24 解放れし凶星

 混迷を極める夢想世界の某所。


 TD2P佐呑支部がTD2P本部、およびAD2Pに佐呑のパスを開示し、天童大佐による現在投入しうる全ての戦力の佐呑投入を強く訴えたこよにより、各勢力は島へ向けての援軍の派遣を決定した。

 無論、夢想世界における戦力の十全な活動の支援のためにはTD2Pの虎の子であるボイジャーの運用が織り込まれている。援軍の先陣にはボイジャーを保有した部隊が連なり、TD2Pに所属するボイジャーの中で出撃可能なもう二つの機体が指定された佐呑のパスへと降り立った。


 だが、そんな佐呑への援軍の阻害を試みる存在が一つ。

 その人物は手にした片手剣一つで既に100名を超える戦闘員を真っ向から迎え撃ち、辺り一帯に重度の負傷者の山を築きあげている。多くの部隊がその存在に対して警告と対処を実行するが、その余りにも強烈な近接戦闘能力には苦戦を強いられた。


 瓦解する部隊の合間を颯爽と駆け抜ける影が目にも止まらぬ速度で剣を振るう。急所を意図的に避けているだけあって即死して退去する存在は殆どいないが、手心を加えているにしても異様な重みを持って的確な角度をついてくる斬撃は多くの者に一撃必殺の危機感を抱かせた。



真言宿命オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ:晴舞台」

 人斬りの元に宙を滑る金の道が生成される。

 不定形な金の足場を持ち前の韋駄天の速度で駆け抜け、その人斬りに迫るのはボイジャー:スカンダ号だった。


 接近したスカンダは速度を落とさずに宙で身を捩り、脚に力を集中させて強力な回転蹴りを繰り出す。紫色と金色の模様が交じり合った韋駄天の脚を、人斬りの剣が受け止めた。剣は衝撃に耐えきれずに根元から粉砕されたが、舞う刃の欠片を尻目に新たなる片手剣が生成された。


「悪いんだけどさぁ、正直アンタなんかに構ってる暇ないわけ。気が触れちゃったかなんだか知らないけど、さっさとどいてくれない?」

 スカンダが激しい身の熟しで次々に蹴りを放つ。一度に三発も四発も飛んでくるようにさえ錯覚してしまう高速の連撃を捌ききれずに人斬りの姿勢が揺らいだ。


「駄目だ……‼……佐呑に入ってはいけない。特にお前のようなボイジャーはダメなんだ」

 剣士が振り向き様に一閃を放つ。

「おっと…」

 お互いがそれぞれカウンターを仕掛け、後出しジャンケンのような攻防が数秒続く。


「わっかんないなぁ。まともに認知判断能力がありそうなのに、なんでこんなことしちゃうの?」

「…口下手で申し訳ないな。こっちも手荒な真似がしたいわけではない。私のような者がどれだけ強く訴えようと、この援軍を阻止するだけの声の大きさはないんだ。一度決定された援軍派遣を天童大佐が中止することはないと良く理解しているつもりだ」

「ってか、邪魔する必要がなくない?って話」

 金色の武脚が剣士の腹部を捉え、勢いに任せてその全身を遥か後方まで蹴飛ばす。


「たしっか名前は白英淑ベク・ヨンスク、だっけ?アンブロシアのお目付け役がこんなとこで軍相手に暴れちゃダメじゃん。……覚悟は出来てるよな」


 スカンダの冠域が徐々に周辺の空間を侵食していく。金色の歪なオブジェクトや背景が生成され、足元は人間が移動するには難儀な歪な形状が生じだす。


「島内で民間人が虐殺され、夢想世界ではカテゴリー4が二体現れて絶賛奮闘中。それに加えて私が殺したくて殺したくてしょうがない反英雄までお出ましときた。こんなの、邪魔する方がどうかしてる。

 ……もし、邪魔する理由がとかなら問答する気も起きないね。そんなわかりきってることに議論の余地はない。もし彼がこの惨状をなんらかの意図で誘発したのであれば、もちろんその責任を果たして相応の罰を受けてもらう。

 アンタもやったことの責任はしっかりと償ってもらうよ。なんなら、今、ここで楽にしてやろうか。精神の核をうまいこと破壊してしまえば、アンタは暫く現実世界で動けなくなる」


「お気遣い頂かなくても現実での私はもう剣を持つことも厳しいだろうな。反英雄と事を構えて命があるというだけでも感謝するべきだが………いや、いい。今は私は自分の責務を全うするのみだ」


 スカンダは粉塵の中から立ち上がる英淑を見て舌を鳴らした。だが、次の瞬間には、英淑の頬を伝う大粒の涙を見て言葉を噤む。


「………何、泣いてんのさ」

「理由を言えば泣き落とせる相手でもないだろう。……私の個人的な感情など、どうでもいい。悪いが付き合ってもらうぞ、スカンダ。援軍はもとより、ボイジャーを佐呑に行かせるわけにはいかないんだ」

「あっそ。勝手にしなよ。手加減は期待しないでね」



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 三十分ほど前、白英淑は佐呑の港に近くにあるTD2P所有の保養所にて目を覚ました。

 耳を揺すられるような喧騒に頭を抱えるも、療養用の施設にしては不自然なくらいに人の気配が感じられなかった。強い身体的な苦痛を感じながらも彼女は身を起こして周囲の様子を確認しようとする。

 窓辺に立った彼女の眼に飛び込んできたのは、予想だにしない凄惨な光景であった。


 人が人を殺している。無惨に、無慈悲に、徹底的に。

 何者が争っているのか。その疑問はすぐには解消されなかった。見れば、様々な国籍、風貌をした人間たちが奇声や罵声を上げながら軍装に身を包んだ者らと対峙している。だが、それも妙な話だ。TD2Pの軍は夢想世界での活動を想定した特殊部隊の集まり、現実世界においてはごく限られたような別解犯罪者の対処にあたるときくらいでしか戦いの表舞台に立つことは少ないのだ。

 だが、今目の前に広がる光景はそんな認識を凌駕してくる。弾丸の雨。凶刃の闊歩が現実で許され、絵にかいたような戦争の様相がそこには在った。人が数えきれないほど死んでいる。路傍の石や草のように自然と人の屍が景色に溶け込む様は、彼女に未だ見果てぬ夢の最中に在るような心地を味わせた。


 次に認識したのはとある彼女のベッドの付近に置かれた録音機だった。かなり古いタイプのモデルで、使い方こそ知っているが、誰がこんなものを置いていったのかと英淑は疑問に感じた。内部音声を再生しようと思ったが、どうにも録音機自体に手が加えられているようで、なんらかの認証キーがなければ再生できないように改造されていた。


「…………」


 外から絶えず聞こえる戦争の足音も相まって、彼女の心はぐるぐるとかき混ぜられた。

 一体何がどうなっているのか。

 検証のしようがない疑問ばかりが降って湧く。

 こんな状況に置かれ、軍人であればどうするかなどを考えてみるが、どうにもうまい解決の糸口が見当たらなかった。


「ここは……佐呑…のはず………私は……何が…どうして」


 頭を抱えて蹲る。頭の中が混濁する。状況を飲み干すことができない。 

 次の行動は実に無意識の領域に足を突っ込んだ末のものだった。彼女は虚ろな表情で録音機のキーを何度か入力し、やがて音声データを解放する為に必要な組み合わせのパスワードにたどり着く。


「…………」


 まさに悪い夢を見ているようだった。

 録音された音声はアンブロシア号の付き人としてチームを同じにしているイタリア人、セノフォンテ・コルデロのものだった。


 再生された音声の内容は白英淑が受け取ることのみを目的としたメッセージだった。

 

 内容はこれまた耳を疑うような内容に溢れている。

 

 佐呑に迫るタンカー及び駆逐艦から想定される島の惨事の予見。国家権力の干渉が硬化するとの見立てからなる島内の被害拡大の算出。

 佐呑の夢想世界、さらにはアンブロシア号のテストシミュレーション空間に頭角を顕した大物の悪魔の僕たちとの抗争の現状。

 これらの状況にコルデロの推察と考察が加わった際に導き出された彼の私見。それは、全世界のバランスを一挙に崩壊させるに十分なボイジャー:キンコル号の究極反転への野望という結論に至っていた。


 当初からキンコルに対して懐疑的な見解を持っていたコルデロだからこそ、佐呑へ上陸した後も個人的に調査を行なっていたのだろう。彼が立場を利用して手に入れた様々な証拠や、頭をかき乱すような情報が次々と音声として垂れ流された。


 そこからの英淑の記憶はどこか所々欠落してしまっている。痛む体に鞭打って必死に走ったような気もするし、同じ場所にずっと蹲って耳を塞いでたような気をする。


 確かなことは、次に意識が判然としたのは佐呑の監獄塔の中だったということ。

 そして彼女の目の前には、先程音声を受け取った声の送り主、セノフォンテ・コルデロと思しき脳みそを床にぶち撒かれた冷えた遺体が存在した。

 仄暗い廊下の中で彼女は絶叫する。

 地獄を模したすり鉢状の監獄に慟哭が反響する。


 気がつけば、辺りには死体が増えていた。

 手には先程まで持っていなかった何者かの剣が握られている。無駄に意匠を凝らしたような瀟酒で逞しい片手剣だった。


「出してください……お願いします……私、見たんです…聞いたんです…あの怖い人が…その人を…殺した時のこと」


「……お前が、鯵ヶ沢露樹か」

「私…何かに利用されてるみたいで……本当に怖くて…切なくて……お願いします……私をここから出してください‼」


「こんな女が、究極反転の条件だと…?ふざけてる。自分の私利私欲のためにあの惨劇を扇動したのか……コルデロは、死ななくては本当に死ななくてはいけなったのか?」


 英淑の瞳に熱が帯びる。露樹を睨むその姿はどこか悍ましい殺気を彷彿とさせていた。


「いっそ、お前をここで殺してしまおうか」


「ひっ…ッ‼」

 剣を刺突に備えて構える。堅牢な鉄格子で区切られているとはいえ、その格子の合間を縫って剣を飛ばし、四畳半の室内の標的を仕留めるのは彼女には造作もないことなのだろう。


「………」

 彼女は剣を下ろした。剣呑なプレッシャーが失せ、表情の険しさも少し薄れる。

 その代わりに彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ、それを隠すようにして身を翻した。


「お前には殺す価値も感じない」

「な、なんなんですかぁっ‼」


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「魔醯首羅:金剛賦乱」


 韋駄天の脚を持ったスカンダの猛烈なラッシュが英淑に浴びせかかる。蹴りもそうだが、攻撃に組み込まれる抜き手や当て身、払いや突きのどれもが恐ろしく高い完成度を誇っている。もし、現実世界でこの動きが可能であればどんな格闘技もトップアスリートでも全身を粉々に打ち砕かれて命を落としてしまうだろう。

 武術的なコンビネーションの裏に才能により開花した戦闘センスが惜しげもなく加算されている。彼女が対半英雄を想定して練り上げてきた様々な冠域内の技はどれもが近接先頭においては一級品であり、流石の英淑の剣術の腕を以っても対抗できるものではなかった。


「魔醯首羅:怒濤業どとうぎょう


 スカンダの脚に冠域固定による出力の一極化が働く。一つの冠域に相当する膨大なエネルギーを身体の一部に深度を集中させることにより、彼女の身体能力はさらなる飛躍を果たし、残像すら残らない異次元の速度での猛襲が英淑を夢の世界の奥へ奥へと押し流していく。


 

 冠域に対抗するには冠域が必須である。

 冠域の生成によって多重の自己強化を可能とするスカンダに対し、自己の戦闘能力に依存して夢の世界での身体の基礎強化のみを戦闘手段とする英淑では完全に個体としての上下関係が成り立っていた。



「流石に…強いな」

 反撃をしようにも攻撃を準備するだけの隙すらも与えてくれないスカンダに対し、彼女は純粋に尊敬の念を抱いた。


「ボイジャーをサシで止めておいてよく言うよ。なんでまだ喋るだけの体力があるのかわかんないけど、これ以上続けたところで結果は見えてんでしょ」


 スカンダの強烈な蹴りが英淑をガード越しに吹き飛ばす。基本的に彼女の攻撃にはどれも防御が足りないため、力比べで打ち勝つ術はない。


「アンブロシアが見たらどう思うんだか…それとも、アイツもグルでやってんの?」


「私の役目は彼がボイジャーとして正しく在ることを見守ることだ。キンコルのための生贄にさせる気は毛頭ない。こんな茶番に付き合わせて彼が命を落とすようなことだけは許さない」


「わっかんないなぁ。キンコルの目的がどうこうってより、アイツの目的が達成されなかった場合の方がマズイでしょ。少なくともクラウンまで動いて現実で被害が出てる以上、それなりに実になる成果がいると思うのは私だけ?」


「…キンコルの行く末にある安寧が人々にとっての地獄となるなら、私は地獄の中でも自分に都合の良い方を選ぶ。それだけだ」


 英淑は悠然と構えた。

 圧倒的な上位の実力者を相手にしているとは思えない程の凛々しさを放ちながら、スカンダに相対する。


「ったく、馬鹿馬鹿しい」

 スカンダの脚に光が帯びる。


「魔醯首羅:女神捧脚」

  

 放たれた光線。人体など優に飲み込んでしまう大きな光の矢が英淑をまっすぐに捉えて穿ち抜いた。これまで多くの強敵を打ち砕いて来た大技であり、スカンダはこれ以上戦闘を長引かせることを嫌って惜しみない全力で彼女の意思に応えたのだ。


 だが、技はその出始めと同時に途切れた。痛みすら伴わないなんらかの攻撃を受け、スカンダは遠のく意識の中でかなり遠くまで吹き飛ばされてしまう。

 英淑に反撃の素振りもなく、そもそも反撃ができるような技ではない。だが、事実としてあるのは英淑は変わらずにそこに立ち、スカンダは瀕死の重傷を負っていると言うことだった。

 スカンダの額には血がカーテンのように垂れ下がっている。視界もそこそこに赤く染まり、痛みはこの頃にようやく、降って沸いた。


 だが、痛みなど感じている暇はないほどにスカンダは瞠目せざるを得ない状況に直面した。

 

 英淑の背後に聳える巨大な扉。

 恐らくそこから出てきたと思われる巨大な2頭身のピエロと特徴的なオレンジ色のアフロヘアーをした青年の姿がある。


「テメェ…やりやがったな……よりにも寄って選んだ地獄がこれかよ‼」  


 スカンダは思わず戦慄した。

 これから相対することを強いられる強大な的を前に、うっすらとした絶望感すら覚えてしまう。


「クラウンを逃すなんて、正気の沙汰じゃない‼こんな世紀の大悪党と組むのか⁉白英淑‼」


「あはは。登場と同時に暴言吐かれるのってお決まりなのかな?」

 アフロの青年は不敵な笑みを浮かべる。


「まぁ、ただのレディの相手に軍隊が躍起になるのも可笑しな話。せっかくの機会だ、俺も混ぜてくれよ。一緒に愉しく遊ぼうじゃないか、援軍の諸君?」

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