Kool Lips

yui-yui

伊口千晶 ~ 1 ~

01 The cheek of the knocked left And canned coffee

 二〇〇五年四月二四日 日曜日


 坂本さかもとは嫌な奴だ、と思った。

(でも多分、結果的に俺はもっと嫌な奴だったかもな……)

 伊口千晶いぐちちあきは肩にかけたエレキベースのソフトケースをかけ直した。

 今日、千晶はバンドから外された。

(判ってた。今の俺の弾きじゃポップスは向かないって。だから今までだって何度もそう言ったのに……)

 スタジオからの帰り道。

 足取りの重さの理由は肩にかかったベースのケースからの重さだけではない。

 多少、言葉は選んでいたものの、結果としてメンバーから外されたという事実が足取りを一層重くする。

(俺が、バンドとしての音を成立できなかったってのは気づいてたけどさ)

 それでドロップアウトさせなかったのはメンバーの方だ。

 バンドに合うベーシストが見つからなかったという理由だけで、自分から降りる権利を与えられなかった。自分から降りられればこれほど嫌な気持ちにもならなかったというのに。

 新しいベース候補が見つかり、条件が合えばすぐにメンバーとして迎え入れ、あっけなく外された。

 初めから新しいベーシストが見つかるまでの繋ぎ要員として、ヘルプとして頼まれていれば気持ちも楽だった。けれどその通達もなく、新しいベーシストが見つかるや否や、もう来なくて良いから、と一方的に告げられた。

 千晶自身がバンドに興味と熱意を失いつつあったことがメンバーにも伝わってしまっていたことも、あるのだろう。

 そうした小さな要因が少しずつ膨らみ、今日、破裂してしまった。

 遅かれ早かれ同じ結果になるのならば、バンドの誰に恨まれようと、不義理しようと、さっさと辞めてしまえば良かった。

(それでも弾く場所を無くすってのは、やっぱり悲しいもんだな)

 バンド音楽を好きになって、ベースという楽器を選んで、バンド皆で一つの曲を演奏する。

 どんなに小さなライブハウスのステージでだって、ステージで演奏する楽しさを知ってしまった以上、もう引き返せはない。

 そう判っているからこそ、自ら降りなかったのもまた千晶自身の判断だ。

 バンドをやっている、というステータスを捨てたくなかったこともある。意に反するバンドに所属し続けてまで守るものでも何でもなかったと、もっと早くに気付けていればこんなことにはならなかった。

(だからきっと、坂本が嫌なヤツでも、俺は何も言う権利はない)



 二〇〇五年四月三〇日 土曜日


 バンド探しは予想よりも難しかったし、思う通りには行かなかった。

 インターネット上にあるメンバー募集掲示板を手当たり次第に漁って、所属していたバンド、Beatビート Releaseリリースが利用していない(Beat Releaseのメンバーと鉢合わせする可能性がない)リハーサルスタジオに張り出されている、メンバー募集の張り紙などで色々と探してみようと近場にあるリハーサルスタジオを歩き回った。

 結果的に中々好きなジャンルも少なく、プロ志向も多かった。今のところ手応えは皆無だ。

 高校生の時分で千晶のように趣味で長くやっていこうという人間は中々いなかったし、自分から他のバンドに飛び込むほどの腕と度胸もなかった。

 学校の軽音楽部に入ろうかとも考えたが、高校二年にもなって今更、という気持ちが大きい。それでも、色々と行動をしてみて何も見つからなかったら最終的には入ろうと考えてはいるが、その前に今はまだ、色々と打てるべき手は打っておきたいし、できることはやっておくべきだ。


 折角のゴールデンウィークだというのに、独りぼっちであちらこちらのスタジオを練り歩くというのも中々に物悲しい行動だったが、何か期待できるものが見つかるかもしれない。そう考えてあちらこちらとスタジオを歩き回った。

 電車に乗って何度か行ったことがある都心のスタジオにまで足を延ばしたが、結局目ぼしい案件や劇的な出会いなどが待っている訳もなく、ほぼ徒労と化してしまった。



 本日何件目かの、とあるスタジオのロビーに設えられているベンチで嘆息すると、先ほど買った缶コーヒー開け、口をつける。

 結局ここでも何も見つけられなかった。

 スタジオを出ようとベンチから立ち上がったその途端、千晶の右手側、一番奥まった位置にあるスタジオの防音扉が勢い良く開いた。重たい防音扉があれほどの勢いで開くことは珍しい。一瞬後、オーバードライブの歪んだ不協和音が耳に飛び込んできた。

「ざっけんなよバーカ!」

 そんな言葉を言い捨てて出てきたのは、そう千晶とそう年の変わらない男だった。手に持ったドラムスティックをスタジオの中に乱暴に投げつけて、防音ドアを蹴っ飛ばすと無理矢理閉じた。そのすぐ後に、再び防音ドアが勢い良く開いて、中にいたメンバーの一人が飛び出してきた。そして恐らくはドラム担当なのだろう最初に出てきた男に飛び掛った。

「ふっざけんなよてめえ!」

(あわわ……ケ、ケンカだ!)

 その場から立ち去ろうとした途端、揉み合っていた二人の内の一人がバランスを崩したのか、揉み合いながら急激に千晶に接近してきた。

(……う、そだろ)

「っだぁぁぁ!」

 揉み合いながら急接近してきた二人に激突され、三人はもんどりうって床に転がった。誰かの脚が当たったのか、狭い通路の端に立っていた灰皿が甲高い音を立てて倒れる。中に入っていた水までもが床にこぼれ、嫌な匂いが立ち込める。

「……っててててて」

 倒れた時に打った肩を抑えて何とか立ち上がろうとすると、がつりと視界が揺れ、一瞬の後、頬に鈍い痛みを覚える。殴られた。

(え?)

 いや、千晶の上にのしかかっている男が、殴られそうになったのを巧く避けたのだろう。それが勢い余って千晶の顔面を捉えたのだということは頭ではすぐに理解したが、殴られたことなど本当に久しぶりで一瞬だけ思考が停止してしまった。

 とにかくこのまま巻き込まれてまた殴られてはたまらない。千晶は何とかこの場から抜け出そうともがいたが、すぐに駆けつけた他のメンバーであろう男とスタジオのスタッフに、喧嘩をしている二人と一緒に取り押さえられた。

「何やってんだ!」

「ケンカなら外でやれよ!」

「るっせぇ!放せコラァッ!」

(散々だ……)

 殴られた頬を押さえ、スタジオのスタッフに座ったまま乱暴に引っ張られて、千晶はその場を離れる。ケンカをした本人達も抑えられて、とりあえず椅子に座らされた。

「一体何が原因なの!」

 スタッフがドラマーらしき男に問う。

「オンガクセーのフイッチだよ」

「何が不一致だ!テメエが合わせようとしねえだけじゃねえか!」

「合わせたくねぇんだよ!もう辞めっからほっとけよ!てめえだってオレが抜けりゃ清々すんだろうが!」

「あぁ?たりめぇだろうが!さっさと消えやがれ!クッソボケが!」

 再び殴り合いになりそうな剣幕で各々言い合いを始めた二人を尻目に、もう一人、千晶を引きずって二人から引き剥がしたスタッフが千晶に話しかけてきた。

「止めなよ……。仲間なんでしょ」

「見てなかったんですか?赤の他人で、ただ巻き込まれただけなんですけど」

 痛む左頬を押さえて千晶は言う。

 ついてない。

 千晶が立ち上ろうとした途端、大柄な中年の男が言い合いを続けている二人の間に入った。

「あ、店長」

 大柄な男はどうやらこのスタジオの店長らしい。

「何だっけ?The Seeシー Killキル Lowロウとかいったっけ?お前らのバンドは。……こんな騒ぎ起こすんなら出禁にすんぞ」

 なかなか貫禄のある声音で店長が二人をねめつける。

「は?ちょっと待ってくださいよ!」

「店長、オレ辞めっから、出禁はカンベンしてよ」

 ドラマーの方が店長に言う。正直どうなろうが千晶の知ったことではない。

「俺は、帰りますよ」

 ドラマーの男に一瞥をくれて、千晶はスタジオを出た。

「あ、ちょっと……」

「もっかい言いますけどね、俺は無関係で赤の他人です。むしろ殴られた被害者ですらあるのに……」

 スタッフにそんなことを言っても埒が明かないことは判りきっていたが、散々な目に遭ったせいで腹が立ってしまっていた。千秋はそうスタッフに言い捨てると歩きだした。



「おい!」

 地下にあるスタジオから出て、千晶は振り返った。声をかけてきたのは先ほどのドラマーらしき男、いわゆるだ。

「……」

「悪かったな、さっき」

 手に持っていた缶コーヒーを千晶の胸に押し当てて、笑う。悪人には見えないが、状況から察するに、先ほどの喧嘩の原因はどう考えてもこの男だろう。

「あんたさ、メンバーでも探してんのか?」

 ぽん、と肩に手を置かれて、その手を見る。

(馴れ馴れしい奴だな)

「まぁ似たようなもんだよ、君と」

 無視する訳にもいかず千晶は答えた。

「クビんなったのか?」

「俺はね。君は自分から抜けたんでしょ」

 そこが千晶とは異なるところだが、この男もこの先バンドをまたやり始めるのだろうか。いや、きっとそうなのだろう。バンドは良くも悪くも人間の集まりで、悪い方に傾けばもちろんその息は短い。だが良い方に傾けばこれ以上楽しいことなどないと思わせてくれるほどに入り込める趣味だ。

 とはいっても良い方に傾くことは難しい。それが判っていても、こうして千晶もまたメンバーを探しているの。きっとこの男もまた同じなのだろう。

「パート、何やってんだ?」

 千晶の話を無視して男は意気込んだ。

「ベースだけど」

「おぉ!じゃあ組もうぜ!ここで会ったが百年目!」

(違うだろ……)

 あぶれた者同士でバンドを、という訳か。随分と短絡的だ。いやそれは先ほどの喧嘩を見ても明らかだった。

「音楽性、合うかどうか判らないでしょ」

 それこそ音楽性の不一致だなどとプロのミュージシャンからしか聞かないような言葉を口にして喧嘩別れまでしておいて、初対面の人間に言うことだろうか。

「やってみなくちゃそれこそ判んねーじゃん」

 歩き出した千晶に着いてきて、男は言う。

(どうする……)

 千晶は悩んだ。確かに入れるバンド、もしくは一緒にできるメンバーを探してはいたが、このまま続けていても良い方向には向きそうにない。だけれど全く情報のない人間と組むほどの自信もない。それに練習の最中に喧嘩をするような、人の話もあまり聞く気がないような得体の知れない人間だ。悪人には見えないが、そんな人間といきなりバンドを組むのというのは色々な意味で不安だ。

 いや、不安すぎる。

 いや、不安しかない。

「なぁ、ちょっとどっかでゆっくり話さねぇ?」

 まるでナンパのような口ぶりがさらに不安を増幅させる。

(どうする……)

 情報がないのはこの男も千晶も同じだ。それに千晶が抱いている心象も現状からの推測に過ぎない事は確かだ。もしかしたら、千晶が思うよりも複雑な事情があるのかもしれない。それを知らずに一方的に相手を拒むのも、何だか違うような気もする。

「……そう、だね」

 どのみち時間は余っている。この男の言葉を借りるなら、話してみなければ判らない。つまり話してみて判ることもある、という訳だ。



 最寄りのファミリーレストランでドリンクバーの注文だけをする。各々飲み物を揃え、一息ついたところで男は静河政男しずがまさおと名乗った。

 高校は同じ市内ではあるがいわゆるお隣の七本槍ななほんやり高等学校で、学年は千晶と同じ二年生だった。

「あのさ、俺、言っとくけど、あんま上手くないから」

 まずは先手必勝とばかりに千晶が口を開く。元々千晶にプロ志向はない。だから下手なままで良いとは思ってはいないので、毎日練習はしている。けれど、それとこれとは話が違うのだ。バンドとしてしっかりと音楽を楽しみながら続けてゆくことと、プロを目指すのでは同じ『バンドをしている』でも全く性質が異なる。静河はそのことを判る人間なのかどうか。それが千晶にとっては肝要だった。

「オレも言っとくけど、オレのことはシズって呼んでくれよ」

 千晶の話をずんばらりんと断ち斬って、静河は平然と言い放つ。要するに政男という名前が気に入っていないのかもしれない。

「……ま、まぁそれはいいけど、君の期待に答えられるかどうかなんて判らないよ」

「だぁから、やってみなくちゃ判んねぇだろ。ロックはハートだぜ」

 静河――シズはそう言って自分の胸を拳で叩いた。つまり、シズの言葉から察するに、千晶が以前所属していたバンドのようにポップスが主体ではなく、ロックバンドをしたい、と。そこは千晶も同じ考えだった。

「じゃあとりあえず、バンドを組むとか組まないとか別にして、一回音出しで入ってみる?」

「よしきた!曲は?どうする?」

 一々大げさな男だ、と千晶は思う。

「まぁリズムだけだといまいち地味だけど仕方ないか」

 バンド者の間ではリズム隊と言えばベースとドラムを指す。どんな曲をやるのも構わないが、ベースとドラムだけで楽曲をやることほど地味なことはない。しかし余計な音が鳴らない分、お互いの実力も図れるのも確かだし、そうした練習方法を好む者もいる。逆を返せば良い機会なのかもしれない。

「そうだなぁって、オレギターだけど?」

「は?」

 今になってシズがとんでもないことを言い出した。

「いや、ギタリスト」

 エアギターのポーズでもってシズが追い打ちをかける。

「だってさっきドラムスティック持ってたじゃん……」

「奪ってブン投げただけだじゃねーか」

(いや知らねーし……)

「オレァ今日最初っから抜けるつもりだったからギターも持ってきてねんだよ」

(……なるほど)

 だからそれくらい察しろよと、とでも言いたげだったが、口には出してこなかった。

 確かにこの特異な性格はバンドのフロントマンらしい。我が強くてマイペース。自己主張と顕示欲が強くて協調性もない、典型的なフロントマンの性格だ。

 と言い切ってしまうと世のフロントマンは気を悪くするかもしれないが、悪い意味ばかりではない。

「それじゃ、まぁとりあえず俺リズムマシン持ってるし、それでやってみる?」

 ドラムの打ち込みでもメトロノームでも、とにかく一定のリズムが千晶とシズの間で流れていれば演奏自体はどうとでもなる。とりあえずやってみる、という点ではそれで充分だろう。

「そうだなー。オレできればスリーピースがいんだけどなー」

「それはちょっと贅沢だね」

 シズが歌えるのならばそれでも構わないかもしれないが、千晶に歌は無理だ。

「は?何で?フツーに歌くらい歌えんだろ」

 シズは大きな声で言う。千晶の個人的な意見として、その声は実にボーカルる向きの声だ、と思える。

「それがフツーのレベルなら多分、俺とも合わないと思うよ」

 そもそも歌は楽器と違って、ここを押せば間違いなくこの音が鳴る、というものではない。いくら千晶がエーの音を出そうと声を出してもA♯エーシャープになったりA♭エーフラットになったりもする。酷い時はシーになったりもしてしまう。

「だぁからさ!なんでやってもねーうちからそういうこと言うかな!わっかんねーだろぉが、やってみなくちゃ!こっちだってそんなプロみてーな腕期待してねーよ!」

(コイツ、バカなんだろうな……)

「オマエ、今バカにしたろ」

(う、するどい)

「してない」

「そ。んならいいけど。じゃーさ、オマエ、ネスケ持ってる?」

 どこかで聞いた名だ。何だろうかと考えを巡らせる前に思い当たる。インターネットブラウザだ。

「IEなら持ってる、けど……」

 普通そういう訊き方はしないだろう、と内心で突っ込む。そもそも何かがズレているのだ、こういう類の人間は。

 悪気はないが始末が悪い。それがいわゆる天然系だ。

「アイイー?何だそれ?」

「まぁ、インターネットはできるよ」

 そう苦笑して千晶は返す。多少笑顔を見せられたのは、シズが先ほど言った、プロみてーな腕期待してねーよという言葉のおかげかもしれない。あの言葉で幾分か心が軽くなっていた。

「おー、そっか。よし、じゃあメン募板使おうぜ。ドラムは難しいかもしんないけど、歌とギターなら捕まんじゃね」

 メンバー募集用の掲示板。インターネット上でメンバー募集やライブ告知をしている音楽系アーティストが利用しているサイトがあり、そこでドラムやギター、ボーカルを募集するということだ。

「判った。……そんじゃ」

 そう言って千晶は残ったコーヒーを飲み干すと立ち上がった。

「待てー!」

「何?」

 いちいち喧しい男だ。

「連絡先、教えろよ。後どーすんだよ」

「あ、そうか。ごめんごめん」

「オマエ、しっかりしてそうで意外と抜けてんなぁー」

(やかましいわ)

 心の中で呟いて千晶はシズと連絡先を交換すると、店を出てその場で別れた。



 その晩、千晶は自分のノートパソコンの前で悩んでいた。学生バンドや社会人バンドを扱っているサイトはいくつもあるが、メンバー募集の掲示板に何を書き込めば良いかが判らない。他の書き込みを見てみると、メンバーが好きな音楽だとか、バンドの趣向だとか、天下を取るだとか、世界一カッコイイバンドにするぜだとか、ビッグになるぜだとか、オレらがナンバーワンだとか、高校生の千晶が見ても恥ずかしいくらいのことがたくさん書き込んであった。

 有言実行はほぼ不可能だろうが、希望を言うだけならタダだ。そんなビッグマウスなど当然書き込む気はないが、そもそも千晶はシズと音楽性の話まではしていなかった。

 仕方なく先ほど知ったばかりのシズの携帯電話のメールアドレスに電子メールを送信した。

 程なくして返信かと思ったが、電話の着信音が鳴った。メールを打って返すには些か手惑うだろうし、話した方が早い。

「もしもし」

『おー千晶ちゃん』

「ちゃんは余計だけど」

『細かいこと気にすんなって。好きな音楽なー。オレは基本的にはやっぱフルバンドじゃないと嫌なんだよなぁ』

 最低でもスリーピースで、ドラム、ギター、ベース、ボーカルがいなければ嫌だ、とシズは言っている。

「そんなのいっぱいあんじゃん」

『逆だっていっぱいあんじゃん。ドラムいねーだとか、唄しか能がねーのが二人とか、歌とギターで洋楽のパクりとかワケのワカンネーのが』

 多少の悪意を感じないでもないが、まぁ確かに、と千晶も頷く。

「まぁそうだけどさ、で、シズはどんなのが好きなんだよ」

 いくつか音を聞くだけでも顔をしかめたくなるような連中を思い浮かべて、やはりしかめっ面になりながら千晶は言う。

『んー、今はThe Guardian'sガーディアンズ Knightナイトだなぁ。基本的にオレはThe Guardian'sガーディアンズ Blueブルーが好きだったから。-P.S.Y-サイとかPSYCHOサイコ MODEモードとかTHE SPANKIN'スパンキン BACCKUSバッカス BOURBONバーボンも好きだけど、ま、基本的にはG'sジーズ系全部好き』

 G's系という言葉は、一昔前に日本のロックシーンを代表するほどのバンドだったThe Guardian's Blueの略称『G's Blue』を主に指すが、G's Blueが解散した後にThe Guardian's Knightと-P.S.Y-というバンドにメンバーが分かれたため、The Guardian's Blue、The Guardian's Knight、-P.S.Y-というこの三つのバンドの総称として使われる。

 更には-P.S.Y-のギターボーカルである川北忠かわきたただし朝見大輔あさみだいすけがそれぞれPSYCHO MODE、THE SPANKIN' BACCKUS BOURBONに所属していたことから、この五つのバンドがG's系と称されることもある。

「へぇ。G's系好きなんだ」

『オレはKnightか-P.S.Y-かつったらKnightだけどなー』

「んじゃそこは俺とは逆だ。俺は-P.S.Y-派だから」

 フロントマンとリズム隊の違いだろうか。The Guardian's knightはThe Guardian's Blueのギタリスト、つまりフロントマン二人が立ち上げたバンドで、-P.S.Y-はThe Guardian's Blueのドラマーとベーシスト、つまりリズム隊が立ち上げたバンドだ。The Guardian's Knightはビートロック寄りの音楽が多く、-P.S.Y-はLAメタルやロックンロール寄りの曲が多い。

『へぇ、まぁ元々はBlueで一緒なんだからイケんじゃね?オレらも』

 シズは笑いながら、随分と楽しそうに言う。

「そうかもね。んじゃその辺書けば良いか」

『あぁ、オレもそうしとくわ』

「了解ー。んじゃ何か反応あったら連絡するよ」

『なくてもしろよー。同じメンバーなんだからよー』

 意外と淋しがり屋なのだろうか。変わっていることには変わりないが、人懐こいと思えば幾分付き合いやすいのかもしれない。

 それにしてもまだバンドとして一緒にやって行こうと決めた訳ではないのにメンバーとは気の早い男だ。

『今バカにしたろ』

「してないって」

 そして妙なところだけ勘が鋭い。

『そ。んならいいけどよ、まだ知り合ったばっかであれだけど遠慮とかなしで行こうぜ、千晶!』

 良く判ったな、とも答えてみたいと考えたが、まだ時期尚早のような気もする。いや千晶とシズは今日が初対面だ。時期尚早以外の何物でもない。

「はは、判ったよ。そんじゃ」

『あぁ、またな』

 通話を終えると、千晶はすぐに掲示板に書き込みを始めた。

 最初は得体の知れない危ない男なのかとも思ったが、こうして音楽の話をしていると中々楽しいことに気付く。好きな音楽性が似ているということは、個人的に嬉しいことだし、バンドをやっていく上でも重要だ。

 音の好みが違うメンバーがいるバンドの方が幅広い音作りができる、という話は良く聞くし、その理屈も判るには判るが、恐らく千晶はそう言ったやり方では長続きできない可能性の方が高い。

 それに好きな音楽がやバンドが共通していても、一曲一曲の好みには違いが出てくるものだ。

 特に-P.S.Y-やThe Guardian's Knightは幅広く音作りをしているバンドだ。同じバンドが好きでも同じ曲まで好きかどうかは判らない。

 実際にやってみないと何とも言えない、という点では確かにシズの言う通りだが、どこかで共通するものをお互いが持っているという点は色々と支えになる。

 不安がない訳ではない。何もかもが上手くいくバンドなどない。

 しかしそれを上回る期待感に千晶は久しぶりに包まれていた。


 The cheek of the knocked left And Canned coffee END

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