「認めないんだからっ!」


 *


「だけど彼ね、結局葬儀屋の人に頼み込んで、当日、指輪を棺の中に入れてくれたのよ。骨に付着しちゃうからって、はめることはできなかったんだけど、隅のほうに置いてくれて」

 お互いフードをかぶっているのではっきりとは分からないが、亡者の昔話を「切ないですね……」なんて言いながら聞いている沙那の瞳は、少し潤んでいるような気がする。

 僕はそんなふたりを、どこか冷めた目で見ていた。

 冷淡なやつだと思われるかもしれないが、亡者の過去に触れたとき、気の毒だと思うことはあっても、いちいち感情移入したりはしない。

 この仕事を続けるうち、変に耐性がついてしまったというのもあるけれど、どれだけ相手の立場になったつもりでも、それはあくまで自分の想像の域を出ないから。

 亡者の望みに関しては、能力を持つものとしてサポートはするけれど、そこに伴う感情を深くまで推し量る必要はないと思う。

 本当の気持ちなんて、本人にしか分からないのだ。

 もしかしたら、本人でさえよく分かっていないのかもしれない。

 だから、そういうものをやすやすと周囲に振りまいたり、気安く同情されたりしたくない。

 それが、自分にとって大事なものであればあるほど。

「じゃーん! ここよ」

 ぐるぐると回っていた思考は、亡者のハイテンションな声で途切れた。

 反射的に立ち止まり、目の前を見やると――

「コンビニ……」

 見慣れた四角い店舗があった。

 僕の無意識の呟きに、

「そう! 彼がご贔屓ひいきにしてるところよ」

 亡者は相変わらず上機嫌で答え、

「あたし、自分の葬儀が終わってからはずいぶんと長い間彼のそばを離れてたんだけど……このままじゃいつまで経っても成仏できないって思って、ダメもとでここへ来てみたら、偶然彼を見つけちゃって」

 やたら嬉しそうに、どうでもいい余談を加える。

「でも、会ってしまったらますます未練は募るばっかりだし、どうしたらいいか分からなくなってたときに、魔女の噂を聞いたってわけ。『このあたりに、大切な人と再会させてくれる魔女がいるらしい』ってね」

 ペラペラとよく喋る人だ。やっぱりなんかウザい。

「今日は土曜日ね。いつも仕事終わりとか休憩時間に立ち寄ることが多いみたいだから、平日より確率は低いかもだけど、可能性はゼロじゃないわ。現れるとすれば、たぶんもうすぐ。もしもうまくいったら、そのときは――」

 長ったらしい説明の後、期待たっぷりの眼差しを向けられ、僕はぷいっとそっぽを向いた。

「状況によります。すべては現れてからです」

 あー、帰りたい。帰りたい帰りたい帰りたいっ!

 ストレスはたまる一方だが、情報を握っているのは亡者だけなので、ここは彼女に従うほかない。

 これも仕事。仕事なのだ。

 自身を説得しながら、沙那と亡者を先導して物陰に隠れる。

 本当に来るのだろうかと訝しんでいたが、三十分くらい待機していると、白い軽自動車が駐車場に停まった。

 すると、とたんに亡者がそわそわし始める。

「あ、あれっ! あれ、彼の車よ! ねっ、ねぇ、早く――」

「ちょっと、まだだって!」

「ハルカさん、そんなに焦らずに!」

 沙那とふたり、小声で亡者を落ち着かせていると、運転席から人が降りてきた。

 淡い栗色の髪をツーブロック風に整えた、細身の男性。

 後部座席に回り、ドアを開ける。ひょいと順に降りたのは、ふたりの子供だ。

 長い黒髪をハーフアップにまとめた女の子と、その子よりいくらか幼げな、男性によく似た男の子。

 姉弟だろうか。

 ふたりの姿を認めた瞬間、亡者の顔からさっと表情が消えた。

「ねぇパパ、おかしかってもいーい?」

 手をつないで隣を歩く少年に尋ねられ、男性はごまかすように微笑んだ。

「えー、コンビニのお菓子は高いからなぁ。ひとり三つまでな」

「買いすぎるとママに怒られちゃうもんね」

 反対側から、少女がからかい口調で言う。

「ま、たまにはいいだろ」

 三人は楽しげに会話しながら、並んで店内へと入っていった。

 しばらく唖然としたのち、亡者に視線を移すと、

「パパ? パパってなに……? なによ、あれ」

 俯いて、ぞわっとするような低いトーンで呟く。そして、

「あたしは認めない……認めないんだからっ!」

 震える拳を握り締めながら顔を上げ、怒りと悲しみの入り混じった声で叫んだかと思えば、亡者の曖昧な輪郭が、淡い紫色に染まった。

 この感じ、よもやまた始まったのか――

 そう思った直後、亡者は現実から目を背けるように、どこかへ走り去っていってしまう。

 引き止める余裕もなく、

「あっ、待って! ハルカさんっ!」

 沙那の制止も、もちろん届かない。

「どうしよう……」

 戸惑う沙那の横で、僕は鬱々とため息をついた。

 気がかりなのは、あの不吉なオーラ。

 厄介なことになった。嫌な予感は的中するものだ。

「放っておくとまずいことになる。早く追いかけないと」

「まずいことって?」

 沙那は尋ねながら、マントのフードを目深にかぶり直し、亡者の去っていった方向へ駆け出した。

「詳しくは、また後で話すから」

 答えて僕もフードを引き下げる。

 まだ、それほど遠くへは行っていないだろう。

 ――ああもう! 本当に世話が焼ける人だな。だから引き受けたくなかったのにっ!

 とはいえ、こればかりは沙那ひとりに任せるわけにもいかない。

 沸き上がる苛立ちを抑えつつ、小走りで沙那の背中を追った。

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