第43話 こじらせた『想い』

「デスペード公爵閣下。ご無沙汰しております。――この度は、どのようなご用向きでしょう?」


 リアは内心、ビクついていた。


 先日、ジャックに頼まれて用意した花束が“彼”の手元へ渡ることは分かっていたのだから。


(やっぱり、お気に召していただけなかったのかな……だから直接、お怒りを伝えに来られた――)


 そこまで考えて、サーッと血の気が引く。


 北のデスペード公爵。『死者を弔う』ことを司る公爵家。冷酷で淡々とした態度、黒で統一された装いと、闇夜のごとく真っ黒な髪や漆黒の瞳の容姿に、リアの前世でいう『死神』を連想させる。


 このような小さな店舗に直接、足を運ばせてよい身分の人物ではない。そして何より、その高貴な方をすでにだいぶ待たせてしまっているようだ。


「先日、ハートラブル公爵から花をもらってな」


 冷淡な口元の両端が不気味に上がり、リアの背筋がぶるりと震える。

 やはり、お気に召さなかったのだと唇を結ぶと、目の前の公爵が真顔に変わった。リアは覚悟を決めるようにギュッと目を瞑った。


「あまりにも見事だったので公爵にお返ししようと思い、贔屓の花屋を調べさせてもらった。店の中に案内してもらえるか」

「承知いたしました。お待たせして申し訳ございません。中へ、どうぞ」


 予想と違う言葉にホッと安堵したリアは、慌てて鍵を開け、店内にあるソファへと案内する。公爵が腰かけたのを確認すると、リアは彼の真っ黒な瞳をジッと見つめて問いかけた。


「お返しには、どのような花をご希望でしょうか」


 彼がここに来た理由が分かった。


「デスペード公爵家に持参する花束は、どうやって決めたのだ? ハートラブル公爵が選んだのか?」


 リアは躊躇いながらも小さく首を振った。


「申し訳ございません。ご注文の詳細はお答えいたしかねます」


(ああ……びっくりするくらいのだわ……)


 まさか、そんな風に受け取られるとは――リアにとって想定外だった。両片想いの難しさをあらためて思い知る。


 リナリアに込めた『想い』がハートラブル公爵へ宛てたものだと捉えられてしまうなど。なぜ、自分に宛てたものだと気がつかないのだろう。……相当こじらせてしまっている。


 拳を握りしめた公爵に警戒したアッシュがリアを背に隠す。それに気づいた公爵がその手を緩めた。


「では、ヴィクトリア・ハートラブル公爵への花を用意してもらおう。――そうだな……黒い薔薇を」

「えっ! あの……黒い薔薇、でしょうか……?」


 “黒い薔薇”と聞いたリアは今、目の前にいるのが北の公爵であることも忘れ、思い切り渋い顔をしてしまった。


 北の公爵からすれば、“黒い薔薇”というのは互いの色と家紋を示した“友好の証”なのかもしれない。

 しかし、花言葉としては……。


(今のお二人の関係性で黒い薔薇は……重い、重すぎるわ……)


 不機嫌そうに片眉を上げた公爵に、最初の威圧感などどこかへ吹き飛んでしまった。今のリアには、二人の関係を何とかしたいという想いだけがある。

 

「何か、問題でも?」

「ええ……あの、もしよろしければ、ですが――」


 問題がある、と肯定したようなものだが、それも気にせず、リアは花を選びに席を外した。


「お待たせいたしました! こちらの花はいかがでしょう?」


 リアは真っ黒を身に纏った公爵様に真っ赤な花を差し出した。


「それを――渡せ、というのか?」

「はい。やはり赤の公爵様には、赤い花がよろしいかと」

「しかし、ハートラブル公爵が好んでいるのは薔薇ではないか。それは――薔薇ではないだろう」


 リアの手の中には、真っ赤なストックの花。


 何枚もの花びらがふわりと折り重なり、柔らかく優しい印象の花だ。同じ赤でもハートラブル公爵の外見からはあまりにかけ離れている。


 リアは再度、デスペード公爵の闇夜のような瞳を見つめた。


(――嫌われたくない。叶うのならば、ずっと側で護りたい。……手に入れたい――あなたの『想い』を届けるなら、きっと、この花が一番いいわ)


 確かにハートラブル公爵家には『赤い薔薇』しか飾られていない。けれど今は、彼女自身の私室だけは他の花も飾られているのだ。きっと、そのことを黒の公爵は知らない。


 デスペード公爵の心中にある不安を和らげるようにリアは「大丈夫です」と微笑んだ。


「この花で花束を作り、私が責任を持って、ハートラブル公爵閣下へお届けいたします」


 リアは手にしていた一輪のストックをデスペード公爵へと差し出す。


「ですから、証として、この花をお持ちください」


 リアは二人の想いが通じるようにと願いを込めて真っ赤なストックを黒の公爵へ渡した。


 赤い花を受け取った黒の公爵は「ふん」と、短く鼻で笑う。


「なるほど。『私を信じて』――か。いいだろう。請求はデスペード公爵家へ。すべて君に任せよう」

「ありがとうございます」


 音もなく立ち上がると、扉に向かい歩き出す。

 ふと立ち止まると「カードはあるか」と聞かれ、リアがメッセージ用のカードを差し出すと、公爵は胸元からペンを取り出し、サラサラと何かを書き、カードをリアへ手渡した。


「これを花束と一緒に」


 リアは丁寧に受け取ると、頭を下げた。


 デスペード公爵はペンを胸元にしまうとアッシュが開いた扉をくぐる。店の外に待たせていた馬車に乗り込み、あっという間に去っていった。


 リアはホッとして、肩をおろした。


「お疲れ様」


 扉を閉めたアッシュがリアをソファへ誘導する。


「ちょっとそこで待ってて」


 アッシュの背中を見送ると、リアは窓の外へ視線を向けた。オレンジ一色に染まった景色をぼんやりと眺める。


 今日は、いろいろなことがたくさんありすぎた。感情も、思考も、フル回転だった。今になって疲れがどっと押し寄せてくる。


 大きく息を吸い込み、ほうと吐き出したところにちょうどよくアッシュが戻ってきた。


「わあ。いい香り……!」


 アッシュの手には二つのティーカップ。テーブルにコトリと置くと、リアの隣に腰かけた。


「カモミールティー、大好きなの!」

「知ってる」


 当たり前のようにニッコリと笑うアッシュにリアは目を丸くする。


「カモミールの花言葉は――『逆境で生まれる力』。それも必要なんだけど、今の僕はリアにもう一つの『想い』を込めたよ」

「え……?」

「――『あなたを癒やす』。今日はいろいろあって疲れたでしょ?」


 アッシュが優しく笑う。ただそれだけで充分癒やされている。これ以上、何を望むのというのか。

 リアの胸はアッシュの優しさで満たされていく。


 どうか、こんな日々が永遠に続いていくように。


 リアはティーカップに添えられたカモミールの花にそっと願いを込めた。

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