第三章① 集まった仲間の数がパーティー上限を越えると困惑する
「可能性は二つあると思う」
食後、俺たちは聖剣に選ばれた勇者の拠点に集合していた。
まあ俺の家のことなんだが。
前回と同じように躊躇なくベッドに腰かける真帆と、自分ちのようにくつろいでいる聖は無視して、アイリーンにふわふわのクッションを投げつける。
「真帆、考えられる可能性って?」
俺が真帆に問いかけると、アイリーンが自信満々な表情で言葉を奪った。
「一つ目が、このまま剣が真帆たんを押し倒す可能性で」
「お前はもう口を開くな!」
どうしてそんな発言をするのに自信満々の表情ができるんだ。
「あはは、押し倒されても後ろベッドだから怪我とかしないよー」
押し倒すの意味を取り違えている真帆にはかける言葉すら思いつかない。
後ろがベッドだから危険なんだが。
「わたしがしたいのは、外来の吸血種がこの二日間本当に来るとして、扉をくぐった直後にどう動くかの話ね」
「どう動くって、そりゃカインと同じように近くにいる人を襲うんじゃ」
「それもあり得るけど、彼らは復讐のために扉をくぐってくるんだよね?」
あ、そうか。
「じゃあ、吸血種はまず俺を探しに来るわけだな」
「うん、わたしはそう思う」
真帆の仮説にアイリーンと聖も大きく頷いた。
「扉は三日で消えるから、扉をくぐって異世界に侵入するメリットって基本的には皆無なのよ」
聖が小さい胸を張って言う。
俺はその胸を見て、ふと夕方のアイリーンの感触を思い出した。彼女の体を思い返すとやっぱり少女って貧相だよな。
「ツルギ、あんたの心の声全部あたしに漏れていること忘れないでよ?」
しまった!
「気を取り直して。扉を人為的に開く方法は確立されていないはずだから、もし異世界に侵入した後に扉が閉じた場合、元の世界に帰るためにはまた同じ扉が開くという世界のバグに賭けるしかないの。それに、ようやっと扉が開いたとしても、必ずしも元の世界に戻る扉だという保証もない」
そういえば世界は五つあるとか言っていたな。
「それぞれの世界は、それぞれ特徴を持っているわ。例えば吸血種カインのいた世界は、魔力が一般化された、魔力の世界。他にも機械文明が発達した機械の世界や、縦横高さに時間軸まで移動できる四次元の世界。そんな風に、お互いの世界がお互いの世界にはない特徴を持っているがゆえに、他の世界に侵攻したところで返り討ちに遭う可能性も高いの。だから基本的に、他の世界へ侵入するメリットは皆無なんだ。カインはそのあたりを知らなかったんじゃないかしらね、馬鹿そうだったし」
倒されてなおかわいそうな吸血種だった。
しかし、五つの世界にはそれぞれ特徴があるのか。魔力、機械、時間あとはなんだろう? まあ異世界というくらいだから、俺には想像もつかないような世界ばっかりな気もする。
……そもそも、うちの世界はどんな特徴があるんだ?
聞いている限り、うちの世界には何もなさそうだけど。などと考えている間に、聖の言葉は紡がれていく。
「そんなわけで、吸血種が復讐のために侵攻してくるとしたら、無駄なことをやっている暇はない。いつ扉が閉じるかわからないし、取り残されたら返り討ちに遭う可能性が高い。だから侵入後、サクッとツルギに復讐をしてそのまま戻っていくんじゃないかな、とあたしは思うわ」
サクッと復讐するとかいうな。
しかし、聖の話はとても理にかなっていた。もちろん彼女の話をすべて正しいと仮定し、吸血種にも同様の知識があるという前提が必要になってくるが。
吸血種の王族は俺を探し、俺を殺して元の世界に帰っていく。
俺を殺して。
その暴力的な単語は俺の体を震え上がらせた。
そうだ。雰囲気が緩いからなんとなく忘れていたが、俺はそういう世界に足を踏み入れているんだ。真帆はカインに殺されかけていたし、俺はカインを殺した。
アイリーンとの交戦時も死を覚悟したじゃないか。
そしてアイリーンの時と違い、次は吸血種が本気で殺しにかかってくる。
「……」
「剣、顔色悪いぜ?」
「ん、ああ。ちょっとな」
アイリーンが心配した面持ちで俺の顔を覗き込んできた。俺の恐怖心をくみ取ったのだろう。
「まあ、怖いのはわかる。ボクだってそんな風に命を狙われたことがないではないからね」
「そんな経験があるのか?」
「そりゃあ普通の人間とは違う種だからな。ま、その話はおいおい。でも安心してくれていいぜ」
アイリーンは透き通る金髪を掻き揚げて笑った。
「キミには聖剣があって、魔法使いの友達がいて。そしてなによりボクがいる」
いつの間にか俺の目の前に移動していた真帆と聖と目が合う。
「それがどういうことかわかるかい?」
三人の目を見ているうちに、いつの間にか恐怖心が薄れてきていた。
そうだよ。聖のお陰で俺は強大なパワーを使うことができる。真帆は様々な魔法を使うことができる。
そしてアイリーンはそんな俺を手玉に取るような強さを秘めている。
こんな仲間がいて、こんなにも心強い仲間がいて!
「そうだな、俺には仲間がいる! 仲間がいるよってことか。仲間がいれば俺たちが負けることはないって、そういうことか!」
熱い気持ちになるながらそう叫ぶと、アイリーンは気まずそうに目を逸らした。
「……ごめん。そんないいセリフを言わせるつもりはなかったんだ」
「は?」
「あの、ほら、ボクって吸血種だから、吸血種の特徴について教えられるよって。過去問をもらってテストに挑むようなことができるよって言いたかったんだよね」
「……」
ああ、そういうこと。
その瞬間。
真帆とアイリーン、聖の三人が一斉に窓の外を向いた。
「え、何、どうしたの?」
「いま莫大な魔力反応があったわ。何者かが魔力を練っている、というよりこれは……」
言い淀んだ聖の声を遮ってアイリーンが言う。
「ボクたちを、剣を挑発しているようにしか思えないぜ」
真帆も頷いて俺のほうを見る。
「このまま放っておくと、一般人に危害を加えかねない勢いね」
「まあ、これだけ挑発して何の反応も返ってこなかったら、吸血種なら間違いなくそうするだろうな」
同じ吸血種のアイリーンがそう言った。そんな、俺のせいで無関係の人が傷ついてしまうなんて。
俺はグッと右手を握りしめる。
「剣くん。最後にもう一度だけ聞かせてほしい」
力を込めた俺を見て、真帆が口を開いた。
「吸血種をどうこうして元の世界に帰すのは魔法使いのわたしの仕事。君はたまたま聖剣に選ばれた勇者だけど、まだ経験も浅いし、何より君自身が狙われている。わたしは、君にはここで待っていてほしいと思うよ。安全なところでわたしの帰りを待っていてほしい」
真帆は諭すようにそう言った。
でも、そんなの飲めるわけがない。
俺のせいで無関係の人が巻き込まれるなんて考えたくもない。
そしてもう二度と、カインの時のように真帆を危険な目に遭わせたくない。
俺は立ち上がって真帆の頭に手を置いた。
「ばーか。俺は真帆に守られるだけの存在じゃなくて、対等に肩を並べる存在でありたいんだよ」
そう言いながら聖に手を差し出す。聖はその手を取って、そのまま俺の背中に乗った。
悲しいことにこれが聖剣を携えた勇者の姿だ。
少女を背負った冴えない大学生。犯罪者にしか見えないその姿。伝説や伝承とは全く違う、馬鹿みたいな恰好だ。
でも、そんなことはどうだっていい。
たとえ俺が伝説の勇者じゃなかったとしても、ここで立ち上がらないわけにはいかないんだ!
「真帆、連れて行ってくれ」
俺たち三人は手を取り合って、輪っかを作る。UFOを呼ぼうとする少年少女たちのような体勢だ。
しかし今から目の当たりにするのは未確認飛行物体のような都市伝説ではない。
この世界に確かに存在する、魔法使いの末裔、打海真帆による瞬間移動の魔法。
「準備はいいかな?」
真帆の問いかけに俺たちは大きく頷いた。
それを見た彼女は、呪文の詠唱を始める。大気中に漂う精霊に向かってお願いをする。
「『深き森―――」
体が光に包まれていく。
体が熱くなっていく。
そして、世界が真っ白に染まり、そのあまりの眩しさに目を閉じた瞬間。
「ねえ、ツルギ。怖くても立ち向かっていく勇気。あんた、やっぱり勇者だよ」
背中から優しい声が聞こえた、気がした。
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