第8話 要望と猫とおすそ分け

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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年が開けて一ヶ月。大学の授業が再開して、学業と商売とバイトの掛け持ちで大変な今日この頃。地の底はそこそこ賑わっていた。



「トイレ借りるよ」


「はぁい」



簡易トイレには結構な数の人が出入りし、入り口の横に置いた料金徴収箱にもどんどん硬貨が溜まっていっている。


音対策にアプリ経由でラジオが流され、そのためのタブレットやスピーカーの入った鍵付きの備品ボックスの中では、一緒に入れた空気組成変換器がフル稼働で脱臭作業中だ。



トイレだけではなく俺が用意した段ボールの休憩所も大好評……


というほどではないがそこそこの使用率になっていて、今も午前中の探索に疲れ切った人達が川の字になって昼寝をしていた。



「えー、麦茶一リットルと単四電池二本、それとマルゲリータピザね」


「猫の旦那、よく焼きで頼むぜ!」



背中にコンパウンドボウを吊った禿頭の岡さんが、人差し指を立てながらそんな事を言う。


この人は毎回マルゲリータを頼んではこんな事を言うのだが、実際よく焼きで持ってくると「焼きすぎ」と文句を言うめんどくさい人だからピザは普通焼きだ。



「ここで調理するんじゃないんだから無理だよ。えー、二千円だね」


「あ、あと今度企業からおおスカラベの甲殻収集の依頼受けるんだけどよ。グラインダーと変えディスクって調達できねぇか? できたらグラインダーは充電式で貸し出しにして貰えりゃ荷物が減るんだが……」


「貸し出しねー、需要があるんならそれもいいんだけどさぁ」



マーズが渋ると、岡さんは「わかってないね」とでも言うように苦笑しながら左手を振った。



「これが結構あるんだって! 他の奴らにも聞いてみな」


「まぁそこは応相談って事で、岡さんのアカウントはわかってますんでSNSのDMで詳しい要望送ってください。はいこれ商品」



お金を受け取り、ペットボトルと電池、それとホカホカと湯気の立つマルゲリータピザを紙皿に乗せて引き渡す。



「へっへっへ、俺のつぶやきなんか見てくれちゃってんの?」


「土日は競馬ばっか行ってますよね」


「おっとっと、ネットってのは怖いねぇ~」



ニヤニヤ笑いながらそう言って、岡さんは二つ折りにしたピザに齧り付きながら去っていった。



「トンボの言った通りSNSで開店日告知してよかったね。利用者も増えたし」


「でしょ? やっぱ便利な方がいいもんね」



もちろんSNSで活動を始めたといっても大っぴらにやってるわけじゃない。


常連の人にアカウント名を教えて、具体的な事は何も言わずにこっそりと情報発信をしているのだ。


もちろん大した集客増加は望めないけど、変にネットの冒険者嫌いに絡まれても困るし、税務署も怖いしね……。



「そんで工具どうすんの?」


「工具レンタルねー、そりゃあれば便利なんだろうけど、貸し出しの管理と先立つものがなぁ……」


「なになに川島君、工具のレンタルも始めるの?」



声をかけられて顔を上げると、黄色の靴紐の編み上げブーツに黄色いマウンテンジャケットを着て、首にはへんてこな猫耳付きヘッドセットを引っ掛けた阿武隈さんが立っていた。



「あ、いーでしょこれ、マーズくんとおそろい」



俺の視線を感じたのだろうか。


阿武隈さんは首の猫耳ヘッドホンを指さして、隈のある笑顔でにこりと笑った。



「いつも思うけど、阿武隈の姉さんは衣装持ちだよね」


「まーねー。こんな地の底で仕事してるとさー、食べるか着るかしか楽しみないしね。あたし狙撃手だからさー、プロテクターとかも少なくてそこまで服も制限ないし」



そう言って、彼女は背中に背負ったモスグリーンのクロスボウを揺らす。


ダンジョンの中でも服に気と金を使う女性は意外といるが、彼女の場合は服に合わせてクロスボウの色まで変えてくるのが凄まじいと思う。


一体家に何本持っているんだろうか……。



「それよりさー、工具のレンタルいいじゃん。やろーよー」


「あー、需要ありますかね?」


「あるある。工具って重いしー、充電切れるしー、刃とかビットも折れるしー、大変なんだよねー」


「たとえばレンタルできるならどういう工具がいいですかね?」


「そりゃハンマードリルにレシプロソーにー、グラインダーも……あ、投光器も絶対欲しい!」


「い、いろいろ必要なんですね……」



俺がスマホにメモりながらそう言うと、横から返事が返ってきた。



「そうなんだよね。工具はほんとにデッドウェイトだから困ってんだよ」



そう言いながら俺と阿武隈さんの間にニュッと首を突っ込んできたバラクラバの気無さんは、首元をポリポリ掻きながら机に五百円を置いた。



「ブラックとタバコ二本ね。あと工具もいいけど、単純に水が使えたり電子機器充電できたりするのも嬉しいかも」


「な、なるほど……」



商品を渡すと、気無さんはタバコを咥えながら「ほんとはこうして物販してくれるだけでも十分助かってんだけどね。ま、考えといてよ」と言って灰皿の方に向かった。



「たしかに水が使えたら超便利かもねー、あ、そうだ! 川島君、素材の買い取りやらない? 冒険者ってボウズの時もあるけど、狩りすぎて持ちきれないって時も結構あるのよね」


「いやーそれはちょっと……目利きもできないので……」



魔物素材の買い取りについては一応マーズと話し合った事もあったのだが、俺達に素材の状態を見極めるノウハウがないのと、業務に伴うトラブルが怖いのでやらないという事になっていた。



「うーん……あ! ちょっと待っててね!」



顎に手を当てて何かを考えていた阿武隈さんは、そう言ってから何も買わずに仲間の元へと戻っていった。



「どうしたんだろ?」


「わかんないけど、お財布忘れたんじゃない?」



マーズと二人でそんな事を話していると、彼女はなんだか重そうなゴミ袋を持って帰ってきて、それを俺の方に突き出した。



「川島君、これあげるー」


「え? なんですかこれ?」


「これはねー、苔蜥蜴モスリザードの肉だよ」



言われてみれば、白いゴミ袋の中身はなんだか赤黒い気がする。


苔蜥蜴というのは、今俺達がいる東三ダンジョンのAベースと呼ばれる大広間より先に出てくる、一メートル半ほどもあるデカい蜥蜴の事だ。



「でもそれって売り物なんじゃないですか?」


「売り物になんないからあげるの。苔蜥蜴の肉って美味しいんだけどー、冷凍しても死んでから六時間ぐらい経ったら、食べれないぐらい臭くなっちゃうんだよね」


「はぁ」


「でも川島君のアイテムボックスなら時間止めとけるんでしょー? 家帰ったら一回食べてみてよ、カツレツにするのがオススメ」


「あ、なるほど……ありがとうございます」



つまり他の業者じゃ手を出せない商品でも、俺なら捌ける物もあるよって事か。



「そういうのの売り先見つけられたらさー、川島君も儲かるし私達も儲かるしで、言う事なしじゃない?」


「たしかにそうだね。ありがとう姉さん、トンボと一緒にもうちょっと勉強してみるよ」


「うんうん、苦しゅうないよ」



阿武隈さんは満足そうに頷いてから踵を返し。



「あ、買い物するの忘れてた……洋菓子ください」



すぐにまた戻って来たのだった。






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ここらへんからVer.1と完全に分岐し始めます

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