前編2:引きニート、死す

 そして翌日。


 一応、仕事を貰える場所には覚えがある。


 いわゆる冒険者ギルド。少なくともこの町の冒険者は魔物の討伐をするばかりでなく、街の掃除や猫探し、浮気調査なんかまで手を出している便利屋らしい。 

 

働いたことのない後路の勝手なイメージだが、派遣社員と探偵を足して二で割ったような職業だろう。


 つまり、冒険者ギルドとはこの町におけるハローワークのようなものだ。

ちなみに、半年前に場所は調べてあるのでわかっている。


 時刻は真昼間。


 冒険者ギルドから少し離れた路地裏、その陰から、後路は恐る恐る様子を伺っていた。


 きっと、中では荒くれが酒を飲んで、叫んで、ガンギマリした眼で喧嘩をしているに違いない。


 半年前、後路はギルドの場所こそ調べたものの、中に入ったことはなかった。


 単純に怖かった。


 でも、今はそうは言っていられない状況。働かなければ臓器を売るしかない瀬戸際に立っている。


(頑張れ私、負けるな私)


 意を決して、冒険者ギルドの扉を「ばあんっ」と叩き押し、叫ぶ。


「か、かちこみじゃああああ!!!!」


 扉の先には殺風景な光景が広がっていた。整頓された机、統一感のない椅子、紙の貼られた掲示板。


 緑髪の美人受付嬢以外、人っ子一人いない。まさしく閑古鳥が鳴いている。


「扉は静かに開けてください」


 受付嬢が、笑顔で怒っていた。


「あ、すみあせん……」


 委縮する後路。ビビッてうまく謝れなかった。


 ど、どうしよう。怒られる……。


「……とりあえず、中に入っては?」


「ひゃ、ひゃいっ」


 極度の緊張もあり、手足が思うように動かない。ギギギと音がなりそうな動きで、ようやく受付の前へと辿り着く。


(あ、えっと、これからどうすれば……そ、そう、カチコミ……じゃなくて、お金をもらいに来たわけで、えっと、お金をもらうには……?)


 後路のコミュ障は引きこもっていた半年間で、相当に悪化していた。当然のように混乱する彼女は、震える口を必死に動かして、己の願望を搾り出そうと顔を上げる。


「臓器を売りに来ました……」


「ここを何だと思ってるんですか?」


 ジト目を向けてくる受付嬢。


「あ、すみません。間違えました……あの、その、お、お仕事を貰いたくて……ティ、ティッシュ配りとか……」


「そうですか。では、冒険者カードの提示をお願いします」


「……冒険者カード?」


「ああ、失礼。初めてでしたか。所有スキルと職業を登録していただければ、簡単に作れますよ」


「じゃ、じゃあ、お願いします」


 どうやら臓器は売らずに済みそうだと、後路はほっと一息つく。3日で7万ゴル稼げれば、また引きこもり生活に戻れるのだ。それまでの我慢。


(やればできる子、それが私! 頑張れ私! イケイケ私! ふぁいおー!)


 受付嬢が訊く。


「では保有スキルと職業からお願いします」


「えっと、主なスキルは『阿修羅覇王拳』で、職業は……武術家です」


「お名前は?」


「影宮後路です。影宮がファミリーネーム? です」


「カゲミャウシロ様ですか………うん?」


「な、なんですか?」


 名前を聞くや否や、受付嬢が不思議そうにじっと見つめてくる。また何かやらかしただろうか。やっぱり臓器を売らねばいけないのかと、後路は不安顔を浮かべる。


「生きてますよね?」


「え……私って死んでるように見えるんですか……?」


 不健康な生活を送っている自覚はあるが、死人と見間違えるほど顔色は悪くないつもりだ。

 ……いや、これは遠回しなイジメ……? 冴えない奴でごめんなさい。


「失敬。実はつい二週間ほど前、カゲミヤウシロという方の葬儀が行われたもので。同姓同名でしょうか? それにしては珍しい名前に思えますが……」


「………ソウギ?」


「お葬式のことですね。半年前から行方不明リストに登録されていたのですが、どうやら、知人を名乗る方が死亡届を役所に提出したようです。冒険者ギルドでも捜索依頼の取り下げがありました」


「引きこもってる間に殺されてた……!?」


 あるいは私は幽霊だったのだろうか……。死後も彷徨う幽霊。自分が死んだことに気づかず、生きているように振る舞うという……。


「こんにちはー!」


 からんからんと扉が開く音と共に、元気な声が室内に響き渡った。


 驚いて振り返ると、そこには元気そうな金髪の女の子がいた。年は後路と同じくらいで、サイドテールと触覚ヘアーが特徴的のギャル系女子。


 彼女は受付まで歩いてくると、一枚の紙を受付の机に差し出した。


「ミリィさん、依頼完了したので受理おねがいしまーす!」


「ツツキさん、お疲れ様です。お元気そうですね」


「あはは……いつまでも、くよくよしてられませんから」


「そうですか……ちょうどよかった。彼女はツツキさんのお知合いですか?」


「彼女?」


「ツツキさんがお探しになっていた、カゲミヤウシロ様と同じ名前らしいのですが」


 受付嬢のミリィは、ツツキと呼ばれた少女を誘導するように、後路へと顔を向けてきた。

 後路はツツキと目が合った。


「で、でたあああああああああ!!!!!」


「ぎゃああああああ!!!!!!」


 見つめ合うこと数秒。先に動いたのはツツキ。驚いて叫ぶ後路。


「悪霊退散、悪霊退散! ナンマンダブナンマンダブ!」


「ぎゃああああああ!!!!」


「き、効いてる! 呻れ、私の御経ぱぅわあああああ!!」


「…………何やってるんですか」


 ミリィは呆れ顔でため息を吐いた。それをみて正気を取り戻したかのように、ツツキはハッと目を見開く。


「ぎゃああああああ!!!!」


「う、ウシロちゃん? ほんとに? わ、私だよ! 啄木鳥筒木だよ!」


「ああああ………あ?」


 どうやら話しかけられているらしい。後路は恐る恐る片目を開ける。


「ウシロちゃん、生きてたんだね……よかったっ!」


 筒木と名乗った彼女は、感極まったように眼に涙を浮かべて後路に抱き着く。さながら感動の再開に喜びあうワンシーンのように見えるだろう。もう片割れが本気で困惑した眼を向けてさえいなければ。


「………あの、だ、誰ですか?」


「え? いや、その……私たち、同じクラス……」


「あ、オレオレ詐欺は間に合ってるので、それでは」


「まって! 去ろうとしないで! 佐々木中学三年B組、出席番号5番の影宮後路ちゃんでしょ!? 私だよ! 二つ後ろの席の啄木鳥だよ!」


「すみません知らない人についていかないようにお母さんに言われているのでお話があるなら学校を通してからにしてくださいそれではさようなら」


「わあ、すごい早口……じゃなくてっ! お、お話! お茶でも飲みながらお話しよう! お菓子もあるよ!」


 お茶。お菓子。

 後路は食事だけは少しだけ我慢して、買い控えしていたせいもあって、甘いものはこの半年間あまり食べていない。後路は無言で近くの机に近づくと、控えめにちょこんと腰かける。


「お、お話だけなら……」


「「…………」」


 二人に心配そうに見つめられる後路だった。

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