第9話
……空気を裂くような高音がクリッパーの声を遮った。
それは二人がすっかり聞き慣れてしまった銃声であった。
直後にドクが地面に転げ落ちてしまう。
クリッパーは訓練を忘れてドクに駆け寄ろうとする。そこにドクの手が伸び、手で制したことで我に返った。
二発目が地面を跳ねる中、クリッパーは物影へと隠れる。
「生きてる……」
ドクも頭を揺らしながら物影へと退避。安全を確保した二人はヘリの影で合流する。
「くそ。頭の中で鐘が鳴って……クソ!」
ドクが被っていたタクティカルヘルメットには、銃弾が表面を抉った跡が残っていた。
そうこうしている内に、ヘリの胴体に三発目が着弾。続けて四、五発目。
「11時の方角。二階の窓!」
向かい側の廃墟の敵を見つけたクリッパーが、スコープ付きバトルライフルで応射。牽制目的の単発射撃をしつつ、ヘリの陰に隠れる。
「何者かに攻撃を受けている。数は不明、現在応戦中!」
先に身を隠したドクが報告する。
〈ラーキンだ。今そっちに向かっている、到着までおよそ5分だが、凌げるか?〉
ラーキンが通信に応えた。
「ああ。敵が大勢で来なければな……」
などと言っていると、クリッパーが肩を叩いてきた。
彼と同じ方角に目を向けたドクは言葉を失った。
廃墟より奥、大通りの向こう側から、異様な手作り装束に身を包んだ銃弾が、奇声を挙げながら歩いて来ていたのだ。
………
ラーキンを載せたSUVは、砂埃を舞い上げながら、スミシマ街の入り組んだ道を走っていた。滅多に車の通らない道故に、道路上は物で溢れ返っていたのだが、ラーキン達はその悉くを跳ね飛ばして強引に進む。轢かれては堪らんと、住人達は道に面した家々へ逃げていった。
そんな中、墜落現場のエコーズが交戦状態に入ったと、情報が飛び込んできた。
〈変な奴らが墜落現場に近づいている。地元住人……には見えない〉
ブッチャーの報告には困惑の色が混じっていた。
車載モニタで様子を見守っていたラーキンも、つい「何だこりゃ?」と口走ってしまう。
拡大された映像に映る集団は、頭の先から足元まで、ボロ布やゴミを繋ぎ合わせて作ったような手作り衣装に身を包み、スクラップで作ったらしいDIY武器を手にしていた。
そして彼らは「ネイチャ! ネイチャ!」などと奇声じみた呪詛を叫びながら、独特なステップを踏んで大通りを行進する。その姿はさながら、未開地奥深くで独自の文化を発展させた先住民族であった。
〈気を付けろ。奴らは『エコ賊』だ〉
司令部の回線を使ってファズが警告してきた。
「エコ……何だって?」
〈奴らは大昔にテロ行為を繰り返した、環境保護団体の子孫だ。最下層スラムより更に下へ逃げた残党勢力が、文明を放棄してカルト宗教じみた集落を作っていると噂は聞いてたが……〉
「えーと、つまり?」
ラーキンの頭の上に大量の疑問符が浮かぶ。
〈奴らは工業製品や機械を悪魔と見做し、手当たり次第破壊しては、スクラップを『リサイクル』の名の下に掠奪していくそうだ。そして機械を持ってる俺たちを地上から『浄化』し、大地を綺麗にするとか何とか……〉
「ますます意味分かんねえよ! 奴らの服とか持ってる道具は工業製品だろうが!?」
〈俺に怒鳴るな、ニッケル坊や。そういう風にアーカイブに書かれてるんだって〉
〈どっちでも良いから早く来てくれ。敵に攻撃されて、ヘリの乗員を救助できない!〉
ドクが会話に割り込んできた。がなっている後ろでは、近づくエコ賊の奇声と発砲音が途絶えることなく響いていた。
「急いでいる。持ち堪えてくれ」
ラーキンがそのように答えた直後、携帯端末が着信音を鳴らす。
相手はマリだ。ラーキンは舌打ちをして、通話を……切れない。何度も液晶をタップしても、着信音が消えないのだ。
諦めたラーキンが通話に応じると声の代わりに画面がパチリと光った。
「やっほー」
小さなマリが画面から飛び出してきた。
額の小さな二本角に尖った耳、人と竜を掛け合わせたような変わった姿。見慣れていたラーキンは驚きもせず、むしろ邪険に彼女の頭を指で弾く。
「痛ってぇな、おい!?」
掌サイズのマリは、ラーキンの眼前でキイキイと抗議する。
「こっちは忙しいんだ。話なら後で聞いてやる。さっさと失せろ!」
不機嫌に怒鳴り返すラーキン。
「主任。流石に乱暴ですよ。この子も一応、味方なんですし、そういうのはちょっと良くない」
見かねた運転手が横から口を挟む。
「さっすがサイモン。後で可愛い子、紹介してやるから。今度こそモノにしろよな。ま、馬鹿話はさておきぃ、耳寄りな情報持ってるんだけどさぁ。どうかなぁ?」
「だからこっちは忙しいんだっての。テメエの小遣い稼ぎは後にして……くれ……?」
ラーキンは鼻先に突き出されたホログラム画像を見て言葉を失う。
映し出されたのは数人の男たち。それも、ライラが見せてくれた、過激派集団の幹部構成話であった。
「てめえは何処でコレを?」
威勢を削いだ事に気を良くしたのか、小さなマリは画像の影からチラリと顔を出して微笑んだ。
「やっぱ知ってたか。いかにも、ニュースでやってる過激派の幹部たち。何でか知んないけど、みんなでこの地区に居て、今はレイス・モランを追っかけてる」
「レイス? アイツがここに居るのか!?」
ラーキンはホログラムを横に押しやり、声を荒げた。女学園で接触したものの、彼女には逃げられてしまい、ずっと行方を掴めずにいたのだ。
「次から次へと……」
「どうするのかなぁ?」
マリはヒレ付きの尾を振ってラーキンの眼前を回遊しだす。ニヨニヨ笑って「お得意さん」が判断に迷う様を楽しんでいるのだ。
「くそ」ラーキンは小声で毒づくと、無線でライラを呼び出した。
「ライラ。例の写真の奴らを近くで見つけた。情報と人を送るから、後はテメエで何とかしてくれ」
〈見つけたって……一体どうやって?〉
「事情を説明している暇は無い。この騒ぎでまた逃げられるかもしれねぇ。マリ、幹部連中の位置情報を、捜査官の端末に送信」
「レイスは?」
「終わったらな」
「あいあいさー」
マリは砕けた敬礼をした後、端末の画面内にダイブした。
「やい新入り。お前は今どこだ?」
続けて部下のナギー・スミスへ通信を試みる。
〈え? 墜落地点を目指して移動中ッスけど〉
「テメエとあと二人、介入部のライラ捜査官と合流しろ。容疑者拘束の援護に回れ。残りは墜落現場で直接落ち合う。以上!」
〈ちょっと。せ、先ぱ……〉
一方的に通信を切断したラーキンは、吠え狂うエンジンに負けじと声を張った。
「さあ急ぐぞ!」
…………
「弾切れ!」
機関けん銃を撃ち切ったドクは弾薬ポーチに手を伸ばす。
「クリッパー。もう弾が無い」
装填しながら射撃中の仲間に告げる。
「こっちも」
ほぞを噛み、クリッパーが答えた。彼は最初の狙撃手を始末すると、今度は向かってくるエコ賊に次々とフルロード弾を撃ち込んだ。だが彼らは倒れる味方を踏み込え、「ネイチャ! ネイチャ!」と叫んで後進を止めない。
ついにはエコ賊の群衆側からも、反撃が来るようになった。
ある者は、鉄屑やボルトを詰めた改造銃を発砲。またある者は鉄筋で作った槍を投てき。次第にその勢いは強くなり、とうとうドクとクリッパーは、真後ろのスーパーまで後退を余儀なくされた。
「増援はまだか。このままだとヘリにも近づけない!」
ドクが無線機に向かって怒鳴っていると、不意に黒い霧をまとった風が地上に吹き降りてきた。
霧は墜落ヘリの上で渦を巻いて集まっていく。その内に不定だった形は輪郭が定まり、人の姿へとなっていく。
そして、霧は内側から四散。中から黒衣の女が姿を現した。
「レイス……モラン……」
呆気に取られたドクが思わず呟く。報告書と写真でしか彼女を知らなかったが、それでも一目で分かった。
<窓>の向こう側で異能を手に入れた者。
ハイダー。
レイスの登場には流石のエコ賊も驚いたらしい。行進を止めて大いに狼狽えている。
そんな彼らを無視して、レイスは黒霧を集めて異形の右手を生成。ヘリの歪んだドアに手を掛けた。
力を込めて引く。人力ではビクともしなかったドアが、破砕音と共に引き剥がされた。
「今よ」
レイスは傭兵達に声を掛けた。やや遅れて我に返ったドクがヘリによじ登る。
「あ、ありがとう」
礼を言いながらドクが機内に入る。
「早く中の人達を」
そう言って、レイスは通りの向こう側に冷たい眼差しを向けた。
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