご飯ですよぉ」と、餌をやっている。


「それ、何の餌です?」

「ネズミの赤ちゃん」

「おえっ」


 どこで売ってんだよ、それ。


 餌をやり終えると、アノンさんはケージを閉じて、僕の隣に座った。

 マスクを外し、一息すると、スマホを弄り始める。


 マスクを外すと、リップのおかげで光沢を帯びた唇が露わになる。

 色っぽくもあり、可愛さが半端なかった。


「ねえ。リョウマに写真送ろっか」

「写真、……ですか?」


 意図が分からない。


「嫉妬するかもよ。ね、姉ちゃん」

「私は、……いい」


 断るが、押しの強いアノンさんは、とてとて近寄り、半ば強引にカンナさんを連れてきた。


「嫉妬心煽ってみればいいじゃん」

「でも……」

「はい。並んで」


 僕が真ん中。

 隣に双子。

 挟む形で、スマホのレンズを向ける。


 パシャ。

 シャッターを切り、画像を確認すると、アノンさんが真顔になった。


「……ふざけてんの?」

「え?」

「ちゃんとやってよ! 焼きもちさせようって言ってんじゃん!」

「え、え? なに? え?」


 急にキレ出したアノンさんは、鼻息を荒くして、傍にあるナイフを手に取る。その一部始終を見て、僕は血の気が引いた。


 ていうか、無意識の内にカンナさんの腕を取り、しがみ付いていた。


「アノン。やめなって」

「姉ちゃんもさああ! クソ野郎の嫉妬すら煽れないから、後手に回るんだよ!」

「分かったから。落ち着きな」


 ナイフの切っ先は、僕の頬に当たっていた。

 少しずらせば、確実に切れる。

 尖った部分がぷにっと頬を押してる状態は、心臓に悪かった。


「怯えてんじゃん」

「ふぅ……っ、ふぅぅ……っ!」


 何も言えなかった。

 ただ、一つ言えるのは、カンナさんが普段のイメージと違い、とても頼りがいがあるってこと。


 抱き着いても、振り払おうとせず、後ろに隠そうとしてくれていた。


「ちゃんと、……やってくれる?」

「は、はい」

「笑顔で、ダブルピースしてぇ、ベロ出してくれる?」

「はい?」

「やんのかって聞いてんだよ!」


 答えはいつも一つ。


「ハイッ!」


 我ながら、良い返事だった。

 かなりビビったし、オシッコ漏れそうだったが、分かったことがある。

 これが、メンヘラたる所以ゆえんだ。


 いきなり、キレる情緒不安定っぷり。

 いつも粗暴な姉の方が怖いと思われがちだが、実は妹の方がキレると一線を越えやすい。


 だから、お姉ちゃんは、すぐに冷静な方に回る。

 この双子の事は、知った気になっただけで、全然把握しきれてなかった。


 僕が返事をすると、しばらくジロっと睨んでいた。が、先ほどの事がなかったかのように、にこっと笑い、馴れ馴れしくすり寄ってくる。


「んじゃ、写真撮るね。あ、モリオは姉ちゃんにキスして」

「ちょっと……」

「分かりました! んぢゅううっ!」

「……チッ」


 舌打ちされても構わないよ。

 命が懸かってるからね。


 僕はカンナさんの首に腕を回し、命がけの濃厚キスをする。

 頬に口を押し当て、とりあえず吸っておいた。


「いくよぉ。はい、チーズ」


 パシャ。


 写真を見たカンナさんは、ため息を吐いた。


「へへ。送っちゃお」

「最悪」


 頬を腕で拭い、ご飯作りを再開するカンナさん。

 ちなみに、リョウマの返信はこうだった。


『わあ! おめでとうございます!』


 嫉妬なんか、微塵もしてなかった。

 むしろ、喜んでいた。


 その後、出てきた料理は、ホウレンソウとベーコンをバターで炒めた物とシチュー。あとは、パンとささみのスモークだった。


 何と言うか、カンナさんの料理だな、といった感じだった。

 とはいえ、若干胃袋を掴まれた感じもしたので、僕は自身に対して警鐘を鳴らさねばなるまい。


 量がちょうどいいので、サクサク食べれるし、変に豪華ではないから気を遣わなくてもいい。


「だから、太るんだよ」


 なんて言っていたが、僕はこう思う。


 これじゃ、太んねえよ。

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