一章 陸上自衛隊神殺特別科

第4話 自衛隊、入隊

「んん……」


「お、目が覚めたみたいだな!」


カフェのソファで横たわっていた一条が目を覚ました。ここは稲咲さんが連れてきてくれた「絶対に話が漏れない隠れ家」だ。隠れ家の名の通り、私達以外の客は誰もいなかった。


「さて、と。じゃあ再度、自己紹介をしますかな」


「俺の名前は稲咲龍介いなさきりゅうすけ。陸上自衛隊神殺特別科しんさつとくべつか関東支部の隊長です」


「え!? おっさん自衛隊員だったのかよ!?」


一条は驚きの声をあげた。ゴワゴワの髪の毛と無精髭は、とてもじゃないが自衛隊員には見えない。


「ああ、そうなんだ。でも、みんなが想像しているような自衛隊と、俺の部隊は少し違くてね……」


「神殺特別科は「神殺し」専門のチームなんだ」


「神殺し……」


私は唖然とした。神殺しなんて、それこそSFや神話みたいな作り話でしか聞いた事のない単語だ。それをリアルで聞くなんて、思ってもいなかった。


「この世界には、神がいるんだ」


稲咲さんは淡々と話し始めた。


「鳥居のような形の入口から入る事ができる「ダンジョン」に生息している人智を超えし存在――それが神だ。そのままじっとしてくれていればいいんだが……放っておくと、自ら神社を脱出し、その力で人々を殺戮する」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。理解が追いつかない!」


一条は喋り続けようとする稲咲さんを引き止めた。よかった、一条も理解できてなかったんだね。うん、私もだよ。


「いくつか質問がある。1つ目は、なんでダンジョンがいきなり現れんだ? 2つ目は、なんで神様ともあろう奴が人間を襲うんだ?」


一条の質問を聞いた稲咲さんはふぅ、と小さく息を吐いた。


「……正直、俺にも分からん!!!」


「はぁぁぁ!?」


静かな店内で2人の声がこだまする。私達以外の客がいたら大迷惑確定だ。


「いや、本当にわかんねぇんだよ。うちの研究職の奴らがなんかいろんな研究をしてるみてぇだが……」


「それでも分からん、と」


「おーん。だから、俺が分かってる事だけを今から伝えるな」


稲咲さんは淡々と話し始めた。


「ココ最近、都市部にダンジョンができるケースが多くなってきてな。今はまだ市民に被害は出ていないが、今後増える可能性は大いにある」


「でもよぉ、そんな沢山出ているんだったら、ニュースの一つや二つ出てきてもおかしくねぇんじゃねぇかぁ? 俺、あんなの初めて見たんだけど」


全くだ。あんなでかいのがボンボン出てたら、テレビ局が逃すわけない。


「今までは俺たちが、マスコミどもにバレる前に消せてたんだけどな。今回はちっーと遅れちまった。神の力に覚醒出来る人材が中々いなくてな」


「それって、一条みたいな?」


その通り、と言わんばかりに稲咲さんは指をこちらに向けた。


「多分、一条が食べた石は「神魂しんこん」と呼ばれる、神の力の源なんだ。通常、神の中枢部分にあるものなんだけど……」


そういって、稲咲さんはカバンに手を突っ込んで、何かを取り出した。私達の前に置かれたそれは、小さな電球の形をしていた。


「これって、さっきの……」


「うん、電球の神の神魂だね。これを適合者が食べれば、電球の神の力を使うことが出来る。ただし、その適合者がまっーたくいなくてね。我が関東支部でも、神の力を扱えるメンバーが俺含め5人しかいねぇんだ」


「だからこそ一条! いや一条くん! 君を正式に、関東支部のメンバーに加えたいと考えている! どうか私たちチームに入って、この神の脅威に晒されている日本を助けてはくれないだろうか!」


稲咲さんはこちらに向かって右手を差し出した。ピカリと光った歯と、生気のこもった瞳が眩しかった。


だが、一条は動かない。まるで何事もなかったかのように、腕を組んで目を閉じている。何も語ろうとしない。


「ほ、ほら! うちはアットホームな職場だよ! 在籍しているメンバーはみんな愉快な奴らだし、学校に通いながらでも在籍することができる! 何より年収が……」


一条の耳がぴくりと反応した。まさか……こいつ……


「……具体的には」


「そうだなぁ、活躍具合によるけど、年収2000万は固いかなぁ」


「ふふ……いいじゃあねぇかぁ!!!?」


やっぱりだー! こいつ、金目当てだ! 人を救うとかどうでもいいタイプの人種だー!


「おお、じゃあ是非我が隊に……」


「待て!」


稲咲さんの熱狂を制すように、一条はビシッと言い放った。その顔に笑顔は無い。なんだなんだ、まだなんか要求したいことがあるとでも?


「俺が仕事を選ぶ時はなぁ、金も重要だが、それが1番じゃない。「その職場で夢を叶えられるか」こそ、1番大切な事だと思っている」


なぁんだ、思ったより真面目じゃん。こいつの事だからもっとやばいこと言うかと思ったけど……


「おお!そういう熱い男は大歓迎だ!で、その夢って?」


稲咲さんは再び目をキラキラさせながら一条を見た。その期待に応えるかのように、一条は鼻をフンと鳴らした。


「聞かせてやるよ。俺の夢は――」



「可愛い彼女を沢山作ることだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「「……は?」」


私たちは思わず合わせながら疑問符を口から漏らしてしまった。普通に考えておかしいでしょ。なに? 彼女沢山作るって。普通彼女彼氏って2人で1ペアでしょ。それを沢山って……


「……えーと、それはあんまりお勧めしないが……モテるっていう点だけで言ったら、相当モテると思うぞ」


「ホントかおっさん!!!」


若干引き気味な稲咲さんを差し置いて、一条はハイテンションで顔を近づけた。いや、どんだけモテたいんだよ。ほんとに。


「なら決まりだな! 俺、一条薙は正式に神殺特別科のメンバーになります!」


「そうか! 動機は不純だが……あれほどの戦力が我が関東支部に入ってくれるなんて、とんでもなく嬉しいことだ! 歓迎しよう、一条くん。いや、薙!」


2人は厚く手を握った。男の友情ってやつ? 熱くていいじゃん。じゃ、私はこんなところで失礼しますかな〜


「大変です〜!」


カフェのドアが大きく響いた。私たちはびっくりしてその方向を向く。そこには、ぐるぐるメガネと白衣を着た、いかにも賢そうな小柄な女性がいた。


「ハカセ! どうした!」


「ハカセ」と呼ばれた女性はあわあわしながら手元の資料を私たちに提示し、慌ただしい声で語り始めた。


「おい稲咲、こいつ誰だ?」


一条はハカセを指さして言った。


「彼女はハカセ! 関東支部の情報担当にして、うちの頭脳だ!」


稲咲さんの声に合わせて、ハカセはぺこりとお辞儀した。私たちは軽く会釈をし、ハカセの話を待った。


「いいですかぁ、落ち着いて聞いてくださいねぇ! なんと……龍ちゃんがスカウトしてきてくれたその子の能力が分かっちゃったんですぅ〜!」


「お! それは本当か!」


稲咲さんは席を立ち、子供のような目の輝きでハカセを見る。一条の能力の正体を、今か今かと待ちわびている様子だ。


「ええ! 驚かないでくださいよぉ! この可愛らしい少年が手にした能力はぁ……!」


「能力は……?」



「全ての神を創りし創造主、「イザナギ」なんですぅぅぅぅ!!!」



「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」」


この小さなカフェに、3人の大きな大きな声がこだました。いやだって、イザナギと言ったら、とてつもなく有名な神様じゃない!? 私でも知ってるくらいだし! いやこれ、やばいでしょ! こんなやべーやつが、最強の神を引き当てちゃったってコト!?


「それは本当に本当なんだよな!?」


「もちろんですぅ! あの再生能力は、イザナギが司る「誕生」の神力ですしぃ、龍ちゃんの自転車の神を軽く超えるパワーとスピードも、イザナギなら納得いきますぅ!」


2人は大興奮で抱き合った。私たちはそれをポカーンとしながら見ているだけだった。まだうまく状況が飲み込めていなかったからだ。


「つまり俺は……この最強の能力を活かして、彼女作り放題ってことか!」


いやいや、それは違うと思うぞ。こいつはすーぐそういうことを考えやがる。なんでこんな奴がイザナギなんか手にできたのか……


「そりゃそうだ! お前がその力を人助けのために使えば……きっとファンの子も出来るし、そこから恋愛に発展する事もあるかもしれんなぁ!」


「おっしゃぁぁぁぁ!神がくれたこの力、人助けに利用しまくるぜぇ! よろしくなぁイザナギくんよぉ!」


一条は1人でガッツポーズを作り、大声で笑った。本当はもっとやばい方向(犯罪系……?)にいくかと思ったけど、稲咲さんが上手い方向に持ってってくれたな。神に祈ったときといい、今回といい、人を乗せるのが上手いなぁ。


「あ、夜見ちゃん、ちょっとこっちいいかな」


興奮する一条を横目に、稲咲さんはこちらへ手招きをした。私はそれに従い、稲咲さんのそばへ寄った。


「見ての通り、薙はこんな感じの奴だ。強大な力を持っているが故、それをコントロールするのは難しい。薙の性格上、暴走しちまう事があるはずだ。だから……」


「だから……?」


「夜見ちゃんにも薙と一緒に神殺しを手伝って欲しいんだ」


「……え?」


「ぇぇええええええ!?」


いやいやいやいやいやいやいやいや無理無理無理無理無理無理!!!! こんな私みたいなフツーの人間が、あんなやべーやつと一緒にいれるわけないよ!何考えてんのさ稲咲さん!


「困惑するのも分かるけどさ……でも、お前しかいないんだよ! 共に神の脅威を乗り越え、仲も深まった! メンタルや明るさもあって、何より可愛い! お前が薙を制御してくれれば、きっと上手くいくはずだ! だから頼む!」


「ええ……」


私は迷っていた。稲咲さんが言うには、私がいることで救われる命もあるらしい。だが、その限りではないと私は思う。特別な神の力を持たない私が手伝った所で、一条の足でまといになってしまうのじゃないか。それに……私にはまだ死の恐怖がある。一条と行動を共にするということは、それ即ち死と隣り合わせになることと同じだ。手伝いたいという気持ちがありながらも、口が動かない。了承の声が、出せなかった。


「そうか……悪いこと聞いたな。じゃ、この話は無かったことに……」


「やめるの?」


「!?」


稲咲さんが話を終わらせようとした時、突如、頭の中で女性の声が響いた。ハカセの声では無い。もっと透き通った声だ。ここにはハカセ以外の女性は私を除いて居ないはずだ。一体、誰?


「あなたは本当にそれでいいの?」


声の主は名乗らず答えた。本当に正体が掴めない。不気味だ。


「あなたは1度、夢を叶えるチャンスを逃した。「自分の力で誰かを救う」っていう夢を」


(そ、そんな夢持ってない。そもそも私の夢はかっこいい男の子と……)


「ここまで来てまだ否定するの? あなたは自分の心を隠している。あなたが本当にやりたいことって、これじゃないの?」


「っっ!」


私は核心を突かれ、唾を飲んだ。本当は一条みたいに、自分の力で誰かを救いたい。幼少期から、ずっっと思ってきたこと。でも、私には神の力も無いし、特別優れた頭脳もない。誰かを救うなんて、私は……


「力なんて、私がいくらでもあげるよ。きたる時が来たら、私がイザナギみたいにあげるから。だから、自分を抑えないで。あなたの好きなようにやりなさい」


……そうだ。私は何を迷っていたんだろう。特別な力はなくとも、頭脳で人を救えなくとも、「心」で人は救えるじゃないか。なんて、なんて重要な事を見落としていたのだろうか。それに、私の行動を決めるのは私自身。私の心を私が解放してあげなきゃ、一体誰がしてくれるって言うの。私は、私だけしかいない!


「……やらせてください」


「ん?」


「私を神殺特別科関東支部のメンバーに、いれてくださぁぁぁぁい!」


私はありったけの想いを稲咲さんにぶつけた。これが私の心の声だ。


「お、おおお! やってくれるのか!」


私は素直に頷いた。稲咲さんの顔がぱぁっと明るくなる。


「夜見ちゃんの覚悟、しかと見届けた! これから君は、我々の仲間だ!」


拳を天に突き上げる。これは、私に決意させてくれた、謎の女への感謝の拳だ。……そういえば、あれ、誰だったんだろう……力をくれると言っていたから、神では間違いないだろうけど。神の謎は深まるばかりだ。


「お、お前も入ったのか」


一条がそう言って笑顔を向けた。私はそれにブイサインで返す。


「じゃあよぉ、力を持たないこいつは必然的に俺と一緒に行動するわけだな」


「ん、そうだが? 何か問題でも?」


「いーや、問題は何も無い。でもさぁ、こんな同い年くらいの男女が一緒の部隊で戦うってことはぁよぉ!」


一条は勢いよく言った。この流れ、嫌な予感がする。あの金額交渉の時と同じくらい、もしくはそれ以上……


「これもう実質カップルってことだよなぁぁぁぁ!」


「ほらぁぁぁぁやっぱりぃぃぃ!」


こいつ、どんだけ頭がおかしいの!?あまりに一般常識が欠如している! いや、そもそもこいつに常識なんて、求めちゃいけねぇ!


「てことで! 藤原夜見! お前は今日から俺の彼女だ!」


はぁ……こいつ、本当にどうしようもないな。私を救ってくれた時は、ちょっとかっこいいと思ったのに。そんな気持ちを凝縮して、私は彼にこう言い放った。


「絶 対 に 嫌 だ !」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る