4−4
翌朝、商業ギルド内の自室で起床したユウヒ。
ささっと身支度すると、兎を鞄に入れて部屋を出る。
そのまま領主邸宅に向かおうとして、受付前を通るとユウヒを迎えにきた女性と受付嬢が話をしていた。
受付嬢がユウヒに声をかける。
「昨日はよく眠れた?」
「うん、ぐっすり。配達行ってくるね」
「気をつけてね」
「大丈夫、大丈夫」
「あなたの大丈夫は当てにならないのよね」
「ギルド長にも言われたなあ」
「みんな同じ意見ってことよ」
それを聞いた周囲の人々は深くうなづく。
迎えにきた女性だけでなく、朝から商談する商人達も含めてだ。
そんな様子に頭をかきながらユウヒはぼやいた。
「価値観の相違ってやつかなあ」
「もう、それでいいわ」
「でも、気をつけるね。行ってきます」
「そうしてね。行ってらっしゃい」
諦め半分、心配半分の受付嬢に見送られ、ユウヒは手を振って女性と一緒にギルドから出ていった。
ギルドをでた2人は徒歩で領主邸宅に向かう。
領主邸までは数分も歩けば着く距離だ。
天気も良く、のんびりと散歩しているような雰囲気で歩きながら話す女性とユウヒ。
「隣街まではどうやっていくの?」
「ヒポでいくよ」
「ヒポ?召喚獣のことかしら?」
「うん。突撃河馬」
海中の女子会でカバの話は聞いてはいたものの、突撃河馬だとは思っていなかった女性。
商人の立場からすると、商隊に突っ込まれたり、畑を踏み荒らされたりする害獣でしかない。
とにかく制御不能なイメージが強く、騎乗用とは全く思っていなかったカバで行くというユウヒに疑惑の表情で確認する女性。
「昨日話してたカバさん、ってクラッシュヒポポタマスなの?あれって乗れるの?」
「うん、乗れるよ。お姉さんも乗りたい?」
「うーん、乗り心地はどうなの?」
にっこりと微笑むユウヒ。
「乗りたい?」
「……やめとくわ」
賢明にも、決して大丈夫ではないことを悟った女性が丁重に断る。
他にも他愛もない雑談をしながら歩くと領主邸宅についた。
女性が門番に話しかけると2人を見た門番は2人を認識していて、すぐに邸宅に案内される。
邸宅内に入るとメイドが出迎え、そのまま領主の執務室に連れていかれた。
「ああ、来てくれたか。ありがとう」
部屋に入ると、執務中だった領主が椅子から立ち上がりながら出迎えた。
領主はユウヒを連れてきた女性を労いつつ、机の上に置いてあった箱と文を手に取ってユウヒに差し出した。
「これが依頼の品だ。箱の中に文書と薬が入っている。よろしく頼む」
「はい、請け負いました。こっちの手紙は?」
「あちらの邸宅についたら、門番に渡してくれ。そうすれば中に入れてくれるはずだ」
「わかりました、よっこいしょっと」
本日は配送予定がわかっているため、兎が入っているのとは別の背負える鞄を準備していたユウヒ。
その鞄に配達物を入れると年齢らしからぬ掛け声で背負うと、立ち上って領主と女性に一礼する。
「では、配達してきますね」
「ああ、よろしく頼む。配達終えたら娘と遊びに来てやってくれ」
「気をつけて行ってきてね。くれぐれも慎重にね」
「大丈夫です、行ってきます!」
ユウヒは、軽く頷く領主と大丈夫という言葉に不安そうな表情を隠せない女性に見送られて部屋をでた。
そのまま、家人に案内されて領主邸宅を出たユウヒは徒歩で街の門に向かう。
街中でカバを召喚、走らせた場合は色々と言われる。
散々言われているユウヒは身にしみているため、渋々街中ではカバで走らない。
それでも緊急事態は平気で走るため、やはり色々と言われるのだ。
街の門に着くと、馴染みの衛兵達に挨拶しつつ外に出たユウヒ。
周りに十分なスペースがあることを確認して呪文を唱える。
『召喚:突撃河馬』
魔法陣の中からカバが出てくる。
既に体中から蒸気が噴き出していて、テンションが高い。
その様子を見て衛兵達はその様子を見て後ずさり、カバから距離をとる。
ユウヒはカバに話しかけた。
「ヒポ、そんなに西瓜美味しかった?」
西瓜というワードに反応して、ぶももっと鼻息を上げるカバ。
前日に与えた西瓜が相当気に入った様子で、今にも走り出さんばかりに足踏みする。
カバの足踏みは、間違えば街側に突っ込んでくることを想像させるに十分な上機嫌っぷりだ。
衛兵たちは、街を守るか身を守るかで心が揺れる。
「さってと」
衛兵達の様子に構わず、ユウヒはカバにのって地図を開く。
大体隣街までは街道沿いに行って100km程度ある。
街道は馬車などが走りやすいように山の麓を迂回するように整備されているため、かなりの距離だ。
街道沿いには集落や村などがあり、食料の補給や替え馬を提供している場合もあり、安全に向かうことが可能だ。
対して、街道を通らずに山を抜ければ大幅にショートカットすることができるが、山賊や魔物も出るため危険度は段違い。
そのため、真っ当な感覚の持ち主であれば街道を行くことになる。
「この前のお兄さんの山小屋通って行けば大丈夫だね」
当然ユウヒは真っ当な感覚の持ち主ではない。
息を吸うように近道を選択した。
以前、ゴブリンに襲撃を受けた荷物を集荷しに行った際に訪れた山小屋。
地図を見る限り山小屋を通って森を突っ切っていけば隣町に到着する。
距離で言えば三分の一くらいになる。
「じゃあ、行こうかな。ヒポ、ゴー!」
ルートを選択すればカバの出番である。
出番がまだかまだかと言わんばかりに足踏みをしていたカバは鼻息高く掛け声に応える。
ぶももっ!
鼻息高く、カバはいつも以上に蒸気を体から出して絶好調で出発する。
どうやら命拾いしたと胸を撫で下ろす衛兵たちに見送られて、街道を駆け出した。
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