第7話 天使の囁き

 土曜の早朝。

 俺は自転車を爆速で飛ばして朝影家に来た。


「おはようございます。昴先輩」


「だぁ……! はぁ……はぁ……!!」


「焦りすぎでは?」


「そりゃ焦るだろ! かるなちゃまが卒業するってどういうことだ!」


 リビングのソファーに座って詳細を聞く。


「なに? このままだと綺鳴が留年する?」


「はい。出席日数はギリ大丈夫なのですが、次の中間テストが鬼門なのです」


 ウチは12科目中5科目赤点で留年だっけか。そのレベルの学力なのか……いや引きこもりなら仕方ないのか?


「ちょっと待ってくれ。たしかにそれも一大事だけど、アイツの留年とかるなちゃまの卒業が関係あるのか?」


「私の父、つまり社長はお姉ちゃんがライバーを続ける条件として学業との両立を提示しています。留年すれば学業と両立できていないとみなされ、卒業させられます」


「……一年の時はどうしてたんだよ?」


「アオ先輩が教えてくれていました。でも今回はアオ先輩は多忙で、お姉ちゃんの面倒は見れないそうです」


「マジかよ……」


「ちなみに昴先輩、成績はどうなんですか?」


「学年12位」


「……その見た目で?」


「この見た目だからだよ。少しでもヤンキーのイメージを払拭したいから、勉強はちゃんとしてんだ」


 アオには劣るけどな。

 あいつはいつも学年トップ3に入ってたはずだ。


「綺鳴はどこに居る?」


「自分の部屋です」


「仕方ねぇな。いっちょ教えるか。教材はアイツの使えばいいだろ」


 俺は二階に上がり、綺鳴の部屋の前に行く。

 扉をコンコンとノックすると、


「どうぞ~」


 と声が返ってきた。

 俺は「失礼しま~す」と部屋に入る。


「えぇ!?」


 机に向かっている綺鳴。綺鳴の格好はまたまたパジャマだ。


「なに入ってきてるんですか!?」


「どうぞって言ってたじゃねぇか」


「麗歌ちゃんだと思ったんですよ!」


 む~、と頬を膨らませて睨んでくる綺鳴。

 コイツは可愛い動作しか知らないのだろうか。


「勉強教えるぞ。中間やばいんだろ?」


「え? 兎神さん成績良いんですか?」


「学年12位」


「その見た目で!?」


「どいつもこいつも見た目で判断するんじゃねぇ!」


 綺鳴は胸を隠すような姿勢でモジモジとする。


「その……ぜひ教えてもらいたいのですが、その前に着替えてもいいですか? いまパジャマですし、えっとぉ……」


 綺鳴は顔を伏せ、


「パジャマの時は基本、下着は……着けてなくて、今にして思えば随分、やばい恰好で兎神さんの前に出てたというか……」


 な、なんだと!?

 つまりはじめてこの家に来た時や綺鳴を起こした時は……ノーブラだったのか。

 そ、そうか。パジャマだもんな、家だもんな。下着を着けてなくても不思議じゃない。


 改めて綺鳴の胸を見ると、制服姿の時に比べてサイズが大きく見える。抑えつける物がないゆえにだろう。

 それに胸の中心に薄っすらと突起物盛り上がりが――


「……兎神さん。いま、胸見てましたよね?」


 しまった! 視線が自然と落ちていた!

 ジト目で見てくる綺鳴、俺はジリジリと後ずさる。


「い、いや違うんだ。今のは男の反射神経が働いたというか……!」


「いいから出てってください!」


 綺鳴の投げた筆箱が顔面にクリーンヒットした。



 --- 



 綺鳴がパジャマから兎耳パーカーに着替えたので、勉強を開始する。

 結論から言うと、綺鳴は言うほど頭は悪くなかった。

 数学科目は壊滅的だが、国語分野や英語分野は悪くない。記憶力は平均的、暗記科目は詰めれば赤点回避ぐらいは問題ないだろう。


 特に英語は普通に好成績を得られるのではないだろうか。


「どうしてお前、こんな英語できるんだ?」


「ふっふっふー。兎神さん、エグゼドライブにはアメリカ支部があるのですよ? お忘れですか?」


「ああ、そういうことか」


 エグゼドライブの英語圏向け組織、エグゼドライブアメリカ支部。

 所属タレントは外国人で、当然英語で配信をする。

 そしてエグゼドライブ日本支部とエグゼドライブアメリカ支部のVチューバーは稀に絡むことがあるのだ。かるなちゃまはよくアメリカ支部のソルティマ=リーフちゃんと遊んでいた。


「私は彼女たちと話す内に、常人以上の英語力を身に着けたのです!」


 胸を張って自慢する綺鳴。


「やればできる子なのですっ!」


「調子に乗るな。数学分野は壊滅的だろうがよ」


「うっ……」


「でも良かった。英語が一番教えるのが難しいと思ってたから、英語に時間かけなくて済むなら何とかなりそうだ」


 それからまた暫く勉強を教えると、


「兎神さん、教えるの上手いですよね。どこかでそういう経験が?」


「妹にたまに勉強教えてるんだ」


「妹さんが居たのですか! 会ってみたいですね~」


「お前の妹と違って反抗期全開でうっぜぇぞ?」


「麗歌ちゃんみたいにお利口さん過ぎるのも難しいところがありますよ」


「あ~、それは何となくわかるな」


 そんな談笑を挟みつつ、授業を進めていく。

 うん、この調子なら2週間後のテストには間に合うな。

 勉強が落ち着いてきたところでスマホが鳴り出した。画面を見ると、妹の名前があった。


『おにぃ!! 今日、夕飯当番おにぃでしょ! どこにいんの!?』


「あー、わりぃ。すっかり忘れてた。今から帰る」


 時間を見るとすでに19時だ。


「妹さんですか?」


「ああ。もう帰るわ。出した課題、ちゃんとやっとけよ」


「はい。玄関までお見送りします!」


 綺鳴と一緒に家の玄関へ足を運ぶ。


「じゃあな」


「あ、少し待ってください」


「ん? どうした?」


「そのまま目を閉じてもらえますか?」


「はぁ?」


 何がしたいのかわからないが、とりあえず目を閉じてみる。

 すると――




「勉強、教えてくれてありがとね。せ~んせ♡」




 耳をくすぐるその声は間違いなく――かるなちゃまの――!!?


「ふふっ」


 瞼を開くと、綺鳴が後ろで手を組んで笑っていた。


「ささやかなお礼です」


 たしかに、いま目の前に、かるなちゃまが居た。

 綺鳴の声質はもちろんかるなちゃまと同じ。でも演技が入るだけで、こうも変わるのか。


――プロってすごいな。


 帰り道、俺がスキップしていたのは言うまでもない。

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