第5話 バカの妄想 ミソギポイント

 今日の空はパステルピンク。

 緑の植物に覆われるカフェのガーデンテラスに、金ピカの椅子が置かれた。黒の制服の傀儡くぐつはそこに座り、キラキラの背もたれに背をあずける。まちと、街をとりかこむ、白い雪をかぶった黒い山々をみわたした。

 ヌッタスートたちが、ニコニコしながら傀儡くぐつの肩をもんだり、ひざをついて足をこすったりした。彼らはみんな青髪、青目。ひたいからはえたアンコウのような触覚しょっかくの先端は青く、よつまたにわかれている。

 カフェの前を通り過ぎるヌッタスートの中には、嫌そうな顔で、ちらちら傀儡を見、通りすぎる者もいる。

 肩をもむアイキンが、媚びるように言った。

 

「クグツ、いまのわたしのポイントはどれくらいかな。結構善行ぜんこうしたと思うけど」

「なんだその呼び方は」

「ご、ごめん。なんと呼べば」

「神様と呼べ」

「神様。わたしのポイントを教えてください」

 

 傀儡は表情を変えなかったが、心の中でじぃんとした。

 

(ついに言われた。神様! 異世界サイコー!)

 

 念じる。ぽやっと風船のような数字が浮かんだ。


 3150

 

「はあ。まだこれだけか」

「もっと善行をつめ」

「はい」

 

 クククと、笑いがとまらない。

 

「善行といえばちょうどいい。1000ポイントゲットのチャンスをくれてやる」

「ほんとですか? やったあ」

「どんなことをすれば?」

「特別な善行だよ」

 

 

 スマホにメモしてあった。

 

『……年、……で逮捕……された……は……、信者を……に加担させることで罪悪感を植え付け……、……から抜けられなくさせ……』

 


 ガーデンテラスの前に、アイキンや、ほかの青のヌッタスートたちが、あるヌッタスートたちをなわで縛り、ひきずりだした。不安気に拘束されているのは、赤髪、赤目、先端が赤くふたまたにわかれた触覚しょっかくの、赤のヌッタスート。

 金ピカの椅子に足をくんで座る傀儡くぐつは、赤のヌッタスートをみおろす。

 

「神様、下等色かとうしょく族を連れてきました」

「ん」

 

 赤のヌッタスートたちは、ひきずられて地面に倒されながら、傀儡をにらみあげる。

 傀儡は念じた。彼らの前に、ぽやっと数字が浮かぶ。


 −100 −200 −300 …… ……

 

 これみよがしに言ってみる。

 

「これじゃあ地獄行きだなあ」

 

 ぽやっと、べつの思念を浮かべる。

 地の底の、煮えたぎる血の湯の大鍋おおなべに入れられる、赤のヌッタスートたち。グロテスクな地獄じごくの鬼が鍋をかきまわわすと、皮膚が溶ける。

 

「……っ」

 

 赤のヌッタスートたちはおびえた。目をそらしている者もいる。

 

「あわれだからポイントボーナスをくれてやる。やれ!」

 

 ある赤のヌッタスートが縄をとかれ、はがいじめにされ、立たされる。

 

「え?」

 

 アイキンがその前に出た。彼はためらう。

 

「あの、神様。やっぱりこれは」

「そいつらが地獄じごくに落ちてもいいのか?」

「……」

「きみはい行いをしている。自分に自信をもちなさい」

 

 アイキンはおそるおそる腕をもちあげ、こぶしで赤のヌッタスートの顔を、しこたま殴った。


「うっ」

 

 赤のヌッタスートの口の皮が切れ、血が飛んだ。

 アイキンはふたたびこぶしをふりあげ、何度も、何度も何度も殴る。

 

「うっ、うっ」

 

 傀儡は指をパチンとならし、念じた。

 赤のヌッタスートの前に、ぽやっと数字が浮かぶ。

 

 −300


 殴られるたび、−299、−298、−297……と、少しずつ数字が増える。

 アイキンの前にもまた、ぽやっと数字が浮かんだ。

 

 3150


 赤のヌッタスートを殴るたびに、数字が増える。3151、3152、3153……。

 とりまく青のヌッタスートたちが、おどろいて顔をみあわせた。

 

「ポイントが上がってる」

 

 傀儡が、

「これは『ミソギ』というボーナスポイント。殴られるものはけがれを落とせ、殴る者は善行ぜんこうができる」

 


 とりまく青のヌッタスートたちや、ガーデンテラスの前をとおる通行人は、殴られ続ける赤のヌッタスートを見て、ほっとする。


(自分は赤じゃなくてよかった)

(赤にはなりたくない)

(赤はよくないもの)

(赤は悪いもの)

 

「ポイントがほしけりゃほかの者もやれ!」

 

 青のヌッタスートたちは、縄でしばられた赤のヌッタスートをはがいじめにして、殴りはじめた。通行人のヌッタスートにも、立ち寄って殴る者がいる。

 かれらの前に数字が浮かぶ。殴られる者は殴られるたびに、殴る者は殴るたびに増えた。

 

 街のヌッタスートや通行人はその様子を見て、おびえ、おそれ、早足で去っていく。


 

 傀儡はぞわぞわと興奮した。

 

(そう。これだ。俺様のひとことでみんなが操られる。この感覚がほしかった!)

 

 アイキンが、赤のヌッタスートをさらに殴ろうと、こぶしをふりあげた。もはや殴ることへのためらいは消えている。

 横からだれかがわってはいり、アイキンに殴られた。

 

「オルピカ……」


 殴られて、ぺっとつばをはいたのは、ピンクの髪、ピンクの瞳、ピンクの触覚のオルピカだった。

 傀儡くぐつ憮然ぶぜんとした。


「アイキン、見損なった。あなたはやさしい人だと思ってたのに」

「……」

 

 頬を押さえながら、彼女はヌッタスートたちに呼びかける。

 

「みんなひどいよ! ありもしない妄想の数字のために、人を傷つけてよろこぶなんて」

「……」


 通行人や、遠巻きに見ておびえていたヌッタスートたちが、声をあげる。

 

「そ、そうだよ」

「ちょっとやりすぎなんじゃ」

 

 青のヌッタスートたちは戸惑った。

 

(まずい)

 

 傀儡くぐつはとっさに、

「お、おまえらも赤なのか?」

「それは……」

「赤に加担する者のポイントはマイナスになる。いかなる高貴色こうきしょく族であってもだ」

 

 ためらった青のヌッタスートたちの前に、ぽやっと数字が浮かぶ。


 0

 

 みんなは怖がった。

 だが、オルピカは胸をはり、言い切る。

 

「そんなのぜんぶうそ」

「なっ……」

「ぜんぶクグツの妄想。だから安心して。みんなが人を傷つける必要なんてない」

「そっか。そうだよな」

「よかった。全部うそなんだ」

 

 オルピカは、ガーデンテラスに背を向ける。赤や黄、そして少数の青のヌッタスートたちは、彼女についていった。

 アイキンがオルピカの肩に触れようとする。

 

「オルピカ」

 

 ぱっと手が払われる。

 

「わたしに触れたら、バカなあなたのバカなポイントが減るんじゃないの?」

「……」


 傀儡はオルピカの背をにらんだ。

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