樹﨑光夜

18:secret

―― じゃあメンバー一人ひとりに訊いて行こうかな。君達にとって樹崎光夜きざきこうやっていう人間は?

谷崎諒たにざきりょう(以後谷崎): バカ。

――バカ?っと、理由は後で聞くわね。じゃあ次。

水沢貴之みずさわたかゆき(以降水沢): ダメ。

大沢淳也おおさわじゅんや(以降大沢): 奇人。

草羽少平くさばしょうへい(以降草羽): 変人。

――え、えーと、みんな即答で酷い答えだけど(苦笑)

谷崎 : オレはこいつらん中じゃ割と長く付き合ってる方だけどあんなバカ、そうそういるもんじゃねぇよ。ていうかオレの人生で出会った最大級のバカ。

―― 最大級って……。

谷崎 : いやいや聞いて。これから納得せざるを得ない話、すっからさ。

―― ではどうぞ(笑)

谷崎 : 音楽バカとか言やぁ聴こえはいいけどさ、あいつぁマジでただのバカなんだよ。ってのもさ、ファーストライヴのアンコールん時、一番最後の最後にやった曲、覚えてる?

―― 50'sっぽいリズム&ブルース調の?

谷崎 : そうそう、あれインプロ(インプロヴィゼーション:即興演奏)なんだよ。信じられる?そんなことバカじゃなきゃ思いつかねぇって(笑)

—― インプロってソロだけじゃなくて、曲そのものが即興だったってこと?

大沢 : ですね……。

―― それは確かに……(苦笑)でも言っちゃうけどソレ、あそこまで完璧にやり切った君たちも相当アレなんじゃない?

谷崎 : それを言われちゃうとねぇ。なんでアクセントとか締めとか全員綺麗にまとまったのか未だにイミ判んねぇもん。

草羽 : 俺もそれ、思いました。なんかこう、音楽を通して通じ合ってる!って以上の何かがありましたよね!

水沢 :?

大沢 : ねぇんかい(笑)

―― 結局、光夜君だけじゃなくてみんな凄いってことね、信頼感とか。

草羽 : でもそれ考えついたのも、まとめたのも光夜さんですからね。やっぱり天才だと思いますよ。

水沢 : 光夜は音楽的に天才だけど、あと全部ダメだからねー。

大沢 : それすっげぇ判るわ。まぁでもなんだかんだ言っても凄い人だと思うけどね。オレは。

草羽 : そうだね。誰がどんな曲好きだとか、どんなスタイルなのか、とかちゃんと全部理解して考えてるもん。

―― ファーストアルバムの作曲の指示も光夜君が出したんだってね。

水沢 : そう。それでエライ目にあったのはおれ。

―― らしいね(笑)でも貴君の曲がアルバムタイトルになったんだからいいんじゃないの?

水沢 : 選んでくれたのは確かに嬉しかったですね。でもおれ、あの奇人さんと違って目立ちたがりじゃないから(笑)

草羽 : 確かに奇人だとは思いますけど、俺は尊敬してますよ。そりゃ時々挙動不審になったり訳の判らないこと口走ったりするけど(笑)その突拍子のなさも結果的に今の樹崎光夜って人を形作ってるんじゃないかって思いますから。

―― 昔からあんな風だったからね、光夜君は。ソロの頃も色々周りを巻き込んでゴタゴタやってたけど結局は良い方向に向かっていくんだよね。

大沢 : このメンバー構成だって光夜さんが独断で決めたみたいで、そりゃあもう周りは騒いだみたいですよ。オレはまぁインディーズでは結構名前売れてた方でしたし、諒さんは元々有名だったし、始めは凄いメンバーになるかも、って思ってたら、次はフリーターと高校生でしょう、マネージャー以外でもかなり頭痛めた人、いたみたいですよ。

—— それは、確かに(笑)

水沢 : そのフリーターだって頭痛めたよ(笑)

草羽 : その高校生もですよ(笑)

—― けっこう前触れもなくって感じだったの?

草羽 : 前触れも何も、ある日突然目の前に現れて、僕のバンドのギターは君なんだ!みたいな感じでしたね。

水沢 : おれもおれも。

―― 怖い。

草羽 : ですよね。

―― 良く上手くまとまったね、このバンド。

谷崎 : 僕は天才だから、の一言だよ。

―― 言いそう。

谷崎 : まぁでも結局こうして曲を聞いてくれる人が増えて、ライブを楽しみにしてくれる人がいるっつーのはさ、ヤツの凄さを認めざるをえないんだけど。

―― 先見性があるんだろうね。そんな素振りは全然見せないけど、常に先を見てる。

谷崎 : 先見性が聞いて呆れるって(笑)

大沢 : 僕はニュータイプだからね、とかフツーに言うんですよ、あの人。

―― それもすごく普通に言いそう(笑)


―― 今回からバンドって形で始まった訳だけど、何か一言ある?

谷崎 : ま、ライブん時も言ったから判ってもらってはいると思うけどさ、オレ達はThe Guardian'sガーディアンズ Blueブルーであって、樹崎光夜とバックバンドじゃねぇぞ、ってことだけは、改めてきちんと言っておこうかなぁ。

大沢: 元どこそこのメンバーだとか、そういう先入観は抜きにして、The Guardian's Blueとして曲を聴いてくれれば嬉しいですね。

草羽 : 俺も高校生だから、とかそういうことは嫌ですね。プロ高校生ギタリストとか、色眼鏡的な話題性なんて面白くないですし、そういうのはThe Guardian's Blueの音楽とは全然関係ないですから。そういう色眼鏡なしで素直に俺達の曲を聞いてもらいたいです。

水沢 : とりあえず覚悟は決まってるからさ、それだけでいいよ。


―― みんなありがとう。お疲れ様でした。

一同 : お疲れ様でした。



 とある音楽雑誌を読んで僕はニヤニヤしている自分に気付いた。このインタビューが載っている音楽雑誌『Rockロック Offオフ』と雑誌記者、稲美恵衣子いなみえいこさんは僕(つまり樹崎光夜大明神なワケだが)が随分と昔、ソロの頃からよく世話になっていたりする。元々このインタビューは僕から恵衣子さんに依頼したものなんだけど、僕にとってこんなにも面白い反応が返ってくるとは思いもしなかった。や、どうせあのメンバーのことだから面白くなるに決まってるんだけど、ちょっと僕の想像を越えていたんだよね。別に僕だって彼らをバックバンドとしてなんて見ている訳じゃないし、そんな見られ方は僕ら全員にとって一番嫌なものだ。むしろ僕の方が彼らに支えられて好きなことをできてるって思うし。だからこそ彼らだけでのインタビューはパーソナリティの確立にも役立つし、何より面白そうだったから、実際やって良かったと思ったんだ。


――ピンポーン


 今日は本社で恵衣子さんと会う約束をしていたんだ。雑誌を読んで色々考えてるうちに随分と時間が経っていたみたいだ。僕は恵衣子さんを出迎えにエントランスへ向かった。


――三ヶ月前――


 自分で言うのもアレなんだけど、今日は珍しく時間通りにスタジオにきて練習をした。何しろ今日はテレビに出なくちゃならないからね。

 諒と貴はテレビには出たがらないけど、折角マネージャーの香瀬こうせちゃんが取ってきてくれた仕事だし、ここは一つ折れてもらうしかない。それに今日出演する番組はテレビで見ている分には僕は結構好きな番組だったりする。実際の演奏もオケじゃなくライブでやらせてもらえるし。

「あーあ、ホントに出んのかよぉ……。オレあのコメディアンにはたかれたらカウンター気味にぶん殴っかも」

「物騒なこと言わないでよ諒さん」

 少が僕と同じことを思ったんだろう。慌てて諒に言う。本当にやりはしないだろうけれど、本当にやりそうな口調で言うからなぁ、諒は。

「ホントにやりゃあしねぇけどよ……」

「でもやりそうで怖いなぁ」

 にへへ、と笑って僕は諒に追い討ちをかける。

「諒が暴れたらおれも便乗していいですか」

 物騒なことを笑顔で言わんでくれたまい、水沢貴之。は、なんだか今日は考えていることがまともだ。こういう時はダメな時だ。まともなことしか喋れない気がする。

「えー、貴は緊張しちゃってダメなんじゃね?」

「でも緊張しすぎるとブチキレるじゃん?」

「や、それ計算ずくでキレるだけじゃん?」

「この貴ちゃんが計算ずくって時点ですごくない?」

「待て待て、緊張するとブチギレって方程式がそもそもおかしい」

「ホーテーシキは難しいんだぜ」

 貴と淳のやり取りはいつも面白い。この従兄弟は兄弟同然に仲が良くて羨ましいなぁ、といつも僕は思う。でも好きな音楽スタイルなんて全然違うからまた面白い。例えばこの二人、女性だけで編成された僕らの大先輩バンド、sty-xステュクスっていう女性バンドが好きなんだけれど、じゃあsty-xの曲では何が好き?って訊くと、全くタイプの違う曲を挙げてくるんだよね。だから、二人で作曲させたりするとかなりぶつかるんだよね、この二人。

「ま、諒と貴は黙っててくれればいいよ。僕と少と淳で話してればいいと思うし。ほら、昔からリズム隊は目立たないのが常だしね」

「判ってるって。何も話すこたぁねぇよ。まともに音楽も聴けない音楽番組の司会なんて」

 はっきり物を言ってすっきりした性格なんだけどねぇ、諒ちゃんも。でも言うときは容赦ってものがないし口も悪いから、その辺を知らない人は敵になりやすい。敵も味方も多い。諒ちゃんは昔からそうだ。ま、僕はそういうとこ、大好きなんだけど。判ってる人だけ判ればいいんだろうしね。ようは本人同士の問題でさ。

「おーい、みんな揃ってる?そろそろ行くよ」

 香瀬ちゃんが、僕らが勝手に命名した”ダベ室”に入ってきた。もうそんな時間か。

「約二名気が進まないらしいけど」

「ムシ!さ、行くわよ!」



「思ったよりつまらなかったね、光夜さん」

「ん?あぁ、そうだねぇ。あの二人は人気爆発中のアーティストか女性アーティストじゃないとトークものらないんじゃないかなー」

 収録後、淳が言ってきた。最近では数少ない音楽番組だし、仕方がないとは思う。人気のお笑いコンビを司会に据えてトークで盛り上げるっていう形は見る人にとっては面白いものだろうと思うし、CDやライブだけでは判らないミュージシャンの意外な一面も見られて良いのではないかと思う。

「おれは思った通り、つまんなかったな」

「へん、本物の早宮響はやみやひびき見てニヤニヤしてたくせに」

 貴の言葉に淳が突っ込んだ。

「えー!貴、響ちゃん好きなんだ!」

 知らなかったなー。貴ってあんまり女性シンガーって聴かないと思ってた。

「うん。だって歌うまいし。かわいいし。唄うまいし。かわいいし」

 早宮響は最近立て続けに出てきたいわゆるアイドル歌手の一人だけど、飛びぬけた歌唱力を持っている子だ。ただプロデューサーに恵まれないせいか、泣かず飛ばずの曲ばっかりっていうのが実状だ。最近のアイドル歌手にはありがちな、プロデューサーと曲が良ければ誰が歌っても売れる、というスタイルには馴染んでいない。このままにしておくには実にもったいない逸材だ。響ちゃんに欠けているのは響ちゃんの歌唱力を生かせる優秀なプロデューサーと曲、というアイドル歌手には必要不可欠なものだったりする。こうやって日本の音楽シーンは一つ一つ未来ある才能を潰していってしまうんだ。そういう子達に僕はチャンスさえあれば救いの手を差し出してあげたい、と常々思ってたりもする。でもなかなかそんなチャンスなんてあるものじゃないんだけれど。


「――私は、アイドルになんてなりたくないんです!」

 僕らは僕らの控え室に向かって廊下を歩いていたんだけど、その途中で突然大きな声と共に控え室の扉が激しく開いた。そして中から女の子が一人、飛び出してきたのだ。扉には『早宮響様控え室』と書いてあって、飛び出してきた女の子は泣いていたりする。しかも全然前を見ていなかったりする。僕はそっとその女の子が正面にくるように左に半歩ずれた。

「いて!」

 ――チャンスかもしれない。すぐに同じ扉から女の子を追いかけるように男が飛び出してきた。

 状況判断、開始。

 女の子……早宮響。

 男……マネージャー。

「お!ちょ、おま!足!おれの足踏んでるって!」

 女の子はまっすぐ僕の方へ走ってきてぶつかった。やっぱり響ちゃんだった。僕は響ちゃんをできるだけそっと止めるようにして、少し腰を落とし、膝を曲げ、ぐぐぐ、っと踏ん張った。

「いたぁー!ちょ、まー!いてぇバカ光夜!」

 外野がうるさい。響ちゃんをきちんと止めることができたことそ確認すると、僕は響ちゃんを背にかばい、一歩前に出た。別に追いかけてきたマネジに文句を言ってやろうとかそういう訳じゃない。どこかのスーパーバンドに所属しているくせにオバカなベーシストがたいへんにやかましいからだ。

「!」

 追いかけてきた響ちゃんのマネージャーの顔を改めて見て、僕はほんの一瞬だけ、凍りついた。良く知っているどころじゃない。忘れようもない顔だった。かつて一人のアイドルを自殺未遂にまで追いやったその男は……。

風間かざま昭夫あきお……」

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