第36話 四大公爵家の定例会議
「これを――渡せ、というの?」
ジャックは真っ赤な
あの日のように、怪訝な顔をしたヴィクトリア・ハートラブル公爵に眉目秀麗な護衛騎士は微笑みを浮かべて、頷いた。
「ええ。おっしゃるとおりでございます」
花屋の“魔法”は、分かっている。王城で妃教育を受けているときも、それを隠し、悪役を演じていたことも見抜いている。伊達に『悪役王女』を演じているヴィクトリアではない。
それでも、彼女には不安があった。
――“赤”の公爵がなぜ“白”を持参したのか、と。
変な勘繰りをされても不快だ。ただでさえ、自分は邪険にされているというのに。
ハートラブル公爵は形の整った真っ赤な唇から、『はぁ』と、悩ましげな溜め息を漏らした。
まもなく開かれる四大公爵家の定例会議。
会議とは名ばかりの、いわば腹の探り合い。互いに潰せる隙を狙っている。
何代か前まで、公爵家の関係は良好だった。互いに協力し合い、王家を支えていた。
その均衡が崩れたのは――“ある病”のせいだ。
未だ治療法の見つからないその病が、エルレスト王国の秩序を乱した。
「今回は――“あの男”の屋敷に行くのでしょう?」
「ええ。今回の持ち回りは北のデスペード公爵閣下ですので」
「あんな男のところに、こんなにも美しい白の花を持っていけ、と?」
「ええ」
「……まあ、いいわ。皮肉のひとつでも言って差し上げましょうか。『あなたのような腹黒い男には、お似合いの花だわ』って」
「……」
王城で花屋に出会ってからだいぶ経つが、ハートの王女の私室には、今でも美しさを保ち続ける白いヒヤシンスが飾られている。
その花に目を向けたジャックは、心の中でクスリと笑った。あの真っ白なヒヤシンスの花言葉通り、なんて『愛らしい』人なのだろう、と。
彼女は自分を気に入ったわけではない。自分の“色”を気に入ったのだ、と分かっていた。彼女の
闇夜のごとく真っ黒な髪に、漆黒の瞳を持つ――“あの方”と同じだったから。
◇◇◇◇
「ヴィクトリア……相変わらず、清楚の欠片もない格好だな」
「タナトス……あなたこそ。相変わらず、葬式のような格好ですこと」
二人は互いに睨み合うと「ふん」と背を向ける。そのままヴィクトリアは、ジャックに持たせていた花束をひったくるようにして奪い、ぐいとタナトスに押しつけた。
「あなたと真逆の真っ白な花でも愛でるといいわ」
「ふん、言いたいことはそれだけか? まあ、俺はどんな花であろうが、宝石であろうが、似合うからな。心ゆくまで愛でるとしようか」
タナトスは「はっはっは」と笑い、差し出された白い花束を受け取ると、ピクリと眉を動かした。
「ヴィクトリア。この花、どこで手に入れた?」
「何よ? ハートラブル公爵家の花に問題でも?」
「いや……何でもない」
タナトス・デスペード公爵は花束に視線を落とすと、考え込むように口元を隠した。
この春、父親である元デスペード公爵から爵位を引き継いだ。それまでも幾度となく父の代行として会議などには参加していたため、特に何かが変わることもないのだが、正式に公爵となってから初めての会議である。
これで代替わりしていないのは西のダイヤモント公爵家のみだ。
手土産は大抵、主催者の“色”を重視する。今回の主催者は北のデスペード公爵家。
“北”といえば、“黒”を持参するのが通例だ。
しかし今回、ヴィクトリア・ハートラブル公爵はなぜか“白”の花束を持参した。そして、気になるのはそれにかけられた“魔法”。
(まさかな……そんなはずはない)
タナトスは、ヴィクトリアから受け取った花束に魔力を感じた。危害が及ぶようなものではなかったから、深くは追及しなかったが、あの魔法は彼女のものではない。
(――だとすると。狙いは……ヴィクトリアか?)
チラリと横目で彼女の姿を追う。
彼女は一切の音を立てず、優雅に東側の席に着くと、置かれていた資料に目を通し始めた。
「タナトス様。そちらの花を――」
従者が花束を受け取ろうとして差し出した手を、タナトスは遮った。
「いや、いい。これは私が持っていく」
誰にも触らせぬようサイドテーブルに静かに置くと、北側の席に着く。
西側の席にはダイヤモント公爵。そして南側にはシックローバー公爵がすでに着席していた。
タナトスはテーブルの上で両手を組むと、冷淡だが美しく整った口元をキュッと上げる。
「さあ、定例会議を始めようか――」
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