平和な戦争 (プロトタイプ版)

花鳥ヒカリ

第一章 教科:ゲーム

第1話 プロローグ+ある朝の日

戦争の反対は平和とはよく言ったものだ。

 地球、そこは現在確認されている中で唯一、知的生命体が発生した惑星。

 彼らはそんな自分達の事を〈人間〉と呼んでいる。彼らは知的な生命体である反面、争いを好む野蛮な種族でもあった。

 それにもかかわらず、

 ━平和が素晴らしい━

 ━平和こそが一番━

 全ての人間はそう言った。

 もちろん、そう言い、願いながらも戦争は終わらなかった。全世界で武力による闘争は変わらず巻き起こっていたのだ。

 だが、二十年前、突如としてそれはパタリと無くなった。

 ありとあらゆる兵器と武器が廃絶されたことによって。

 遂に、人類が待ちびていた戦争の無い、平和な世界が実現したのである。

 ❇︎

 2064年12月8日

孝徳タカノリ、早く起きてきなさい。もうご飯食べないと遅刻するわよ」

 波山孝徳ナミヤマタカノリは重いまぶたを無理やり開くと、エアコンのリモコンを手に取り、暖房をつける。

 しかし、もちろんつけてすぐさま部屋があたたまることなんてあるはずがなく、まゆのように自身の体温で温められた布団から、やっとのことで這い出る。瞬間、部屋の冷えた空気が体全身に纏わり付き、ひとつ身震いした。

 重々しく寝衣を脱ぐと、制服に袖を通す。クローゼットの中で冷えていたそれを着ることはさらに苦痛をともなうもので、さらに体を冷たさが襲う。

 鏡を見ながら、ネクタイを締め、寝癖を校則に引っかからない程度にワックスで直す。

 身支度を終えると、リビングがある一階に駆け降りていった。

「おはよう母さん」

「おはよう。もう朝食用意してあるわ。私は仕事があるから、先に出るね」

 化粧を素早く行った母、千代子ちよこ黒鞄くろかばんを片手に大急ぎで玄関に向かう。

「今日も冷えるみたいだから、暖かくして行くのよ」

 千代子は顔をひょこっと出し孝徳に、付け加えるように言った。孝徳はそれに一言応える。

「りょーかい」

 千代子は孝徳タカノリからの応答を聞くと「いってきます」と軽く手を振り、玄関から出ていった。

 孝徳は最後まで母を見送ることなく、足早にリビングに戻り、朝食を済ませる。

 時刻は八時十分。登校完了時間は八時二十分となっているため、時間はわずかしかない。

 孝徳は食パンとフルグラをかきこむと、学校指定の鞄を手にし、くつを乱雑にくと急いで玄関を出た。

 通学手段は自転車。

 孝徳は自転車のロックを解除すると、スタンドを蹴り上げ、またがると、そのまま発進させた。

 冷気を切り裂くように自転車はぐんぐんと加速し、目的地である双葉ふたば高等学校を目指す。

 ここ、S県のH市は周りに少しの商業施設しか無く、あたり一面を山におおわれている。そのため、景色は全く移り変わらずただひたすらに緑しか目に入ってくることはない。

 そんなド田舎のくせに、車と信号だけは大量にあり、孝徳は幾度となくそれに足止めを食らう。

 途中でごうやしたのか、裏ルートから目的地に向かう。

 遅刻しそうな(とは言っても、毎回遅刻ギリギリなのだが)時に必ず通っているルートだ。ここを通れば、自転車通学の許可を取るために必要な2キロメートル以上という条件をやぶるのだが、そんなことを気にしている暇など無く、通りに学校関係者も全くいないのでむしろ気にすることすらない。

 結果、孝徳タカノリは始業時間の二分前、八時十八分に正門を通過することに成功する。

 だが、2階の教室に入ったのは・・・。

波山ナミヤマ。遅刻だぞ、もっと時間にゆとりを持ってんか」

 八時二十一分。一分オーバー。

 二年一組の担任である初老の教師が苦い顔をしながら孝徳に言う。

「すいません、道が混んでいたもので」

「言いわけ無用。それならば、予測してもっと早く家を出ればいいだけの話だろう」

 孝徳タカノリの言い訳に担任は額に血管を浮かべた。孝徳はそれを「そうですね」と流すと、自身の席につき、持っていたかばんを机の横に引っ掛ける。

「あらあら、とうとう遅刻しちゃったね、波山く〜ん」

 隣の席に座る女子、鳩峯和佳ハトミネカズカが茶化すように言う。孝徳は口元を軽くへの字に曲げた。

「まだ、受験前だし。いいんだよ別に」

「へ〜、そんなこと言ってたら落ちちゃうんじゃないの?」

「遅刻と受験合否は関係ないだろ」

 和佳は「へっ」と男っぽく笑う。

「でも、この間の全国模試は確か〜」

「それ以上言うな」

 孝徳タカノリは一週間前に返却された模試の結果が良くなかったのだ。一方の和佳カズカは模試の成績が良く、このようにマウントを取ってくる。

 だが、孝徳に焦りの様子は見られず、不敵に笑う。

「でもな、鳩峯ハトミネ、俺はずーーっと一位取ってんだよ。モダンベルルムではな。お前の前回の成績は確か・・・・」

 和佳は孝徳に対してほっぺたをプクッと膨らませ、にらむ。

「8回死んで学年中、238位だったよな。240人中」

「もーーー!それを言わないで!なんでゲームなんかが学校の教科に入ってるのよ!」

 日本全国の高校の必須教科に入れられた〈モダンベルルム〉。それは、五十対五十のチーム対抗で行う擬似戦争FPSゲームだ。

 ルールとしては一試合におけるチームの上限獲得ポイントが100点となっており、先にそれを獲得したチーム、もしくは60分という制限時間内でより多くのポイントを獲得したチームの勝利となる。加点、減点の基準としてはキル数、戦死数、要所要所のアイテム獲得、敵陣地の制圧・・・など多数設定されていた。

 高校の生徒は学問だけで無く、この〈モダンベルルム〉においても成績がつけられる。

 二十年前の学校システムから見れば不思議なシステムだ。

 和佳カズカは学問においては、必ずこの学校のトップスリーに入るほどの好成績をマークしてはいるのだが、ことゲームにおいては反対で、最下層に位置している。

 和佳は悔しさからか、髪を両手でガシガシとく。せっかくの綺麗な長髪が勿体無い、と孝徳タカノリは思いつつも、見ている側からすればその反応は面白いので、ニヤニヤとした面持おももちで黙って見る。

「だって、私の使っているキャラ雑魚ざこばっかりだし、遅延ラグひどいし。決して私の実力不足なわけではないわ!」

 和佳は悔しまぎれにそう言う。

「それはこっちも同じさ。そこからいかにして勝ち上がるかが重要なんだよ」

 孝徳はしてやったりという表情で言う。

「まあ、全ゲームで一位の俺様からしてみれば、このまま成績を維持していれば受験なんてせずに内務省のゲーム推進課すいしんかはいれるってもんよ」

 孝徳はフンと鼻を鳴らした。両腕を組んでほこらしそうにもしている。

「何よ。ゲームの成績で国のトップ機関に入れるなんて、ふざけたシステムよ。全く」

 和佳は憤慨ふんがいしながらそう言った。

「本当にそうだよな。この国も世のすえだ。それはそうと二人とも、授業が始まるんだから静かにしなさい」

 突然聞こえてきた男の声。

 和佳と孝徳はギョッとして、教卓のスクリーンの方を見る。そこには二人を睨みつける英語教師の男の姿があった。

 決して怒鳴ることはないが、怒ると怖く、成績も容赦なく引いていくことで有名な先生。

「まだ大声で会話を続けるなら廊下に出ていなさい。授業の邪魔だ」

 威圧いあつのこもったその声に二人は縮こまり、同時に謝った。

「「スミマセン」」

 二人は大急ぎで教科書を取り出すと、机に置く。

 孝徳は和佳の方を不意に見ると、「エーー」っと舌を出していた。

 孝徳はそれを一瞥すると、英文法についての授業に意識を移した。

 五十分にも及ぶ退屈な、ゲームの成績が優秀な彼からすれば必要のない、その授業に。

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