第9話 Become a super hero

「……さて、と。じゃ、解散しますか!」


一条の一声で、私たちはその場を後にし、駐輪場へ向かおうとした。


「僕、みんなとなら、きっと母さんを襲った神に会える気がする」


武弥が小さな声でそう呟いた。


「うん。絶対、見つけようね」


私は優しく微笑んだ。暖かな春の陽気が、私たちを照らす。少しほっこりした気持ちになった、その時だった。




「なんだ!?」


一条が大声を出す。それに釣られるように辺りを見渡す。私の目には、公演を囲むように広がった光の輪と、それに貼り付けられた謎の札が映った。


「もしかして、神からの攻撃……」


言葉はそこで途切れた。私たちを包み込むように光の輪が膨張し、そこで一瞬、気を失った。次に気づいた時には、そこはもう公園ではなかった。


「こりゃあ……ダンジョンが生成される過程で、引き込まれた形か?」


一条がそう呟く。前回のような暗い小屋では無いが、そこは明らかに別の空間だった。公園にあったような遊具などは無く、ただ緑の草原が広がるだけ。多分、いや絶対ダンジョンだろう。


「でも……今回はちょっーと厄介だな」


そう言って一条は後ろを指さす。そこには、震えながらひざまずく男女10数名がいた。


「おい! これは一体どう言う状況なんだよ!」


「そうよ! 私たちはただデートしてただけなのに! どうしてくれんのよ!」


髪の毛を金と赤に染めたDQNのような風貌のカップルが誰に言うでもなくキレ散らかした。その声は甲高く、タバコ臭く、とても不快だった。


「お……お母さん……」


その声に怯えたのだろうか。10数名の中の1人、母にしがみつきながら震える小さな子が泣き出した。


「あぁ!?鬱陶うっとうしいんだよガキ! おいアマ! 早く泣き止ませろ!」


「すいません……すいません……」


必死に子供をなだめようとする、母親と思われる女性が理不尽に怒鳴られる。不快。本当に不快だ。何故、子供にキレる?何故、弱者を責める? 何故、このような事が出来る? 私は、いてもたってもいられなくなった。自衛隊員だとか、何だとか。そんなのは関係ない。


人として、「藤原夜見」として、許せなかった。


「あの!」


「?」


周囲のみんながこちらを見つめる。覚悟はもう決めている。


「私、陸上自衛隊神殺特別科の藤原夜見と、一条薙と申します!」


「え!?」


私は隊員賞を掲げた。みんなから驚きの声が上がる。そりゃそうだ。神殺特別科なんて、ほとんどオカルトのように扱われていたからだ。


「みなさん、不安な気持ちは分かります! ですが、私たちがいる限り、みなさんの健康は保証します! 私たちに任せてください!」


持てる限りの力でそう言った。不快な声は消え去り、周囲は静まった。


「君」


私は泣き止んだ子供に近づいて微笑みかける。


「お姉ちゃんたちが守るから、安心してね。それと、泣きたい時は泣いていいんだよ」


「……うん!」


その子はみるみるうちに明るい顔になり、遂には満面の笑みを見せた。なんだか、こっちまで嬉しくなってくる。


「夜見ちゃんたちって……神殺特別科だったんだ……」


武弥がそう呟いた。私はフフっと笑った。


「隠しててごめんね。でも、ここは私たちに任せて!」


武弥は頷き、前を向いた。神が来るのを待ち構えるように。


「……来たな」


ずっと黙っていた一条が口を開いた。それと同時に、草木を切りつける音が聞こえた。


「あれは……」


生い茂る草木の中から現れたのは――3mサイズに巨大化した、緑の鎌とぎょろっとした目を持つ、「カマキリの神」だった。


「き、きゃぁぁぁぁぁ!」


DQN女の声が響く。それを捕捉したであろうカマキリは、こちらへとゆっくり歩み始めた。


「おい! 早く助けろ! くそ自衛隊ども!」


「おいおい、いくら俺がお待ちかねだからって、そんな焦んなよ」


うるさい男の声を、一条は軽くいなした。


「せっかくうちのがかっこいいとこ見せてくれたんだしよぉ……俺も、かっこいいとこ見せちゃおっかなぁ!」


一条は目をギラギラさせながら、手を天に掲げた。


「来い! イザナギ!」


そう叫んだ一条の元に、黄金の稲妻が直撃する。砂煙が消えたそこには、光り輝くいつもの「イザナギ化」一条がいた。


「これが……一条くんの力か」


「おう! じゃ、見逃さねぇようによぉーく見とけよ! 」


一条はガッと地面を踏み込み、腰を入れる。そして、左手を前、右手を後ろに大きく引き、敵を見据える。


「じゃ、民衆もいることですし、かっこいい新技見せてやりますか!」




伊邪那岐イザナギ神技しんぎ・迅雷」


一条がそう言い放った瞬間、突如としてその姿が消えた。ただ、雷が落ちたかのような音だけが、少し遅れて響いた。


そう。一条は既に、カマキリを貫いていた。力を込めた構えから、自慢の脚力を使って敵に突進したのだ。その証拠として、腹に大きな風穴が空いたカマキリと、その後ろで拳を前に突き上げながら佇む一条がいた。


「へっ! お前の装甲、大したことねぇな! いくーら強い鎌があったとしても、殺る前に殺られちゃ意味ねぇよ! 一昨日来やがれ!」


カマキリはそのまま地面に倒れ込み、神魂のみを残して、消えていった。


「おっしごとかんりょーっと!」


一条がぐぐぐと身体を伸ばした。気づけば、周囲を覆う草木は消え去り、紅に染まった空と、いつもの街の風景へと戻って来ていた。


「い、い、一条さーん!」


DQN女が、人間の姿に戻った一条に飛びついた。


「私、本当に怖くて……一条さんがいてくれて、本当によかったわ!」


「お、おい……俺は……」


DQN男が情けなく縮こまった。女は気にも止めない。


「しっしっ! 俺は尻軽女には興味ねぇぜ!」


一条は女を軽くあしらう。まるで、ギャグ漫画のワンシーンを見ているようだった。


「一条くんと夜見ちゃん……かっこよかった……」


武弥は小さな声で言った。


「え! 私!?」


「そうだよ! みんなの混乱を、あの一言で収めちゃった! 中々出来る事じゃないよ!」


武弥の純粋な言葉に、私は少し頬を赤らめた。


「僕も、なれるかな。2人みたいな、立派な街の守護者に」


「なれるさ、きっとね」


私は穏やかに、少しの照れを混ぜながら言った。ねぇ、私を自衛隊に入れてくれた、あの「謎の声」の主さんよ。私はなりたい自分に、少し近づけたかな。


「ちょっと奥さーん、今度、お茶でも行きませんかー!……だめ!?ちぇっ! おーい、そこのさっき怯えてた女の子ー!名刺だけでも……あ、いらない……そっか……」


一条のどうしようもない勧誘活動で、ノスタルジックな気分から現実に戻された。あんな奴でも、街を守ってるんだよね。……そうだ! 私は一条の制御係で採用されたんだった! こうしちゃいられない! すぐにやめさせないと!


「こら一条! そんな変な事やってないで帰るよ!」


「いーやーだー! 頑張ったんだから、こんぐらいいいじゃねぇかよ!」


「駄目に決まってんでしょ!……ごめんなさいね。うちの馬鹿が」


騒ぎ立てる一条の腕を引っ張り、駐輪場へと連れていく。こんな姿、武弥には見せられないな。

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