第2話 魔王討伐志願

「おい、サン。南地域の魔王サイエンの討伐に名乗りを上げたって本当かよ」


 次の日のお昼過ぎ、日によく焼けた肌のたくましい腕をした黒髪の青年が、酒場でエールをあおっていたサンに声をかける。サンは振り返り、青年を見ると頷く。

「…ニッケルか。ああ、俺はやる」

 サンの答えを聞いて、ニッケルと呼ばれた青年は眉をひそめる。

「冒険者ギルドの仕事も満足に選べないお前がか?」

 サンは苦々しい顔をしながらも言い返す。

「うるせーな。ギルドの仕事は冒険者の実績…ランクによってできる仕事が限られるけど、魔王討伐に関しては誰でも立候補できるだろ? 俺、わかったんだ。このリトマス村に留まってるだけじゃ、いつまで経っても冒険者として成長できねぇんだって。実際旅に出て魔物を倒さねぇと」

「隣町からくる冒険者ギルドの依頼をこなすだけでも、それはできると思うけどな…」

 ニッケルはそう呟きながら後ろの席に座っているセクシーな女性に目をやる。ニッケルのいつもの女好きに呆れながら、サンはトントンと机を叩いてニッケルの意識をこちらに戻す。

「おっと、悪い悪い」

 ニッケルは笑ってそう言うと、話を戻す。

「第一、パーティー(冒険者が同一の目的のために協力して組むチームのこと)は組めるのか? 大した実績のないお前と組んでくれる奴なんてそう簡単には見つからねぇだろ?」

「ああ、悔しいけどその通りだよ。今、村の酒場に赴いたのもパーティーに加わってくれる仲間を探しにきたんだが…一向に見つかる気がしねぇ」

「やっぱりな。…そう思って、俺が協力してやろうと思って来たんだよ」

 そう言ってにやりと笑ったニッケルを見て、サンは目を見開く。

「いいのか? お前のハンマーさばきは鍛冶だけじゃなく、魔物退治にも効果が絶大からありがたいけど」

「ああ、鍛冶屋の仕事はまだまだ元気な親父に任せるよ」

 ニッケルはそう言った後、あごに手をやり何やら考える素振りを見せる。

「だが、あと一人は仲間が欲しいな。それも、誰か魔法が…攻撃魔法か回復魔法が使える奴がいい」

「…そうだな。じゃあ、なんとしてでも誰か引き入れないと」

 サンは気合の入った顔で誰かいないかと辺りを見渡す。その横でニッケルがふと思いついたように言う。

「そういや、魔王討伐に志願したって話…アルカには言ったのか?」

 サンはそれを聞いて一転、渋い顔をする。

「言ったら反対されると思って言わなかったけど、あいつ、どこからか聞きつけやがったみたいで…今朝、そのことについて反対されたよ。もし行くなら自分の薬を使えってうるせぇんだ」

「ふーん。アルカに言えば回復薬くらいタダで手に入るかと思ったんだが…既に痴話喧嘩しちまったんなら、頼みにくいな」

 ニッケルがにやっと笑ってそう言うのを聞いて、サンはしかめっ面をする。

「痴話喧嘩って何だよ。それに俺…これ以上アルカに頼るわけにはいかねーんだ」

「別に…持つべきものは友、って感じで頼りゃいいと思うんだがな」

 サンに軽く睨まれ、ニッケルは慌てて話題を戻す。

「とりあえず、仲間探しに行こうぜ。この村の酒場で駄目なら、隣町まで行って誰かいないか聞いてまわろう」

「ああ。よし、今から行くか」

 サンはそう言って席から立ち上がり、二人は村の酒場を出る。




 夕刻、二人は冒険者ギルドのある隣町に辿り着く。とりあえずギルドへ向かおうとする道中、後ろから二人に向かって澄んだ声がする。

「あの、もし…そこの旅のお方?」

 サンとニッケルが振り向くと、頭からつま先まで白色の…修道服をまとったうら若き女性がこちらを見ていた。

 その服装から察するに、どうやら修道女シスターのようで…頭から被った白い布には目のあたりまで薄いレースのヴェールがついていて、顔が若干見えにくいようになってはいたものの、どうやら美少女だということは十分に判断出来て、サンはどきっとする。


「何か用ですか、シスター?」

 思わず押し黙ってしまったサンに代わって、ニッケルが対応する。

「あの、あなた方は…これから何か大きな事を成し遂げに行かれるのでしょう?」

 修道女にそう言われ、サンとニッケルは驚いた様子でお互い顔を見合わせる。

「ですが…その旅路は大変危険だと、暗示が出ています。特に貴方あなたは…このまま旅に出ると命が危ないですわ」

 修道女はそう言ってサンを見る。サンはその言葉の内容と、じっとこちらを見つめる修道女の澄んだ水色の瞳にどきりとする。

「私は先程神のお告げを受けて、あなた方の辿る運命を変えるべく…ここに駆けつけました」

「運命を変える? 簡単に言ってくれますが…具体的には一体どうするというんですか?」

 ニッケルがいぶかしげに尋ねると、修道女は持っていた杖を両手で握りしめる。

「…私も共に連れて行ってください。私の光魔法と回復魔法で、少しでもあなた方の助けになればと…」

「ええっ! 本当ですか? 俺たちちょうど、魔法を使える人を探してたんです!」

 修道女の言葉を聞いてサンは食い気味に、身を乗り出して言う。その勢いに修道女は目をぱちくりとしていたが、にっこりと笑みを見せる。

「まあ! 本当ですか? それなら、これはきっと運命ですわ!」

(運命…! この出会いはきっと運命だったんだ!)

 サンは修道女の言葉にすっかり舞い上がってしまう。

「私は、王都の修道院から参りました、ええと、名は…プラチナ…です。シスター・プラチナと皆には呼ばれております」

「王都の修道院か、有名なとこだよな。あ、俺は戦士のニッケル。よろしく、シスター・プラチナ」

 ニッケルが自己紹介し、修道女…プラチナに握手を求めるのを見て、慌ててサンも手を差し伸べる。

「お、俺は勇者のサン。プラチナさん、これからよろしく!」


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