第27話 ifルート(もし真人が復讐を決意しなかったら……)

 【真人視点】


 俺は光輝のことを栄子に問い付めた……彼女は西岡との関係を告白し、涙ながらに謝罪してきた。

でも俺はもう彼女を許す気はない。


「もうお前と結婚生活を続ける気はない!! 後日弁護士を通して慰謝料を請求する!!

出て行ってくれ!!」


「お願い真人! 話を聞いて!!」


 俺は聞く耳持たず、栄子を追い出した。

栄子は実家に戻ったらしいが、未だに俺との復縁を求めてくる。

でも俺にはもうその気はない。


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 後日……俺は弁護士を雇い、西岡と栄子に慰謝料を請求することにした。

2人のライン履歴と光輝とのDNA検査結果を証拠にすれば離婚と慰謝料請求は可能だそうだ。

俺は内容通知を栄子の実家と香帆のアパートに送り付けた。

ラインの内容から西岡が香帆に寄生していることは知っていたので探偵を雇うまでもなかった。

裁判に発展したとしても、証拠がそろっているから勝てる見込みは十分にある。

……でもそんなことをしても、俺の心は癒されない。

琴美や優を失い……香帆だけでなく栄子にまで裏切られた……その中心部にいるのは西岡豪だ!

あいつは俺の人生を台無しにした。

いっそ復讐でもしてやろうかとも思ったけど、人の道から外れる訳にはいかない。

俺が西岡にできることは慰謝料請求だけ……それ以上の制裁はできない。

それがこの国の法律だからだ。


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「それではお先に失礼します……」


 栄子の裏切りが発覚してからしばらく経ったある日の夜…‥仕事を終えた俺は病院を後にして帰宅する所だった。

栄子とは病院内でたまに会うが無視している。

もう彼女と会話すらしたくない。

光輝はひとまず俺が面倒を見ている……でも正直、このままこの子を育てる自信はない。

光輝の体に西岡と栄子の血が流れている……俺の心はそれを受け入れてくれないんだ。

光輝に罪はないと理解しているけど……憎い男と裏切者の女の間に生まれた子供に愛情を抱くほど、俺は心の広い人間じゃないんだ。

西岡と栄子の件が終わったら、光輝を施設に預けようと思う。

こんな俺よりもちゃんとした施設で育ててもらった方が光輝も良い成長ができると思うんだ……なんて言い訳してるけど、要は光輝と一緒にいるのが嫌なだけなんだよな……本当に俺は最低だ。

だから何度も裏切られるのかもしれないな……。


サササ……。


 人気のない夜道を歩いていると後ろから誰かが駆け寄る気配がした。


グサッ!!


「あがっ!!……」


 振り向いた瞬間、腹に激痛と熱がほと走った……目線を落とすと深々と俺の腹に刺さっている刃物が街灯でキラリと光る。

刃物を伝って俺の血が地面にポタポタと落ちていき……大きな血だまりを作っていく。

俺は何が起こったのか理解できず、ゆっくりと顔を上げた。


「か……ほ……」


 俺の腹に刺さっている刃物の柄を握っていたのは香帆だった。

黒いフードとマスクで顔を隠して目しか見えないが目の前にいるのが香帆であることに自信はあった。

かつて愛していた妻だったからか……。

でもなんで……香帆が俺を……。


ブシュゥゥゥゥ……。


 香帆が刃物を抜いた瞬間、俺の腹から血が噴き出した。

それと同時に全身の力が抜けた俺は糸の切れた人形のようにその場に倒れた。


「な……なんで……」


 口から絞り出したのは今の俺の気持ちを凝縮した言葉だった。


「あんたが悪いのよ? あんたさえいなければ……何もかもうまくいくの!!

だから消えて……この世から消えなさいよこの悪魔!」


 悪魔?……俺が悪魔?……何を言ってんだよ。

だったらお前らはなんだよ?

俺や優の人生を弄んだお前らは……光輝の人生を狂わせたお前らはなんなんだよ!?

な……なんか……視界がぼやけてくる……腹の痛みもどんどん消えていく……。

もしかして……俺は死ぬのか?

そんなの嫌だ……嫌だ……。

こんな身勝手な女の手で死ぬなんて……冗談じゃない!!

もし俺が死んだら西岡と栄子への制裁はどうなる?

光輝はどうなるんだよ!?

俺の治療を待っている患者達はどうなる?

父さんや友人達に悲しい思いをさせるなんて嫌だ!!

生きてやる!!

こんなところでくたばってたまるか!!

絶対に……生きてやる!!


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【香帆視点】


「弁護士事務所?」


 ある日……郵便受けに弁護士事務所から豪当てに封筒が届いた。

封筒の中身を取り出して内容を確認すると……これは真人からの慰謝料請求だった。

栄子との浮気に関するものみたい。

これはまずい!

あたしは豪との生活を支えるのがやっとだし……豪は働いていない。

慰謝料を請求なんてされたら今の生活を維持できなくなる。


「豪!!」


 あたしはすぐに豪に慰謝料請求のことを伝えた。


「クソッ! あの野郎ふざけやがって!!」


 悪態をつきながら豪は内容通知を破り捨てた。


「あのクズ……脳みそってもんがないのか?」


「豪……大丈夫よ! あたしがもっと頑張ればなんとか……」


「なあ香帆……あいつ殺してくれよ」


「……え?」


「真人を殺してくれよ、俺のためにさ……あんな救いようのないゲス、死んだ方が世の中のためだとは思わないか?」


「こっ殺すって……冗談よね?」


「いやマジ……」


 豪の目は本気だった……本気であたしに真人を殺してほしいって言ってるんだ。

あたしは豪のためなら何でもやるって決めてるけど……人殺しなんてさすがにできないわ!


「やってくれるよな?」


「むっ無理だよそんなの……人殺しなんて……」


「は? お前、俺のためならなんでもやるって言っただろ? あの言葉は嘘だったのか?」


「うっ嘘じゃないけど……でもいくらなんでも人殺しなんて……警察に逮捕されたら……」


「平気だろ? 逮捕された所で数年刑務所で過ごすだけだ。

俺もぶち込まれたことがあるけど、案外なんとかなるぜ?」


「でっでも……」


「そうか……だったらもういい。 俺、栄子と一緒になるから」


「え?」


「栄子なら俺の願いを聞き入れたはずだ。 あいつは俺を愛しているからな……でもお前の愛はその程度か……マジ萎えたわ」


 豪が立ちあがり……あたしの部屋から出て行ってしまった。

いや……やっと豪と一緒になれたのに……灰色に染まったあたしの世界に色をくれる豪が……また離れるなんて……そんなの嫌!!

もう1人になりたくない!!


「豪!!」


 あたしは豪の後を追いかけ、その大きな背中に抱き着いた。


「やる!……あたしやるから……だからお願い……あたしのそばから離れないで!!」


「香帆……そう言ってくれるって信じてたよ」


 豪に抱きしめられた時のぬくもり……このぬくもりを手放すくらいなら、真人を殺した方がマシよ!!


「香帆……あいつを葬ったら俺達結婚しよう……そして2人で幸せになろう……」


「……うん」


 豪との幸せのために、あたしは真人を殺害する決意を固めた。


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 ある日の夜……あたしは帰宅途中の真人を後ろから付け、殺すチャンスを伺っていた。

フードとマスクで顔を隠しているし、手袋もしているから現場に証拠を残すことはないわ。

この辺は人通りがかなり少ないから目撃される可能性も低い。

あとは抵抗されないように、なるべく一撃で仕留められるのを祈るだけ……。

そしてついに……その時が訪れた。


「!!!」


 グサッ!!



「あがっ!!……」


 あたしは手に持ったナイフを構え、その刃先で真人の体に穴を空けた。

致命傷には至らなかったけど、失血量が多ければ死ぬはず。

ナイフを引き抜いた瞬間、真人はその場で倒れたけど息はまだあった。

トドメを刺すことも考えたけど、体が動かなかった。

豪のためとはいえ、やっぱり人殺しは怖い。

今の一撃だけで足が震えっぱなしになっている。

最期に真人が”なんで?”とか言ってたけど、全てはあたしと豪の未来のため……そのためにあんたは邪魔なのよ。

あたしは通り魔の仕業に見せつけるために、真人の財布を盗み、その場から逃げた。

あれだけ血を失えば、真人はもう終わりよ……。


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 「豪! 真人を片付けて来たわ!」


「よくやった香帆!!」 


 アパートに戻ったあたしを豪が優しく抱いてくれた。

伝わってくるぬくもりがあたしの心を癒してくれる。

あたしは犯罪を犯したけど、その代わりに幸せを手に入れることができた。

もう何も怖くないわ。

逮捕されたっていい!!

あたしには豪がいるもの……。


「香帆、証拠を処分するからフードを脱いでくれ」


「そうね」


 ナイフを台所に置き、フードを脱ごうとしたその時……。


グサッ!!


 「え?……」


 それはまるで……さっきの真人の光景のリプレイだった。

あたしがさっきまで持っていたナイフがあたしの胸に入り込み……真っ赤なあたしの血がフードの内側からにじみ出てきた。

そのナイフを持っていたのは……あたしにぬくもりをくれた……将来を誓ったはずの……豪だった。


「ご……う……」


「悪いな香帆。 俺は栄子を愛しているんだ。

真人がいなくなった以上、あいつのそばにいられる男は俺だけだ。

だからお前は邪魔なんだよ、わかるよな?」


 何?……豪は何を言っているの?


「俺と栄子の幸せのためだ……死ぬくらい訳ないよな?」


 は?


「そうそう……最期だから言っておくけど俺はお前を愛したことなんて1度もない。

それでもそばにいてやったんだ……俺を恨むなよ?

なんたってお前は本当に俺を愛しているんだからな」


 ……わかっていたはずだ。

心のどこかで……豪はあたしを愛していないって……わかっていたはずなのに……。

根拠もない希望を抱いて……人殺しまでして……あたし、バカみたい。


「じゃあな、香帆」


 倒れたあたしに冷たく別れを告げる豪……その顔はニヤついていた。

それが彼の本性だったんだ。

……あたしの人生ってなんだったの?

家族に虐げられて……ぬくもりを求めて豪を愛した……その結果がこれ?

あたし……なんで生まれてきたんだろ?

誰か教えて……よ……。



【豪視点】


 真人の野郎に慰謝料を請求された俺は香帆を使って真人をブチ殺すことにした。

だがさすがに人殺しとなると、チョロい香帆もさすがに渋っていた。

でもな?

こいつは俺に恐ろしいほど依存している。

だから俺から別れを切り出せば、こいつは俺の命令を聞き入れるしかない。

案の定……俺が香帆を捨てて栄子に乗り換えようとしたら、涙ながらにすがりついてきた。

俺のためなら人殺しまでやるとかもはや病気だろ?こいつ。


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 決行日の夜……香帆は真人を殺しに出掛けた。

昼間香帆が購入したナイフを持って……。


 数時間後……血まみれになった香帆がアパートに戻ってきた。

どうやら真人を殺せたみたいだ。

だったらもうこいつに用はない。

栄子と一緒になって、逆ギレされたらシャレにならねぇからな。

これから俺は栄子と2人で新たな未来を歩いていく……こいつの通帳は俺の手にあるから……当分の生活費は確保できる。

 

 俺は香帆が置いたナイフを手に、フードを脱ごうと一瞬気を抜いた香帆の胸を刺した。

長いこと俺に尽くした女だから多少情が湧くと思ったけど、別にそうでもなかった。

刺した時も罪悪感とか感じなかったし……これから栄子と一緒になれると喜びすら感じていたくらいだ。


「じゃあな、香帆」


 香帆を始末した俺はナイフに付いた俺の指紋をごまかすために、彼女の指紋をナイフにベッタリと付けた。


※※※


「もしもし警察か!? 今帰ってきたら俺の彼女が死んでるんだ!!」


 俺は自ら警察に香帆の死を伝えた。

コンビニへ行っている間に香帆が自殺したという筋書きでな。

それから間もなく真人の訃報も俺の耳に届いた。

死因は失血死らしい……ざまぁ!!

言うまでもないが、香帆の胸のナイフと彼女が着ていたフードから真人の血液反応が出た。

そのナイフを購入した香帆の姿も防犯カメラで撮られている。

真人を殺した犯人は香帆で確定し、罪悪感に耐えきれずに自殺したというのが警察が出した結論だ。

香帆の死については一瞬俺に疑惑を向けられたが、ナイフに付いていた俺の指紋は香帆の指紋で消えていたし……返り血の付いた俺の服は床に脱ぎ散らかしている服の束の上に放り込んだことで、自殺した際に偶然ついた血ということで済んだ。

最終的に俺は無実ということになり、目障りな香帆と真人をノーダメージで始末することができた。


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俺は栄子を迎えに彼女が住むアパートへと走った。

俺が雇った探偵の調査によれば……彼女は俺との関係が親にバレたことで勘当され……勤めていた病院もやめて、今は養育費のためにバイトを掛け持ちしているらしい。

ひでぇ親だな……世間で言う毒親って奴だな。

慰謝料については真人の野郎が死んだことでうやむやになった。

あれはマジで神様ってのに感謝したぜ!!


「栄子……」


「真人……」


 貧困のせいで多少見すぼらしくなっているが、栄子の美貌は健在だった。


「真人が死んだんだってな……」


「……」


「俺もさ……香帆が死んで参ってるんだ……」


「……」


「お互い1人になっちまったし……もう1度やり直さないか?」


「無理よ……そんなの……」


「なんでだ? 真人はもういないし、家族にも見放されたんだろ?」


「でも私は真人が……」


「あいつは離婚しようとしたんだろ? 俺と栄子がストレス発散しているのを知っただけでさ」



「光輝のことは……」


「光輝のことはマジで偶然じゃん。 できる限り避妊してただろ?俺達。 それでデキちまったとしても、俺ら別に悪くはなくね?」


「……」


「素直になれよ栄子……本当は寂しいんだろ? 俺も1人になって寂しいんだ……俺達は元に戻るべきだ」


「豪……」


 絶望の底に沈んだ女ほどチョロいものはないとよく言ったもんだ。

それから多少時間が掛かったが、俺と栄子は元鞘に戻った。

俺達は互いを支え合い……そして互いに愛を育んだ。


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 10年後……俺は栄子と結婚した。

光輝は栄子が引き取りたいと言って聞かないから引き取ったけど、正直どうでもいい。

俺は割のいい会社に入社し、栄子も別の病院で看護婦をしている。

それなりの地位も手に入れたし、香帆のたくわえもあるから結構充実した生活を送っている。

生活水準は落ちたが、愛する栄子が隣にいれば幸せだ。

栄子も俺のことを心から愛してくれている。


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「今日は良かったわ……」


「そうか……また気が向いたら抱いてやるよ」


「もう……いじわるなんだから」


 俺の隣で甘い声を上げているのは会社の後輩。

たまに会社や家庭でのストレスを発散するため、互いに体で慰め合っている。

互いに家庭を持っているし、俺達の間に愛はない。

マジでただのストレス発散。

俺はアッチのテクニックがすさまじいから、1回寝たらほとんどの女が俺のサービスを求めてくる。

栄子に満足していない訳じゃないが、たまには別の女を喰っておかないと夜の調子が悪くなる。

言ってみれば栄子のために別の女を抱いてやっているってことだ。

この後輩以外にも3,4人くらいスペアがあるから、飽きても問題ない。

その中の1人が今勤めている会社の社長の嫁で、俺が今の地位を獲得できたのもその女の力だ。


 愛する栄子を手に入れ……安定した地位も手に入れ……女も喰い放題……マジで最高の人生だぜ!!

おい地獄に堕ちた真人……見てるか?

俺は栄子と幸せに暮らしてるぜ?

アハハハ!!

聞かせてくれよ! 今どんな気持ちだ? あぁ?

……答えられる訳ないか、死んでんだもんな!!

お疲れ~……。

まあせいぜい地獄で指を咥えて見てろよ。

俺の輝かしい人生をな。

じゃあな、真人君。

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