第四章③ 敗走後のレベリングが一番つらい

 さて、吸血種が故太陽が苦手なアヴェリンは夜に現れるだろうから、まだ五時間ほど時間が余っていた。

 夜までどうしよう。

 本音を言うと真帆を探しに行きたかったが、向こうの世界で人質にとられているであろう真帆をむやみやたらに探すのも得策じゃない気がする。

 もちろん今さら授業に行くモチベーションなんてない。

 かといっていまさら修行したところで、劇的なパワーを得られるはずもないしなあ。

 もしたった五時間で今以上に強くなれる方法があるのなら、どんなに苦痛を伴うものでも喜んで受けるんだが。そう思っていると、「なあ剣」とアイリーンが声をかけてきた。

「どうした」

「強くなりたい?」

 まるで俺の心を読んだかのように、アイリーンが問いかけてくる。

 強くなりたいに決まっていた。このままの実力でアヴェリンに勝てるとは到底思えない。カインやローデを消し去ったガールズバーを当てることができれば可能性はあるが、そう簡単に当てさせてはもらえないだろう。波状的に聖エネルギーを当てて相手の動きを止めてから必殺技を放つ、ガールズバー二号店との必中コンボすら、必ず当てられるという自信はなかった。言いたくはないが、このままだと何もできずに殺されてしまう可能性の方が高い。

 だから、強くなれる可能性があるのなら、なんでもやってやる。

 そう思って、俺は力強く頷いた。

 アイリーンはそんな俺の目をまっすぐ見て、力強く見つめ返してきた。

「一つ閃いたんだけどさ、よくえっちなゲームとか漫画で、魔力を供給するためにえっちなことをする展開あるだろ? あれ試してみない?」

 力強く頷いた俺が馬鹿だった。

 こいつ、黙らせた方がいいかな。

 そもそもたとええっちな方法で俺にアイリーンの魔力を供給できたとしても、魔術を知らない俺はその魔力をうまく扱うことができないだろう。

 こんな真面目に考察する必要あるか?

 一蹴すると、アイリーンは残念そうな顔をした。いや、断って当然だが。

「待ちなさい、ツルギ」

 しかし、そんな俺たちの会話に聖が横から口をはさんできた。「なにさ」と聞くと、彼女は真面目な顔をして言った。

「それは、いいアイデアかもしれないわ!」

「は?」

「やったー------!!!!!!!!!」

 俺の疑問符とアイリーンの叫び声が重なる。

 聖、お前、もっともらしいことを言って、ただ俺とアイリーンのアレコレを見たいだけじゃないだろうな。

 聖は慌てて手と首を振る。

「違うわよ! あのね、ツルギ。今から急激なパワーアップができるわけないことはあんたが一番わかっているわよね」

 もちろん、努力が一朝一夕で実を結ぶわけがないことを俺はよく知っていた。勉強も部活もそうだ。剣と魔法の世界の戦いだってそこは共通だろう。

 今から筋トレをしたって何も変わらない。ただ筋肉痛になるだけだ。

「あたしが思うに、あんたにできることは二つあるわ。一つが策を練ること。アヴェリンにガールズバーの直撃を食らわせるために何ができるかを考えること。そして二つ目が、

 聖がびしっと指を突きつける。

 聖エネルギーのコントロール?

 聖エネルギーは、主にガールズバーの時に放出する勇者専用の魔力のようなものだ。それは俺のイメージ次第で様々な使い方ができるようで、事実俺は直線状にビーム斬撃を放つガールズバーと、ドーム状に非殺傷のフィールドを展開するガールズバー・二号店の二つを開発している。

 聖にそのまま聖エネルギーを乗せて振るう強化斬撃も試したことこそないが、やろうと思っていた。

 確かに聖の言う通り、聖エネルギーのコントロール力が高まれば、例えば相手をどこまでも追尾する斬撃や、相手の体を拘束する斬撃が放てるようになるのではないか。

 それができるようになれば、かなり戦略の幅が広がるのは頷ける話だ。

 ……しかしそれが、えっちな展開と何の関係があるのだろうか。

 絶対ないと思う。

「聖エネルギーは、常にあんたの体表を流れているの。意識していないだろうけどね。だから、その体を伝っているエネルギーをできるようになれば、もっといろいろな使い方ができるようになるかもしれない。もちろんたった半日でできることなんて限られているけれどね」

 さっきから聖の話は頷けることばかりだ。体表を流れる聖エネルギーなんて意識したことがなかったし、それをすることが一歩目だというのもよくわかる。

 だがそれがえっちな展開と何の関係が!

「鈍いわね。鈍い男は嫌われるわよ」

「この真意に気付けないせいで嫌われるくらいなら嫌われていいよ……」

「マホに嫌われるわよ」

「それは嫌だ!」

 勢いよく否定する俺を見てアイリーンが少し微妙な顔をした。「いまはボクと二人きりなんだから別の女の話なんてするなよ」とでも言いたげな顔だった。

 無視無視。

「言葉で言っても伝わんないわね。じゃあツルギ、右手に聖エネルギーを集めてみなさい!」

 当然できるでしょ、みたいな口ぶりで聖が無茶な注文を付けてきた。

 右手に、聖エネルギーを、集める?

 右手に?

 聖エネルギーを?

 集める?

 学級委員が課題を集めるのとはわけが違うぞ。

 そう思いながら、とりあえず右手に意識を集中させてみる。

 五秒たち、十秒が経つ。

 もしかすると一分近く経ったのかもしれない。

 でも、右手の感覚は変わらないし聖エネルギーは目に見えないから何もわからない。

 ただ一分間右手を見つめている男の図がそこにはあった。

「ね、できないでしょ」

 勝ち誇ったような顔で聖が言う。なんとなくイラっとした。

 聖はそのままアイリーンの傍に寄って、俺に聞こえ得ないよう何かを耳打ちした。 

 アイリーンは一瞬目を見開いて、少し頬を赤らめた後頷き、俺のほうを見た。

 なんだか不穏な空気を感じる。

 そう思うや否や、聖が俺の方に指を向けた。


 瞬間、


「うわああ!」

 目を開けているのに何も見えないその不気味さに俺は思わず叫んだ。

「ただの視界を封じる魔術よ、じたばたしない!」

 強い口調で聖が言い放ち、次の瞬間俺はベッドに仰向けにされていた。

 怖い怖い!

 何も見えないってこんなに怖いのかよ!

 そう思ったけど変にじたばたしてアイリーンや聖を蹴り飛ばした方が、あとから何を言われるのかわからなくて怖い。

 そう思った俺は、大人しく体の力を抜いた。

 頬に手を当てられる。冷たくて長い指が俺の頬を滑り降りていき、そのまま首筋を撫でる。

「ひぃ」

 鎖骨をつつつ、となぞられる。

「ちょっとアイリーン! あたしそんなことやれって言ってないわよ」

「あは、ごめんごめん」

 何の目的で何をやっているのかわかんないけどせめて注文通りにやってくれ!

 そう思った瞬間、右の耳元にふっと息を吹きかけられた。

 熱い空気と、艶めかしい吐息の音が耳元で聞こえる。

 ぞぞぞぞ。

 吐息が引き起こす痺れが、耳から背筋へと伝わっていく。

 目隠しプレイという単語が頭を過った。

「……んくっ」

 耳に息を吹きかけられた程度で声をあげてしまうのはとても恥ずかしかったので、声を出さないよう必死に努力し、その続きを待つ。

 馬乗りになられているのだろう、お腹のあたりに重く、暖かい感触が広がっている。

 しかし、数秒経っても追撃は来なかった。

 一度耳に吐息を吹きかけたその次がなかなか来ない。

 そのせいで耳元の集中を切らすことができない。右耳が熱いのは、吐息のせいか、緊張のせいか。

 十秒ほどが経過した瞬間、聖によって沈黙が破られた。

「はい、今右耳に聖エネルギーが集中しているわ」

「こんな修行方法前代未聞だよ!」


 魔術が解かれ、視界が一気にクリアになる。

 目の前には顔を少しだけ赤らめたアイリーンがいた。目が合うと少し恥ずかしくなって、思わず逸らす。

 どこの世界の勇者が、目隠しプレイでパワーアップするんだよ。

「今のレッスンで、なんとなく聖エネルギー聖を認識するイメージは掴んだかしら」

 何でもないように問われたが、もうこっちは色々な感情が渦巻いていてめちゃくちゃなんだわ。

「まだいまいち掴み切れていない顔ね。ま、あと五時間くらいあるんだし、ここからは反復練習あるのみよ」

 元気よく聖が言った。アイリーンも恥ずかしそうな顔をしながらもどこか嬉しそうである。

 こんな方法で強くなんてなりたくなかったが、この際うだうだ言っていられない。

 そう自分に言い聞かせて、俺は再びベッドに寝転がった。

 別に目隠しプレイの扉を開いたわけじゃないぞ。

「じゃ、行くぜ」

 結局その後、空腹に耐えきれなくなるまで修業は続いた。

 終わるころには、聖エネルギーをある程度自在に操れるようになっていて、数メートル離れたところにあるテレビのリモコンを、までに至った。


 嘘だろ!?

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