友達のママ 5/9

 温かい紅茶を頂いて、チョコレートケーキをごちそうになった。

 お金持ちの家は、やっぱり違う。


 何を隠そう、「紅茶って何が美味いの?」という素朴な疑問を解決できたのは、キヌエさんのおかげである。


 ケーキを食べた後に、紅茶を飲むと、紅茶の香りが口の中で混ざり合って、別の甘さに化けるのだ。


 食べている間、ずっと見られているのは居心地悪かったけど。

 でも、こんなに美味しいケーキを食べられることに感謝している。


「モリオくんは、美味しそうに食べてくれるわねぇ」

「んっ、もぐ。本当に美味しいですもん」

「ウチの旦那と息子は、もっと素っ気ないわ。……あら」


 急に頬を摘ままれ、陰キャ特有の防衛本能が働く。

 ビクリと強張った体が、キヌエさんの笑顔で解けていった。


「ついてたわよ」


 ケーキのクリームが付いてたらしい。

 キヌエさんは躊躇いなく、クリームを舌で掬い、にこりと笑う。


 こんなママが欲しかったなぁ。


 なんて、事を思うけど、そういうのは二次元だけにしておく。

 着信音が鳴り、テーブルの下でスマホを見る。


『これ、地獄通りだろ。路地裏に放置されてる』


 ズタズタに裂かれたストラップの写真が添付されており、リョウマは泣きの絵文字を貼りつけてきた。


『地獄通りには行きたくないよ』


 理由がある。

 地獄通りは、昼間は普通の商店街だ。

 けれど、夕暮れから深夜にかけて、不良のたまり場になっている。


 一度、訪れたが最後。

 確実に狩られるため、僕は夜更けには近寄らないようにしていた。


『お前しかいないんだよ』

『無理だって。あそこ、怖い奴らいっぱいいるじゃん』

『友達だろ』


 ため息を吐き、何気なく前を見ると、キヌエさんがいなかった。


「リョウマから?」

「ほぉんっ!?」


 いつの間に、隣へ移っていたのか。

 キヌエさんが真横に座って、僕を見ていた。


「なに。変な声出して」

「はは、お、驚いて」


 苦笑いで誤魔化す。

 キヌエさんは相変わらず聖母のような笑顔を浮かべ、僕の頭を撫でてきた。


「ねえ。モリオくん。耳掃除したげる」

「え、や、悪いですよ。汚いですし」


 キヌエさんが立ち上がり、テレビの前に向かう。

 小物入れから、耳かき棒を取っており、同時にリョウマからも返信があった。


『お前。ウチのおふくろとイチャイチャしてるだろ』

『あのね。君のお母さん、40代くらいでしょ』


 それでも、年齢を感じさせない美貌の持ち主だけどな。

 小さい頃から、度々世話になっている。

 リョウマとは小さい頃からの付き合いだけど、幼馴染ではない。

 ただの同級生で、小学校時代は、親しくなかった。


 友達の友達って感じで、別の友達に付いて行った感じか。


 でも、今は完全に友達。

 こういった関係である。


『おふくろ、お前のこと好きだから。変な気起こすなよ』

『息子の友達は、だいたい好かれるだろうが。やめて』

『早く取りに行ってくれよ! 頼むよォ!』

『わかったって』


 返信をすると、お礼のスタンプが貼られる。


「さ、いらっしゃい」


 膝をポンポンと叩いており、断るのは申し訳ないので、そのまま体を傾けていく。


 耳掃除してもらったら、さすがに向かうか。

 夜になったら、本当に危険地帯に変わるので、それだけは避けたい。


「ちっちゃな耳たぶ」

「うひひ」


 指でくすぐられて、変な声を出してしまった。


「モリオくん」

「お˝っ、は、はい」

「ウチの子、悩みがあるのかな」


 ドキッとした。


「どうしてですか?」

「うん。最近、思いつめてばかりだし、ひょっとしたら学校で上手くいってないのかな、って。ほら。あの子、バカでしょ?」


 そう。バカ学校に通う、バカなのである。

 どれだけ王子様風の外見をしていても、そこは変わらない。


「大丈夫ですよ。困ったことがあったら、僕が何とかするんで」


 陰キャ特有のイキリである。

 できもしない事をすぐに口にする悪癖。

 キヌエさんはクスリと笑った。


「ほんっと。モリオくんには、助けられてばかりね」

「僕だけじゃないですよ。ヘイタとか、ケンイチとか。リョウマくんには、友達がたくさんいますんで」

「そう。なら、……任せちゃおっかな。ふー……っ」

「お˝お˝ぅ˝っ!」


 クスクス笑ったキヌエさんは、本当に40代とは思えないほど、綺麗な人だった。

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