第4話 異世界の迷子

「それって、もしかして……――異世界の迷子?」

「そうです」


 『異世界の迷子』とは満月の夜に王都の中央広場に転移してくる異世界人のことである。主に子どもが多いため、『迷子ロスト・チャイルド』と呼ばれている。


「たまたまハートラブル公爵家に身を寄せて、学園に通っていたんです」

「そう……」


 ジャックの身の上が分かったところで、リアには嫌な予感がよぎった。――先ほどの彼の発言だ。


「ねえ、アッシュ。『運命の人アリスちゃん』って――」

「あ、それは……アイツの世界の、物語に出てくる主人公の女のコの名前だって言ってましたね」

「……そう」


(やっぱり――そうか……)


 嫌な予感は当たるもの。


 前世の記憶にある、あの物語のことに違いない。髪色や瞳の色は違うが、恐らく、ジャックはリアと同じ世界の人間だろう。


 この王国の四大公爵。東のハートラブル公爵家、西のダイヤモント公爵家。そして、北のデスペード公爵家、南のシックローバー公爵家。その名から、あのカードゲームを思い浮かべたに違いない。


 身を寄せたのがハートだったことにも由来するのだろう。彼の名は――ジャック。『ハートのジャック』は『傭兵』である。


 おまけにハートラブル公爵家当主は――女性だ。


 リアは大きく息を吸い込んだ。


「ジャックは……何か魔法を遣えるの?」

「いや……アイツに特別な能力はないみたいです。魔力も感じられませんし」


 アッシュは土魔法を遣える。いかにも庭師の息子らしい能力だ。魔法が遣える者は、わずかだが相手の魔力を感じることができる。

 リアはあの日からずっと魔力を封じ、隠しているのだが、アッシュとは幼い頃、魔法を見せ合って、一緒に遊んでいたので、互いに魔法を遣えることを知っている。


「たぶん、さっき言ってた“アイリスちゃん”もそうですね」

「転移者ってこと?」

「はい。アイツ、そういう子たちを面倒みてるんですよ。自分と重なるから、なのかな」

「そうなの……」


 軽そうにみえて、実はとても真面目な人なのかもしれない。人は、上辺だけで判断するべきではないと、リアは思った。


「でも……なんで分かったんです?」

「え? 何のこと?」


 リアが不思議そうに首を傾げると、アッシュは藤色の瞳をジッと見つめた。


「花を贈る相手に“元気がない”ということを、ですよ」

「え……」


 リアはドキリとした。見つめられたままヘーゼルの瞳から逸らせない。


「いつもなら、贈る相手の雰囲気を聞いてますよね? なんで今回は、“様子”だったんですか?」

「あの……えっと、なんとなく?」


 しどろもどろに答えると納得がいかないように、片眉を上げたアッシュが「ふぅん」と呟いた。


 リアには『秘密』がある。


 魔法が遣えることもアッシュ以外には秘密にしているが、彼にも言えていないことがあるのだ。


 “転生者”であること、と――“ある能力”を持っていること、だ。



 ◇◇◇◇



「いやぁ。それにしてもスゴイな、リアちゃんは」


(彼女はいつも想像以上の仕事をしてくれる)


 満たされた感覚に思わず緩む顔を隠せない。手元の花束を眺め、ジャックは目を細めた。


 オレンジ、黄色、赤で出来たミムラスの花束。

 花言葉は――『笑顔をみせて』『静かな勇気』『援助の申し出』。


(彼女には、すべてお見通し……か)


 今のアイリスに必要なもの。すべてが込められている。そして、何よりこの花にかけられた“魔法”。美しく保つためだけではなく、花言葉と同じ効力の魔法が込められている。

 この花を手にすれば、アイリスは今、彼女に不足しているものをすべて補うことができるだろう。 


(どうしても欲しい。彼女の“魔法”と“あの能力”。彼女がアーネスト侯爵家から除籍、追放されたことはハートラブル公爵家にとって願ってもない好機。そして――)


「――アッシュ、君のことも……ね」


 常にリアの側にいて、まるで彼女を護る騎士のような友人、アッシュ。互いに敵対する領地に身を寄せていたため、なかば諦めていたが、そちらも運が廻ってきた。


(僕はこのチャンス、絶対に逃さない)


「君たち二人を手に入れるためなら、何でもするからね? 覚悟しといてよ、アッシュ」


 ステップを踏み出しそうなくらい、軽やかに歩く赤い騎士は鼻歌交じりに呟いた。





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