第四章① 敗走後のレベリングが一番つらい

 時刻は少しだけ巻き戻り、真帆がアヴェリンに連れ去られる数分前。


「どういうことだよ!」

 気が付くと俺は自室のベッドの上にいた。

 俺は確か、アヴェリンの魔力の塊を目の前にして、死を覚悟したはず。

 それなのに今俺は自分の部屋にいる。

 部屋の中には俺以外に、聖とアイリーン―――

「……真帆は? 真帆はどこだよ!」

 慌てて部屋を見渡したけれど、真帆の姿はどこにもない。

「なあ、おい、聖。真帆は? さっき何が起きたんだ」

 そう聞くと聖が悲しそうに首を振った。

「あんただってうすうす気づいているでしょ。マホはあたしたちをここに転送させて、自分は残った」

「どうしてだよ」

「きっと、それが彼女のあの場で打てた唯一の魔法だったのよ」

 大方、自分以外を指定のポイントへ飛ばす魔法でしょうね。と聖は続けた。

「くっ、すぐ戻らなきゃ。聖、魔術で俺たちを森に戻せないか?」

「戻せないわ。任意地点への瞬間移動はちょっと特殊な魔法で、あたしの魔術じゃあ再現できない。あたしにできるのは所有者たるツルギの元に行くことだけ。ま、戻せたとしても戻さないけど」

 聖は冷たく、俺の言葉を切り捨てた。

「ど、どうして戻せるとしても戻してくれないんだよ! 真帆はいま一人で戦っているんだぞ。このままだとどうなるか……お前だってアヴェリンの圧倒的な雰囲気は見たはずだ。彼女一人で敵うはずがない!」

 聖の肩を掴んでそう説得すると、両手を振りほどかれて、そのままと平手打ちを食らった。

「あんたが行ったところで状況は何も変わんないでしょ!」

「なっ……だ……だからってここで真帆を見殺しにしていいわけあるかよ」

「落ち着けって言ってんの。微かだけどマホの魔力を感じる。彼女はまだ死んでいないわ。だからといって安心できるわけじゃないけど、それを踏まえた上で状況をよく考えなさい」

 俺は聖の言葉をよく反芻して、状況を整理した。

 あの攻撃を受けながらも真帆はまだ死んでいない。つまり、現在も未だ戦闘中か、無事退却できたか、対話しているかだ。

 そのどの状態だったとしても……

「聖。やっぱり俺、もう一回現場に行かなきゃいけない」

「行って、あんたに何ができるの?」

「何もできないかもしれない。でも、真帆のところへ行かなきゃいけない」

「マホが命を懸けて逃がしてくれたんだよ? その命を、マホもそんな風に使ってほしくないと思うけど」

「真帆に拾ってもらった命なんだから、真帆のために捨てるんだよ」

「それを勇気とは呼ばないわよ」

「わかってるよ! でもここで動かずに真帆に何かあったら、俺は……俺は…………残りの人生ずっと、死んだように生きていくんだと思う」

「……」

「だから聖!」

 そう叫ぶと、聖は小さく頷いて「ま、それがあんたのいいところだもんね」とため息をついた。

「わかった。じゃあ行きましょう。マホ本人の魔力は微力だから、位置は大体しかわからないけれど、おそらくさっきの山付近にいるわ」

 聖は拠点内、つまり俺の家でしか魔術を使うことができない。そのため現在感じている真帆の魔力を頼りに山へ向かうしかない。俺たちが移動する間に真帆がどこかへ移動してしまえば、再追跡は不可能となる。

 しかし、今はそれでもかまわない。少しでも真帆へとたどり着く可能性があるなら、それでいい。

 俺は聖に目配せをしてアイリーンの手を取った。

「じゃあ、行くぞ」

 アイリーンの手を取った瞬間、をおぼえたような気がしたが、その違和感を振り払って、俺は全力で山へと駆け出した。


「おい聖……真帆がいないぞ」

 しかし、先ほどまでローデたちと戦っていたその広場には、真帆の姿もアヴェリンの姿もなかった。

「おかしいわね。あんたの脚力のお陰で五分もかからず辿り着けたのに」

 俺は聖を背負いながら広場をくまなく探索し、大きなクスノキの根元であるものを見つけた。

「これって」

 根元には、メッセージが彫られていた。

『わたしは無事だから無理しないでほしい』

 きっと、真帆からのメッセージだ。つまり彼女はまだ生きている。

 それでもここにいないということは……。それに無理しないでほしいという真帆の願いを含めて考えると。

「人質に取られたっていうことか……」

 アヴェリンの標的は、あくまでローデとカインを直接手にかけた俺というわけか。

「マホは人質として、向こうの世界に連れていかれた可能性があるわね」

 真帆の安否が気がかりで仕方なかったが、きっと今は無事だ。ここに真帆の死体がないことがそれを証明している。殺すだけならあの場で殺せばよかったのだから。

 逆に言うと、俺が明日アヴェリンの元に出向かないと、真帆の命は保障されないだろう。

「明日の夜、行くしかないな」

「……勝てる?」

 聖が不安そうな声で尋ねてきた。

 正直に言うと、勝ちの目は全く見えていない。俺はさっき、その威圧感だけで動けなくなり、命を落とすところだった。ガールズバーが当たれば可能性はあるが、そもそも打たせてもらえるスキがあるかもわからない。

 ローデと対峙したとき以上に強く頭に浮かんだ明確な死のイメージは、じわじわと俺の心に恐怖を与え続けている。

 それでも、真帆を失うことの方が怖い。

 例え俺が殺されても、真帆には生きていてほしい。

 真帆にはもっと、世界を楽しんでほしい。

 もっといろいろな世界を見てほしい。

 

 

「覚悟はできたみたいだね。でもツルギ」

「なんだ?」

「ひょっとすると、こっちの方が深刻かも」

 聖が俺の隣で立っているアイリーンを指差した。

 そういえば、真帆のことで頭がいっぱいになっていて気付いていなかったが、しばらく彼女の声を聞いていない。

 俺は「アイリーン」と呼びかけようとして。

「……アイリーン?」

 彼女がまだガタガタと震え続けていることに気が付いた。

 先ほど彼女の手を取った時の違和感は、これだったんだ。

 ただでさえ白い彼女の顔が、さらに真っ白になっている。俺は彼女の両肩を掴んでゆすぶった。

「おい、大丈夫か? どうした」

 アイリーンは焦点の合っていない目で「怖い」と呟いた。

「怖い?」

 聞き返すと、小さく頷くのみで返事は返ってこなかった。いつも余裕ぶっているアイリーンがそんな表情を見せるのが想定外だったので、俺は戸惑った。

 アイリーンにも俺と同様、明確な死のイメージが沸いたのだろう。そして、彼女はまだ、それを乗り越えることができていないようだった。

 それ以降、彼女は口を開かなかった。

 俺はアイリーンを元の状態に戻すことをいったん諦めて、彼女の手を引いてゆっくりと家まで歩いた。

 家に着くころには、夜が明けていた。

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