第19話 終わったわけじゃない
恥っっっず!!!!!!!
俺はどこにでも居る平凡な男の子なので人並み程度に羞恥心を持っている。そんな俺が『甘い声で囁く』なんて行為に恥ずかしさを覚えないわけがない。だってそうだろ? そんなのイケメンにしか許されない……どころか、イケメンにだって許されるかどうかは怪しい。どんだけ自信過剰だよっつーな。知り合いに知られたらネタにされるレベルだ。
しかし、往々にして『かっこつける』ことは滑稽で、またみっともないことである。どんなイケメンだって女を口説くときは冷静に見るとみっともないものだ。ドラマとかできゅんきゅんするセリフもそれ単体だと恥ずかしいことを言っているようにしか思えない。つまり『客観的な目線』なんてもんはクソだってことだな。
いくら恥ずかしくてもみっともなくても、それでもすることに意味がある。人の目を気にして動けないほうがダサいだろ。人に笑われるようなことをそれでも本気で挑むからこそ人は心動かされる。
異性にアプローチすることはみっともないことか? みっともないことなんだよ。男でも女でも。知り合いに知られたらネタにされるようなことだ。女を口説いたり、男を誘ったり、想い人に告白したり。どんだけ顔が良くても客観的に見れば滑稽で――当事者からすれば深刻だ。ドン・キホーテみたいなもんだな。ちょっと違うか? まあいいか。流してくれ。とにかく他人から見れば滑稽でも当事者からすれば真剣な話だってことだ。
他には? 例えば、まさに『演技』そのものがそうだろう。ドラマのセリフなんてほとんど恥ずかしいセリフばっかりだろ? 演劇でも映画でもなんでもいいが……その『恥ずかしいセリフ』を言う役者は、恥ずかしそうにしてるか? 周囲の目を気にして『ヘヘッ』って言い訳するみたいにしながら上擦った声で気障っぽいセリフを口にしてるか? ……んなワケないよな。むしろそのほうが恥ずかしい。どんだけ歯が浮くようなセリフでも――全力で演じるからこそ響くんだ。客観的な、冷静な……冷笑的な目で見れば滑稽でみっともないオモシロいセリフに見えるかもしれない。そんなこと口にして恥ずかしくないのかって思えるかもしれない。でも、変に恥ずかしがるほうがダサいだろ? 周囲の目を気にして言い訳するみたいにヘラヘラと薄っぺらい笑みを貼り付けて棒読みで馬鹿にしたような言い方して……カッコつけてるつもりかもしれないが、そんなにダサいことはない。
俺はそういう考え方をする。だから女を口説くことも恥ずかしいことだとは思わないようにしてるし……絶対にみっともなくなるんだから、そこんところは仕方ないと割り切っている。表しかないコインなんてものはないからな。そりゃリスクはある。裏目に出ることもあるだろう。笑われてもネタにされても仕方ない。いや苛つくが。でも俺には伊織が居るから。俺のことをたぶんめちゃくちゃ好きな根暗巨乳女が居るから。ん? 何? 何か文句でもある? 俺はお前らと違って色んな女に声かけて優しくしてきたけど? ウザがられたり嫌われたり怖がられたりしながらもめげずにやってきたわけだが? ん? お前らは何した? ん〜?
要するに、今回天羽さんにしたことも恥ずかしいことには恥ずかしいが、それ以上に『恥ずかしがるほうがダサい』ってことだ。だから俺は真剣にやった。本気だったし全力だった。どんだけ恥ずかしくても頭のネジを外して天羽さんを甘やかした。
もっとも、美少女が照れたり恥ずかしそうにしてる姿はめちゃくちゃかわいいが……それはそれ、これはこれだな。俺は男女で扱いに差をつける。女とイチャイチャしたいからだ。と言うかすべてヒューマンのオスはそうだろう。アオイには『そんなわけないでしょ』と呆れられるが、あいつは男のことをわかっていない。他のクズどもだって素直じゃないだけだ。俺だけが素直に生きている。だから女子とも仲良くできる。神は見ているってやつだな。クズどもにも俺のことを見習ってほしいものだ。嘘だ。俺だけがチヤホヤされてぇ〜。俺は独占欲が強い。他の男が女子と仲良くしてるとハンカチを噛んで涙を流すしケッと道端に唾を吐くタイプの人間だ。俺だけが女子に好かれたい。素朴で素直な願望である。
「……台本は、そこで終わりよね」
天羽さんが言った。さすが筆者。よくわかってらっしゃる。なんかもう茹でだこみたいになってるし、思考能力もほとんどなくなっているんじゃないかと思っていたが、そんなことはないらしい。
「思った以上に良かったわ。悔しいけど……やるわね、斎賀くん」
『認めてあげる』みたいな言い方だが、この女、今も俺の膝の上である。撫でてる頭から手を離そうとすると「ぁっ……」みたいな声を上げるから動けないんだよな。そろそろ足が痺れてきた。まあそんなことよりも天羽さんを膝枕しているほうが大事だが。美少女と密着すると嬉しい。この世の真理だ。
「天羽さんが満足してくれたから何よりだ」
「……」
うん? 何その顔。口の中に飲み込めないものがいつまでも残っているときみたいな難しい顔をしている。どういう表情なのか判断し難い。
「その……べ、べつに、私がしてほしいってわけじゃないんだけど」
なんだその『これは友達の話なんだけど』みたいな入り。でもかわいいので黙って見守る。
「……斎賀くんが呼びたいなら、私のこと、優衣って呼んでもいいわよ?」
ぷいと顔を背けるようにして、彼女は言った。表情は見えないが耳が真っ赤になっている。
かわいすぎるだろ。俺は美少女の照れ顔に弱い。と言うか何? 名前で呼んでもいいって。俺のこと好きなの? 俺は固有スキルを発動させた。
「ち、違うわよ! 変な勘違いしないで。好きとかじゃ……ないから」
ツンデレ?
「……正直自分で言ってて『ツンデレのテンプレみたいな台詞』だとは思ったわよ。でも、本当に違うから」
違うらしい。俺はがっくりと肩を落とした。でもいきなり名前で呼んでほしいとか言われたら勘違いするだろ。
「……だから、私が呼んでほしいんじゃなくて、あなたが呼びたいなら呼んでもいいって言ってんの」
そっぽを向いて唇を尖らせる。なんだこの女……面倒くさい……! しかしかわいい。美少女って面倒くさいところもかわいくなるのズルじゃね? 伊織もそうだけどよぉ〜……いつもいつもそう簡単に事が運ぶと思うなよ? 今回だけだからな! 優衣!
「っ……な、馴れ馴れしいわね」
優衣さんや、ちょっと口元が緩んでおりますよ。悪態をつきながらも嬉しさが表情に滲み出ている。あざとい。素直じゃない女ってなんでこんなにかわいいんだろうな。
しかし……俺に惚れたわけじゃないなら、どうして『優衣』と呼んでほしいのか。呼称の変化は関係性の変化だ。名字に『さん』付けで呼ばれるよりも名前で呼ばれるほうが親しみを覚えるのは当たり前のことだが……彼女は友人などからは『優衣』と呼ばれることも多い。特別なことだとは思えない。
うーん……わからん。まあ好感度が上がったと考えておくことにしよう。
「あ、ちょっと撫でるの雑になってるわよ。心を込めなさい」
考えごとをしていたからだろう。しかしなんでこのお姫様はこんなにも偉そうなんだろうな。金か? 金を払っているからか? なら仕方ない。俺は心を込めて優衣の頭を撫でた。うわっ……髪、サラッサラ……。陽光で織られたような金糸が指の間を流れていく。上質な布地が触っているだけで心地良いように、彼女の髪は今までに触れたどんなものよりも心地良い手触りを誇っていた。ふ、ふんっ。ウチのバズ子さんだって負けてないんだからね! 俺が丹念に手入れしている我が家の黒猫さんの毛並みは極上である。伊織と同じく、夜を閉じ込めたような色をしている。……そう考えると、伊織ともまた違った手触りなんだよな。髪の質が違うのだろうか。太さとか硬さとか。そう考えるとこの天使さんの髪は触っているのかどうかわからなくなるくらいに細くてやわらかい。本当に光に触れてるみたいだ。春の陽射し、やわらかくあたたかな優しい光に。
「うん、いいわね。それよ、それ」
これだったらしい。手触りを堪能していただけのような気もするが……お気に召していただけたのであれば幸いです、って話だな。
「……今、何時?」
尋ねられたので時計を見る。17時。昼と夜の境目だ。日は長くなってきたが、それでもそろそろ夜が勝ってくる頃だろう。
「そう。……じゃあ、そろそろね」
どこか寂しげな声色でつぶやく。何が、とは聞かない。聞くまでもない。そろそろ帰らなければいけないのだろう。
彼女にとってこの時間は数少ない息抜きができる時間だ。『甘やかしてもらえる』時間。これが終わればまた天使の仮面を被る日々が始まる。
そんなことをわざわざ聞く必要はない。わざわざ向き合わせる必要はない。俺は彼女にとっての逃避先なのだから、現実を再確認させるだなんて野暮なことこの上ないだろう。
……でも。
「終わったわけじゃないだろ?」
これで終わりってわけじゃない。二度とできないわけじゃない。もちろん、こんなことは優衣もわかりきっているだろう。そうだとしても、という話なんだから。
終わりってわけじゃなくても、二度とできないわけじゃなくても、それでも。
それでも、名残惜しく感じてしまう。別れ難く感じてしまう。……俺だって、そんなことはわかっている。
でも――
「……そうね。終わったわけじゃない、か」
自分と他人は違うものだ。自分でわかっていたことでも、わかった上で割り切ることができなかったことでも。他人に言われると違うように感じることがある。自分を慰めることと他人に慰められることは違うものだ。たとえ言っていることは同じでも『他人からの言葉』だというその一点だけで、世界が違ったように見えるものだ。
優衣もそう感じてくれたのかはわからない。そう感じてくれたらいいとは思っていたが……この表情を見ていると、そこまで間違ってはいなかったらしい。
「斎賀くん」
晴れやかな声で彼女は言った。その紺碧の瞳と同じように、どこまでも澄み渡った声だ。
ゆっくりと彼女は起き上がる。もう撫でなくても大丈夫とでも言うように俺の手を握り、俺の膝から離れていく。
そして、自分のカバンを手に取り――見覚えのある紙束を取り出した。
「じゃあ次に読んでもらいたい台本なんだけど、これは今のとは違ってむしろ弟とか後輩っぽい感じでお願いしたいの。ちょっと生意気で素直になれない感じで、でも私のことが好きで心配でたまらないっていうのが隠せない……そういうのでお願いします」
えっ? ……ゆ、優衣さん? 時間は大丈夫なんですか……?
「泊まりはしないけど……終電まではまだあるでしょう?」
どうしてそんなことを尋ねるのかわからないと言った調子で天使さんがこてんとかわいく首を傾げた。
『終わったわけじゃない』ってそういう意味? ホントに終わってなかったよ。単に次の台本(シチュ)に行くのが寂しかっただけ? と言うか『そろそろ』って『そろそろ次の台本』って意味? それは……わからなかったな……。
「それじゃあ、お願いします」
きらきらとした目で優衣が言う。サンタクロースを信じる少女が聖夜寝る前に見せるような期待に満ち溢れた瞳だ。
……俺はどこにでも居る平凡な男の子である。恥ずかしがるほうがダサいし恥ずかしいとは思っているが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
これは……今までに経験してきた中でも、なかなかに苦しい戦いになるかもしれない。
俺の心が折れるのが先か、優衣を満足させるのが先か。
――これは、人生を賭けた戦いである。
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