第29話 エアコンと猫と誘い文句

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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迷歴二十二年の七月。俺はピザ屋のバイトを辞め、大学がない日や夜は完全に社長業に集中するようになっていた。


会社の収入で金の心配がなくなったのもあるが、一番の理由はやはり、責任を持って食わせていかなければいけない身内以外の人間ができた事だろう。


人を使う者としての自覚を持て、という姫からの薫陶の影響も多大にあるけど。


とにかく俺はあの日から、昼間はダンジョンに出かけ、夜は姫がポイント交換用商品を作るのを手伝い、パワードスーツなんかの組み立てが必要な商品を組み立て、簿記三級の勉強をしたりとコツコツやってきた。


そしてその合間合間に姫様にお伺いを立て続け、リテイクを出されまくりながらもようやく通した川島ポイント経済圏計画を携えて……


俺は今日、夏でもほんのりと涼しいダンジョンへと訪れていた。



「調達屋、カップラーメンをくれ。シーフードでな」


「あ、こりゃどうも吉田さん」



吉田さんは元東三組で、俺がダンジョンで一番最初に物を売った眼鏡の男性だ。


彼は責任感のある真面目な人で、夏でもきちんとプレートキャリアを着込んでいた。



「吉田さん、実は常連さんだけに特別ないい話がありまして」


「え? 何……いいわ俺、そういうのは……」



え? なんで!?


俺が一歩引いてしまった吉田さんにどう説明していいか迷っていると、下からマーズがすかさずフォローを入れてくれた。



「待った待った! トンボ、それじゃ怪しすぎ。常連さん向けの特別なカタログを作りましたって話でしょ?」


「あ、なんだそういう事か……」



そ、そんなに怪しいかなぁ……?


俺は首をひねりながら家で製本してきたカタログを取り出し、それを吉田さんに手渡した。



「まあいいけど、このカタログの商品ってこれまでと何か違うの? 言っとくけどうちの財布じゃパワードスーツとかは買えないぞ?」


「そういうのも載ってますけど。どっちかというとこっちのカタログは数を揃えられない系の商品なんですよ」


「ああ、お前のとこの商品、テレビで紹介とかされてたもんな。あの時は装備もつけてない転売屋が手ぶらでダンジョンに来て大変だったんだからな」


「その節はどうも、ご迷惑をおかけしました……」



吉田さんは「まあいいけど……」と言いながらペラペラとカタログを数ページめくってから、開いたページをこちらに向けた。


そこには『川島総合通商ロゴ入りマグカップ 十ポイント』と書かれている。



「これ、金じゃなくてポイントって書いてあるけど……」


「まあそれも色々ありまして、そっちのカタログはポイント制になりました」


「ポイントって何?」



俺は吉田さんの持つカタログをめくって最後のページを開く、そこにはポイント交換システムの概要が書かれていた。



「ここに書いてあるんですけど。うちの会社にとって必要な素材……たとえば今なら魔石ですね。それを卸して頂けたら、ポイントと交換します」


「魔石ってそんなもん何に……いや、まあお前らなら使い道ぐらいあるか……」


「あと、うちでバイトしてくださったら、それでもお金とポイントを稼げます」



ピンと指を立ててそう言った俺を、眼鏡の向こうの吉田さんの目は胡散臭そうに見つめていた。



「バイトっつったって俺ら冒険者だぞ?」


「別にそれは吉田さん本人じゃなくていいんですよ、吉田さんの紹介がある身元の確かな人なら。正直今商品の梱包とか発送で、全然人手が足りてないんですよ。もちろん紹介者にもポイントを発行しますから!」


「なんちゅう迂遠な……まあ、いいわ。そんで、どういう商品があるんだよ? オススメは?」



俺は待ってましたとばかりに頷いて、ジャンクヤードから小さい瓶を取り出した。



「これ見てください、超強力な接着剤です」


「接着剤? 何に使うんだよそんなもん」


「これ、ほんとにすごい強力なんですよ。折れた槍だって即修理できますよ」


「本当か?」


「見ててくださいよ」



俺はジャンクヤードから一メートルほどの鉄の棒を二つ取り出して、片方の頭に接着剤を塗ってくっつけた。


普通ならしっかり固まるのに一時間はかかるところだが、この接着剤ならもうこれで完全固定だ。


俺は思いっきり振りかぶって棒で地面を叩いてみせた。



「ね、めちゃくちゃ丈夫でしょ?」


「えぇ? それほんとか?」


「試してみてくださいよ」



吉田さんは俺から受け取った鉄の棒の頭を地面につけ、棒が斜めになるようにして接着した部分を思いっきり踏みつけた。


もちろんそれぐらいでは接着面はびくともしない。


宇宙の謎接着剤だから、下手したら棒そのものより強度が出てる可能性があるぐらいだ。



「おお、ほんとにすげーじゃん……って、あっ!」



吉田さんは変な声を上げて棒からパッと手を離した。


しかし棒は地面に落ちる事なく、彼の靴のにへばりついていた。



「ありゃりゃ、くっついちゃったね」


「どうすんだよこれ……」


「大丈夫大丈夫、ちゃーんとはがし液がありますから」



彼が脱いだブーツの裏にはがし液を数滴垂らすと、棒はまた二つに別れ、乾いた音を立てて地面に転がった。



「おー……いや調達屋! これすげぇじゃん!」


「凄いでしょ凄いでしょ!」


「兄さんなら眼鏡が割れちゃった時とかにも重宝すると思うんだよね」



吉田さんは「そうなんだよなぁ」とつぶやきながらブーツを履き直し、さっきまでの胡散臭げな様子とは全く違う、熱の籠もった視線でカタログを眺め始めた。



「他には何かオススメないのか?」


「えーっと、それじゃこんなのどうですか? 襟につける個人用のエアコンなんですけど」


「エアコン?」



俺が襟元にクリップする構造のそれを取り出してスイッチを入れると、吉田さんはそれを手にとって自分の首元に当てた。


実はこれは今俺自身も付けているのだが、冷たい風が結構強く服の中に吹き込むのでめちゃくちゃ涼しい最高のグッズなのだ。



「あ、これいい……」


「いいですよねこれ! 僕も今使ってるんですけど凄い快適ですよ」


「さっきの接着剤も凄かったけど、これは今日にでもほしい! これ何ポイント?」


「これは二千ポイントだから、魔石換算で一キログラムってとこだね」


「くぅ~、今の魔石の買い取りならだいたい八万円ぐらいかぁ……まぁそれでも安いぐらいか……」


「他にも充電不要のヘッドライトとか、超強い殺菌力で匂いと水虫を防ぐ靴の中敷きとか、色々ありますよ」


「絶妙に欲しいとこ突いてくるよなぁ……」



吉田さんが腕を組んで悩み始めた所に、バラクラバを汗で濡らした気無きなしさんのパーティがやってきた。



「おー吉田、何やってんの?」


「これ凄いんだよ、ちっこいクーラーなんだけど」


「え? なにそれ欲しい……」


「気無さん、実は常連さんだけに案内させてもらっている、本当に役に立ついい話がありまして」


「え? なにそれ怖い……」


「待った待った、トンボ、言い方言い方」



結局その後もマーズに細かく直されながら勧誘を続けたが、何人かの人に怪しまれ……


人に信用される喋り方っていうのは、一朝一夕では身につかないのだなという事を痛感した俺なのだった。






なんだかんだと拙い勧誘を続けて二週間ほどが経ち……


冒険者たちもようやくぽつぽつ魔石を売ってくれはじめ、さらにその中には家族や知人を紹介してもいいという人もいて、俺は計画の成功を感じていた。


そして今日俺は人手の増員の話を、川島総合通商の発送現場で奮闘してくれている阿武隈さんと吉川さんの元へと報告しにやって来ていた。



「吉田君とこのパーティの奥様方と、気無さんとこの娘さんが来てくれることになったって? やるじゃ~ん社長! 見直したよ~」


「ほんとにねぇ、ちゃんと人見つけてくれたんだ。社長、お疲れ様」



元工場の事務所部分の一角に置かれた二対のソファの対面側に座った二人は、そんな嬉しい言葉で俺を労ってくれていた。



「いやいや、それはうちの商品開発部が頑張ってくれたおかげでして」


「それもあるけどさ、今回はトンボが人集めるためにポイント制度とか色々考えて動いたんだよ」


「そうなんだ。さすが社長、頼りになるね~」


「いえ、いえ、そんなそんな……」



これまでの人生でもあんまり褒められた事のなかった俺は、顔がニヤけるのを抑えられずに下げた頭が挙げられなくなってしまっていた。



「これなら……ねぇ?」


「まあ、いいんじゃない?」


「え? 何ですか?」



頬の内側をグッと噛んで顔を戻して頭を上げると、二人はお互いに視線を交わしながら頷き合っていた。



「前に正社員にならないかって言ってくれたでしょ~?」


「あれ、今もOKなら受けてもいいかなって」


「え!? ほんとですか!? もちろんですよ! OKOK!」



嬉しい申し出に、俺は思わず前に座る阿武隈さんの手を両手で握って上下に振った。



「ま~、この仕事も結構慣れてきたし」


「お給料もいいし、人手不足が改善されるなら社員になってもいいかなって」


「はぁ~っ……ありがとうございます、お二人が社員になってくれるなら千人力ですよ」


「大げさだなぁ……ところでさ~その~」



阿武隈さんはなんだか恥ずかしそうな顔でそう言った。



「え?」


「トンボ、いつまで手握ってんのさ」


「あ! す、すいません……」



俺は慌てて手を離し、またペコペコ頭を下げた。


せっかく社員になってくれたのに、セクハラする社長みたいになっちゃったな……。



「それでま~、社長に一つ相談があるんだけど」


「え、なんですか?」


「あたしらが組んでた恵比寿針鼠の残りの二人なんだけどさ~、あの子たちも雇ってくれないかな?」


「え、そりゃもちろんいいですけど……」


「実はさぁ、あの二人はあの時生き埋めになったでしょ? 未だにやっぱPTSDっていうの? トラウマがだいぶ酷いらしくてさ、普通にどっかで働くってのも厳しいみたいなんだよね~。そんでここでリハビリっていうか、落ち着くまで面倒見てやれないかなって思ってさ~」


「あの二人の分は私達も頑張るから、社長お願い!」



吉川さんがそう言いながら俺に手を合わせる。



「もちろんOKですよ! なんならそのお二人も社員からでも……」



俺は良かれと思ってそう言ったのだが……


二人の反応はなんとも言えないものだった。



「それはもちろん、あたしらにとってはありがたい話なんだけどさー……会社として、きちんと働けるかわからない人をいきなり正規雇用にしても大丈夫なの?」


「社長さぁ……そういう経営してたらすぐ潰れちゃうよ?」


「え? あ……はい……」



上げた評価をきっちり落として、俺とマーズは作業服の二人が頑張る工場を後にした。


やっぱり、状況が落ち着いたら採用担当は俺じゃなくて阿武隈さんか吉川さんにお願いしよう……


俺は真っ赤に燃える夕焼けにそう誓い、ポンポンと励ますように尻を叩くマーズに力なく頷いて家路についたのだった。






家に帰った俺たちを迎えてくれたのは、姫の作ったごちそうだった。


阿武隈さんたちが社員になってくれたという事を知ってから、お祝いにと彼女が用意してくれたものだ。


俺とマーズの好きなメニューがずらりと並ぶ食卓の前で、俺は正座をして改めて二人に人手不足が解消しそうな事を報告した。



「というわけで、色々とご迷惑をおかけしましたが……会社の人手不足の方はなんとかなりそうです、ありがとうございました」


「やるじゃん社長」


「トンボ頑張ったね」



二人から褒められ、嬉しくなってしまった俺は緩んだ顔を隠すように頭を掻きながら改めて頭を下げた。



「いやいや、二人のおかげ。姫が商品を用意してくれて、マーズが色々アドバイスしてくれたからなんとかなったんだよ」


「でもさ、昼間も言ったけど考えて動いたのはトンボでしょ、それは誇っていい事なんだよ。トンボ、商売始めてからほんとに成長したよね」


「まぁ姫が凄いってのは否定しないけど、トンボも今回は責任持ってやって偉かったよ」



二人の褒め殺しに「いやぁ、それほどでも」なんて言いながらどんどん頭は下がり、俺は逆に土下座でもするような姿勢になってしまっていた。


そんな俺の頭を、姫の手がポンポンと叩いた。



「それで、頑張った商品開発部にさぁ、お返しとかないの?」


「え? あの、よければ肩でも揉みましょうか?」


「姫、肩こりなんかしないもん」



あんまりに自然すぎて意識もしてなかったけど、そういや姫って義体だったな。


とはいえ、二人に世話になりっぱなしなのは厳然たる事実。


ジャンクヤードに、なんかいいものでも交換されてきてないかな……?



「あれ? なんだこれ」


「え? 何?」


「どったの」



俺がジャンクヤードに入っていた見慣れない物を取り出すと、二人ともそれを見ようと近づいて来た。



「手紙だ」


「え? しかも書かれてるの、日本語じゃん」


「どういう事どういう事!?」



そう、それは日本語。


宇宙のどこかに繋がっているはずのジャンクヤードに流れてきた物なのに……


その真っ黒の封筒の表面には、金字で『あなた様だけに特別なご招待』と書かれていた。


人に向けられてみて、ようやく自覚できた。


その言葉はあまりにも……あまりにも怪しかった。

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