第四話

 先宮の夜は、さながら祭の様相である。何かを歓迎するかのような趣でさえある。

 だが、その実態はそれとが真逆の、並々ならぬ剣呑さを帯びていることは、居合わせた四名の誰にとっても明確だった。


 まるで夜討ちにでも備えるが如く焚火を灯し、ラグナグムス、ツキシナルレ両家の配下兵が巡視として闊歩する日々が、連夜続いている。


「……これ、バレてませんかね」

 南方領主シグルへの接触およびその籠絡。その計画。恒常子雲の言わんとすることはそれである。


「そりゃ、これ見よがしに、そして主家に断りなくツキシナルレに訪問すれば、貴方が蠢動していることぐらいは察しますよね。どんな馬鹿でも酔いどれでも」

 咎めるような冷たい視線が、星舟の背を刺す。

「そんな状況の中、夜陰に紛れての当主私室への侵入と直言を、あえて決行すると?」

 続けられたシェントゥの非難の問いかけにも、夏山の眼帯に覆われた空目が揺らぐことはなかった。


「露見はしている。だが、それを知るのはハンガだけだ。でなけりゃ、とうに邸宅に踏み込まれて身柄を抑えられているさ」


 つまり、これは警告だ。

 企むだけなら胸の内に収めて許す。

 だが実行すれば躊躇なく殺す、と。


「つまりあの寡婦以外の兵は、何時、誰を、どういう罪で捕えるために警邏しているのかまるで分かっちゃいない。目的もなく、漠然と街を徘徊している状態だ。どれほどの炬火で夜道を照らそうとも、つまるところは暗中模索」

 此処まで踏み込まれた戦例はなく、今となっては何の用途にも用いられない物見櫓。そこから街の様子を一望し、かつ遠く隔てて対面する『寝殿』を視る。


「そしてツキシナルレの脳筋どもなら、大体の動員数も性質も把握している。網に引っかかってもある程度の対応は可能だ。突撃力は脅威だが、持続力に欠ける。そろそろ集中も切れてきた頃合いだろう」

「……まさか、そのためにわざとナテオ嬢への接近を?」

「ご母堂にしてみれば、オレに先んじてツキシナルレは取り込んで牽制かけときたいだろうしな」

 ハンガに与力する相手は、選んでおきたかった。


「……無茶苦茶ですね、結局貴方は隠密に事を進めたいのか、それとも正面から喧嘩を売りたいのかどっちなんです?」

 手筒を抱えたまま呆れたような経堂からの問いに、

「強いて言うなら、両方だ」

 と星舟は答えた。


「正面から堂々と、不意打ちじみた喧嘩仕掛けなきゃ意味ねぇんだよ」

 と、今この状況では彼のみにしか理解し得ないだろう独語を零し、彼に隻眼で以て促す。


 程なくして、彼らのいるその場から飛んだ火球は夜空に弧を描き、夜灯に負けぬほどの、極彩色の光華を咲かせたのだった。

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