中編2:オーダー入りました

タイトルずれてたので直しました





 時間は飛んで夕方。あと30分で日が落ち切るという時間帯。


「ここだよー」


 さりげなく軽食を奢ってもらった後路は、その足で筒木のバイト先へとやってきていた。


 目の前には2階建ての木造の建物。そこは大通りから一本外れた場所で、周りにはいくつかの店が並んでおり、そこから漏れ出た光が石畳を紺色に照らしている。ちょっとした夜の繁華街といった雰囲気だろうか。ウェイ系のキャッチこそいないが、一人では歩きたくない場所だった。


 ちなみに、他の二人とやらとは、まだ顔合わせをしていない。どうやら仕事の時間帯がずれているらしく、彼女が昼間に冒険者ギルドに来ていたのも、夜遅くまで働いていたからとのことだった。


「こんばんはー」


「こ、こんばんはー……」


 筒木に続いて入店。内装は小さな居酒屋といった様子で、ホールと厨房が吹き抜けになっている。夕方にも関わらず客も少なくなく、そこにはちょっとした喧騒があった。中では茶髪の女性が慌ただしく料理を作っていた。


 年は大学生よりは上くらいだろうか。つい姉さんと呼びたくなるような風貌。元ヤン特有の雰囲気があった。


 彼女は後路達のほうへと振り返ってくる。


「おー、着てくれたかツツキ……ん? その子は?」


「ほら、店長、前にバイト募集しても来てくれなボヤいてたじゃないですか。助っ人に誘ったんですよ。ウシロちゃん。店長のハリキルさんだよ。見た目はちょっと怖いけど、すっごく良い人だから!」


 筒木の背中に隠れていた後路だが、背中を押されて一歩前へと歩み出た。


 90度に腰を曲げると。


「ははははは、はじめまして、か、影宮後路です! よ、ヨロシクオナッシャース!」


 やけくそ気味なヤンキーじみた挨拶に、周りの客が後路へと顔を向けるが、当の本人は気が付かない。


「カゲミヤウシロ……なるほどな。見つかったのか」


 ハリキルに目を向けられて、筒木が小さく頷く。


「はい。今日、たまたま」


「そっか、よかったな。えーっと……助っ人だっけ? 正直、かなり助かるよ。気温が冷え込んでくるとは酒が旨いってんで、この時期は客が増えるからなぁ」


「そ、そうなんですか?」


 冬の寒空の下、おでんの屋台でお酒を飲むサラリーマンが後路の脳内に浮かんだ。

なるほど、あれはそういうことか。


「そんなわけで、期待してるぞ。最初は大変だろうが、頑張れよ」


「は、はいっ!」


 頼られている。必要とされている。


 元々、人から頼られることがほとんどない人生を送ってきた後路だが、この半年間はそれが常態化していた。それどころか人との付き合いが皆無と言っていい生活である。


(が、頑張ろう……!)


 後路は無謀にも気合を入れた。


「んじゃ、早速で悪いが、ちょっと込み始めたんだ。急いで2階で着替えてきてくれ。予備の制服があったはずだからよ」


「はーい。いこ、後路ちゃん」


「は、はいッ」


 後路は筒木に続いて、2階へと上がっていった。



 店の制服に着替え終えた二人は、厨房へと入った。


「こっちが使い終わった食器を置く場所で、新しいお皿はこっち。あまり数がないから、頻繁に洗わないとすぐなくなっちゃうから注意ね」


 筒木に仕事を教わりながら、後路はふんふんと頷く。


(なんだか結構簡単そう? 皿洗いなら、多分、私にもできるし)


 労働って案外ちょろいのかもしれないと、後路は根拠のない自信を持った。


「注文を取る時はメモを取ってね。絶対覚えられないから。そんな丁寧に書く必要はないけど、メモは調理してる人が読むから、汚すぎるのは駄目。もちろん日本語じゃなくて、こっちの文字で書かなきゃ読めないからね」


「接客……」


「注文いいすかー?」


 そんなことを話していると、厨房前のカウンター席に座る疲れた風貌の男が、後路達に声をかけてきた。


「丁度良かった。あたしが注文取るから、後ろで見ててね―――はーい、ご注文ですねー」


 筒木は胸ポケットからメモを取り出し、客と向き合う。後路は、その後ろで一言一句聞き逃すまいと睨むように見学する。その手には、事前に借りていたメモとペンが握られていた。


「枝豆とピーマンの兎肉詰め。それとエールを一杯ください」


「はい、枝豆とピーマンの兎肉詰め、エールですねー」


 さらさらとメモを取っていく筒木を見ながら、後路は壁掛けのメニュー表を見やる。


 枝豆500ゴル。

 ピーマンの兎肉詰め600ゴル。

 エール800ゴル。


(……は、恥ずかしいけど、今の私ならできそう、かも? 期待されてるし、このくらいはできないとだよね?)


 ちょっとだけ調子づいていた後路は、「よし」と握りこぶしを小さく掲げた。


「あ、あの、私もちょっとやってみていいですか?」


「お、ウシロちゃんがやる気になった。いいねいいね。やってみよー!」


「あ、ありがとうございます。それじゃあ……」


 後路は「ごくり」と喉を鳴らす。


 初めてのバイトに、初めての仕事。今まで何の目標もなく、淡々と日々を消化するだけの人生において、これほど緊張したことはない。後路にとっては少しハードルは高いような気もするが、これは人生の転換なのだ。


 このくらいの仕事ができなくては、この世界で生きていくことなんてできやしない。


(よ、やし、やるぞ……!)


 後路は覚悟を決めた女の目を『たった今、注文を取った客』に向けると、満面に不器用な笑みのようなものを張り付けた。


「ふ、ふれー! ふれー! しゃ、ち、く! 頑張れ頑張れ社畜! わあああああああ!!!」


 後路は筒木の仕事を見学することになった。

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