第15話 side:天羽優衣
慎一郎のことが嫌いだった。
その人相の悪さによって周囲から距離を置かれていた彼は瞬く間に周囲との距離を詰めた。彼は「天羽さんのおかげだよ」なんて言っていたが――優衣はとてもそうとは思えなかった。
優衣から見て、慎一郎は自分をさらけ出しているように見えた。好き勝手に、自由に、あるがままで生きている。必ずしも好かれるような振る舞いじゃない。『天使』である自分では絶対にできないような振る舞いをして――だと言うのに、彼は多くの人と親しくなった。
好かれているかと言うとその限りではないだろう。嫌われてもいるはずだ。しかし、同時に――あるいは自分よりも『仲良く』している。天使に対しては遠慮が見える男子生徒も彼には気を置かずに接している。女子生徒もそうだ。下心を隠す気もない彼は女子生徒に優しく接する。それだから、彼は女子生徒からの評判も悪くはない。「顔は怖いけど面白いよね」とさえ言われている。
「こんなことなら、もっと早く仲良くなったらよかったなぁ。……聞いたよ? 斎賀くんがあんなふうにグイグイ行くようになったのは優衣のおかげだって。さすが優衣だねぇ」
そんなことを言われたときは困ってしまった。だって、自分はこんなことになるだなんて思ってなくて――むしろ、失敗することを望んでいる節さえあったから。
(……これじゃあ、私が間違ってるみたいじゃない)
天羽優衣は斎賀慎一郎のことが嫌いだった。
彼を見ていると自分が否定されているように感じたから。
仮面を被らなければ周囲から受け入れてもらえない自分が、ひどく醜悪なものに思えたから。
それが八つ当たりのようなものだという自覚はあった。しかし、自覚しただけで気持ちを変えられるわけがない。むしろ、それによりさらに深くなる。彼に対しても――自分自身に対しても。
*
週末、撮影を終えた優衣は慎一郎の家に向かった。
撮影には両親も立ち会っていたが、彼らは仕事で忙しい。むしろ撮影後が彼らの仕事と言っても過言ではない。「いっしょにごはんでも食べられたらよかったんだけど」と眉を下げる両親に「それはまた今度! 父さんと母さんはお仕事なんだから! 頑張って!」と声をかけ、「それじゃ、私は友達と予定があるから! ありがとうございましたー!」と両親以外のスタッフたちにも挨拶をしてから撮影所から飛び出した。
斎賀くん宅の最寄り駅に着いたところで『着いたよ〜』と連絡する。これに関しては文面に残しても構わない。すぐに返信が来る。……南改札。看板を見上げて位置を確認。こっちね。
柱にもたれかかるようにして改札側に目を向ける少年が見える。その人相の悪さからか、通行人から距離を置かれている。あからさまにぽっかりと空間が空いているのが目に見えてわかる。学校ではこんなことはないものの、彼の人柄を知らない人々の中だとこんなものだ。斎賀くんも慣れているのかそれに反応すらしない。
「おまたせっ!」
そんな彼に近づいて笑いかける。天使の笑顔だ。通行人が足を止めてこちらを見る。伊達眼鏡をかけているので自分が誰だかはわからないだろうが、それでも天使のような美少女であることには違いない。
その証拠に目の前の少年も食い入るようにこちらを見ていた。ギョロッと眼球が動いて視線が一瞬胸と太ももを捉えて瞬く。性欲を感じる。今日の服装はフリルブラウスにショートパンツを合わせたものであり、あまり扇情的なものではないはずなのだが……。と言っても、優衣がそういう目で見られることを嫌っているわけではない。そういう目で見られることには慣れているし、仕方ないことだと割り切っている。決して進んでそう見られたいわけではないのだが、仕方ないことは仕方ない。
「かわいい。制服姿もかわいいけどやっぱ私服姿って良いよな〜。広告なんかでモデルとしての写真は見たことあるが……実際に目にするとやっぱり違うな。めちゃくちゃかわいい」
真正面から褒められる。優衣は褒められることに慣れているが、それでもここまでまっすぐに褒められることは少ない。照れはしないが……慎一郎はこういう男だ。女子生徒たちからの評判の良さもこういうところから来るのだろう。彼は歯に衣着せぬ物言いをするが、それは褒めるときにも適用される。男子生徒に対してもそうだ。優衣も褒めることは多いが、逆に悪口や文句は言わない。慎一郎とはまた違う。
「ありがとっ♪ 斎賀くんは……悪くないわね」
最後だけ声を抑えてつぶやく。良くはないが、悪くもない。顔つきがあまりにも悪いので総合すると悪いくらいだろうか。いや悪いんかい。優衣は自分で自分に突っ込んだ。
服装は悪くないのに顔だけで『ヤカラ』感が出ている。かわいそうに……。優衣は同情の目を向けた。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「ないわ」
優衣は平然と嘘をついた。公共の場なので表情は依然として天使のように明るい満面の笑みを浮かべている。
「ならいいけどよぉ〜……まあ、こんなところで話してるのもなんだな。早く行くか」
「うんっ。それじゃ、行こっか!」
優衣は慎一郎の腕にぎゅっと抱きつく。慎一郎がぎょっとする。
優衣は腕を組むことへの抵抗感が小さい。周囲の目がある中で仮面を脱いで話すのであれば距離が近いほうが合理的だ。抵抗感が小さい行為によって少しでも自分が楽になることができるのだ。腕を組むだけで気を抜いて話すことができるのであれば、それこそしない理由がない。
ただ、唯一問題があるとするならば――
「おっふ」
慎一郎の反応が若干気持ち悪いことである。あからさまに鼻の下を伸ばしている。
「……キッモ」
だから、そう声に出してみた。『思わず声に出た』なんてことはない。普段なら絶対に口に出さないこと――今までに一度も口に出したことがないようなことだ。意識して、少しの覚悟と決意とともにそう言った。
「ちょっ……おま……! それは禁止カードだろうがよぉ〜!」
慎一郎はいつものように――他の生徒にそうするように、怒ってみせる。だから優衣はふふっと笑って、
「そんな顔してるほうが悪いのよ」
怒られているにも関わらず、優衣は自分の心が少し軽くなっていることを感じていた。
それは優衣にとって初めての経験だったが、浮つく心は彼女にその大きさを気付かせることはなかった。
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