転生先が破滅確定の悪役ですが、可愛い魔王様のために今日も頑張ります

第1話 突然のはじまり


乙女ゲームというものに嵌っていたとき、パッケージに描かれたイラストが物凄く綺麗で内容など確認もせずに手に取ったゲームがある。

架空の種族や魔法といったファンタジー要素が詰まったどこにでもある乙女ゲームは、絵師と宣伝や広告のおかげであっという間に流行し、漫画化からアニメ化にまでいたった。

だが、その大ヒットしたゲームに抗議活動が起こる。攻略キャラの一人である魔王のエンディングが悲惨だから変更するか続編を出すようにと乙女達が立ち上がったのだ。



暴虐の限りを尽くす魔族の王である魔王。

配下を使いまるで子供の悪戯かのように街ひとつを壊滅させ、絶望の中立ち竦む人間達を狩る。正に魔王、これ以上ないというほど清々しく魔王。

対抗手段などなく滅亡を待つだけの人間の前に、ある日勇者が降り立つ。

漆黒の髪と瞳を持つ勇者は、長い年月を掛け仲間と共に魔王の元へと辿り着き世界の悪である魔王を倒す。

コレがゲームのプロローグ的なもので、乙女ゲームの舞台は魔王が勇者に倒されてから数百年後の世界となる。

魔王亡きあと、世界の頂点に君臨していた膨大な魔力を持つ魔族は奇妙なほど大人しくなり、数を増やし続けた人間は魔法と独自の技術を用いることで互いに牽制しながら生きてきた。

けれど、それぞれの領域を侵すことなく稀に起こる小競り合い程度で済んでいた均衡は数百年ぶりに誕生した魔王の存在によって崩壊し始める。

前魔王を討った勇者はもう存在しない。だからまた勇者をこの世界に呼ばなくてはならない。勇者とは、別の異なる世界から召喚された者だったのだから。

人間の英知によって生み出された召喚魔法。

それによって召喚された勇者は黒髪で黒い瞳の華奢な少女だった。

想像していた勇者ではなくか弱そうなただの少女が現れたことによってもう為す術がないと諦めかけるが、その少女は特別な力を持っていた。

ヒロインならではのチート能力を目にした者達はコロッと態度を変える。


『神に遣わされた聖女と共に、魔王を倒すときがきた』


声高に叫ぶ人間達の思惑によって、聖なる魔法を使うヒロインは魔王を討伐する旅に出た。

パーティメンバーには一国の王子、聖騎士、魔法士、暗殺者や大聖人と豊富な人材が揃い、これらの攻略キャラ達と旅をしながら絆を深めていく。

旅を進めるヒロインと愉快な仲間達に魔王は配下を差し向け襲撃を繰り返す。自分の命が掛かっているのだから魔王も必死なのだろう。

数あるイベントで経験値と好感度を上げていくのだが、実は魔王も攻略できるキャラだということを後半の方で知ることになった。

突如現れた魔王の好感度バーに驚きつつ、ビジュアル最強だと密かに人気のあった魔王の人気に火がつき我先にと乙女達が攻略を開始したのに……。


『お前が、俺に愛を教えてくれた……』


必死に試練を乗り越えるヒロインに興味を持ち、正体を隠して接触した結果恋に落ちた魔王は、ヒロインの聖なる光に焼かれながら涙を流して消滅してしまう。

魔王エンディングはまさかのグッドエンドだった。

私は大号泣しながら画面に向かってスタッフを罵り呪ったが、アレはアレで良い話だったのだろうし、魔王様は人気があったからあの終わりかたは二作目のメインヒーロとなる布石だったのかもしれないが……どちらにしろ、今はソレどころではない。


大切な主君をお迎えしている最中にどんどん流れ込んでくる記憶。

少しは時と場所を考えてほしいし、普通こういったのは幼少に頭を石にぶつけてーとか、高熱に魘されーとかで思い出すものであり、衆人環視の中で重大なお役目の最中とかではない。

クラッと多少の眩暈は感じつつも暗い広間にある玉座の前に立ち、血のように真っ赤な光の中へ両手を差し入れた。


「皆の者、魔王様の誕生だ!」


皆に聞こえるように声を張り上げ宣言した魔王様の誕生に、広間の集まっている者達から歓喜の声が上がる。

光の中へ突っ込んだ手に触れる柔らかな感触に唖然としながら、その柔らかなものを自身へと引き寄せそっと胸に抱いた。


勇者と同じ漆黒の髪に真っ赤な瞳。白く丸みのある頬はふにふにしていて……大変、大変可愛らしい。

思わず頬が緩みそうになるが、此処が何処で何をしている最中なのかを思い出し慌てて顔面に力を入れた。


「魔王様に永遠の忠誠を!」


小さな赤ん坊を胸に声を上げると、悲鳴なのか雄叫びなのか先程よりも力強い声に眉を顰めた。嬉しいのは分かるが、魔王様が怖がるかもしれないので声のボリュームを抑えろと怒鳴りたくなる。


「……あぅ、あ」


小さな手が私の首元に振れ、急に腕の中にいる魔王様が重く感じられた。

あー……コレ、現実だわーと魔王様を眺めながら、私は今直ぐにでも逃げ出したくなる衝動を抑えることに必死だった。


「呼ぶまで入ってくるな」


広間からさっさと退散し、魔王様の侍従となる者達と共に私室へと移動する。寝室へと続く扉の前に侍従を待機させ、私は魔王様を抱いたまま寝室の奥にあるベッドへと進みその上にそっと魔王様を寝かせたあと地べたに座り込んでしまった。


誕生したばかりの魔王様を現世に引き寄せるというお役目の最中に唐突に頭の中に流れ込んできた前世の記憶。

どうやら、信じられないことに、私は転生というものをしたらしい……。

これといって特徴のなかった前世だがそれなりに充実した良い人生だったし、悪いことなど一切せず真面目な人間だった。


それなのに、転生した先は乙女ゲームのヒロインやヒーロー達を邪魔する悪役?


いやいや、まさか……と目を閉じ凄まじい勢いで鳴る心臓を両手で押さえながら冷や汗を流す。ふかふかベッドの上から聞こえてくる魔王様の唸り声に薄く目を開き、自身の置かれている環境を目の当たりし愕然とした。


「ちょ、ちょっと待とう……」


どんな乙女ゲームにも必ず用意されている悪役キャラは、空回りしながら体当たりでヒロインとヒーローをくっつけるという何とも悲惨な使命を持っている。モブと称されるキャラとは違い、直接深く関わる悪役の最後は破滅の道しか用意されていない。

今現在進行形で思い出している乙女ゲームの悪役は、傾国の美女と名高い妖艶な魔族の女性で……。

目をカッと見開き、落ち着け……落ち着くんだ……と何度も自分に言い聞かせながらどのくらいの時間が経ったのだろう。

赤ん坊特有の「うあー」という可愛らしい声に項垂れていた頭を上げると、ベッドの上の天使……いや、魔王様がジッと私を見つめていた。

ゆっくりと立ち上がりベッドに腰掛け身体を左右に揺らすと、追いかけるかのように瞳を動かす魔王様。

まん丸のスベスベ頬に手を添えると、小さな手を持ち上げ私の指を掴みながら一生懸命口をパクパクと動かす。


「……っーーー!!」


なにこれ可愛い、やばい、天使きた!?

長い寿命を持つ魔族は成長速度が恐ろしく早い。私も見た目だけなら二十歳前後だが、魔族としてはまだまだお子様の域である。

だから、魔王様も数年であっという間に成長してしまうので、今のうちにこの天使の姿を脳内に刻みつけておく必要があるのだと、瞬きすらせずにじっくりと眺める。


あぁ、可愛い……本当に天使、うはぁー、あぶあぶ言う声すら可愛い……鼻血出そう。


咄嗟に鼻を押さえた私をキョトンと見上げる魔王様にハッとし、初めにやるべきことを唐突に思い出した。幾ら乳児とはいえそれは外見だけのもので、幼子程度の知力はもう備わっているのだから。


「魔王様、魔王ルトフィナ様。私は貴方の側近となるリシュナと申します」


魔王様は代が変わっても名称が変わることはなく、必ずルトフィナと呼ばれる。

魔族にとって名とは己を縛るもの。正式な名は生まれ落ちたその日に本人のみが知るというもので、私のリシュナという名も略式であり本名は別にあるのだ。

勿論それは魔王様にも当てはまり、彼もまた彼だけが知る名がある。


「貴方は私の生涯の主です。ですから、ずっとお側でお支えいたします」


私の声に反応し、にっこりと笑うルトフィナ様の可愛さといったら……。

ゲーム、漫画、アニメのどれにも魔王様から人間に何かをした描写は一度もなく、前魔王とは違って城の中でただ息をして生きているだけ、それがルトフィナ様だった。

数多の種族を惑わす美貌や膨大な魔力に知識を持ちながら、悪戯に人間を傷つけるようなことはせず、極力関わらないように生きてきた魔王。

それなのに、人間とは愚かなもので自身を脅かす存在は排除しなければ気が済まないのだ。

放っておけば今迄通り魔王が不在だったときのように世界は回っていったのに、勇者を召喚してしまう。


「こんなに可愛いのに……」


頬をツンツンしていると「あう?」と首を傾げるルトフィナ様。


「人間風情が、私の天使をどうするって……?」


ルトフィナ様と私の為にもこの現実が前世の記憶にあるゲームなのか確認する必要がある。

できれば、召喚魔法を使われる前に色々と、それはもう様々な対策が必要だ。

ルトフィナ様の頭を優しく撫でたあと、寝室の外に待機している侍従の元へ向かう。


「お前達、ルトフィナ様に傷ひとつつけるな」


侍従達をひと睨みし、手を振り自身の執務室へと転移する。

どうせこれから人間の国へ行く予定だったので丁度良い。ゲームに出て来た者達が存在しているのか、召喚魔法とやらが本当に存在するのか、この目で直接確かめてこよう。


「リシュナ様、供はどうなさいますか?」


私付きの侍従に上着を着せてもらいながら思案する。

別に今から戦争に行くわけではないのだが……。


「私の部隊を呼びなさい」


か弱い乙女なのだから護衛は沢山いたほうが良いと思う。


「国を滅ぼしに行くのですか?」

「は……?」


この侍従は何て物騒なことを言うのだろうか!?

口元に手を当て態と肩を震わせるが、何故か私が呆れた目で見られてしまう。


「何故そうなるのよ。少し視察してくるだけじゃない」

「魔族の五大侯爵家を束ねる長の娘であり、魔王様の側近。更には魔族師団の長であるリシュナ様が直接赴かれ、ご自身の精鋭部隊を引き連れて行くのです。人間の国を壊しに行くと勘繰られてもおかしくはないかと」

「人間の国を滅ぼすのに他人の手など必要ないわよ」

「さようですね、リシュナ様ですから」

「何か含みがある嫌な感じに聞こえるのだけれど」

「いえいえ、その美貌だけで国を落とせると普段から豪語されているではないですか」

「忘れなさい」


ソレ、黒歴史だから……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る