あるみかんのうえにある蜜柑

筆々

第1章 ふとんがふっとんだ!

第1話

クロウ・・・、あそこにあるあれが見えるか?」



「う~ん? あれっていうのは、あそこにある缶とミカンのこと?」



 授業が終わり、開け放たれた窓からは運動部の努力が喧しいほどに耳を穿ってくる時間帯、私――乃上有のがみゆう 蜜柑みかんは、私が部長を務めている部活動の部室で、唯一の部員である彼に尋ねた。



「ああそうだ、お前はあれを見てどう思う」



「どうって、う~んと、スチール缶の上にある――」



「アルミ缶だ」



「え?」



「アルミ缶だ、それを間違えてはいけない」



「つまり、アルミ缶の上にあるミカン?」



「そう、その通りだ。お前は多分くだらないと思っているだろうが、私はそうは思わない。所謂、これはダジャレと呼ばれるものだ。ダジャレとは、似たような言葉や言葉の音を掛け合わせる言葉遊びであるが、私はこの言葉に意味がないとは思えない」



「つまり?」



「そもそも考えてみろ、一体誰が何の目的でアルミ缶の隣でも上でも下でも、そんなところにわざわざミカンなど置くんだ?」



「アルミ缶のそばにミカンは結構おかれるんじゃないかなぁ?」



「いや置かん!」



「そう。うん? 蜜柑ちゃん顔赤くない?」



「気のせいだ」



 私は突然の揺さぶりにも対応できる系女子だ。この程度のことで私の心は動かない。

 そう、今はアルミ缶の上にあるミカンの話をしている。



 だから、間違っても彼――有海ありみ 勘九郎かんくろうと私の話をしているわけではない。



「とにかくだ、このダジャレというものはわざわざ意図的に、その状況にしなければ起こりえない事象なのだと思うんだ」



「ん~? そうだね? それで、蜜柑ちゃんは結局何が言いたいの?」



「相変わらず鈍い奴だ。この部活の活動はなんだ」



「コンブの?」



「コンブって言うな。今事記部こんじきぶだ」



「この部活の活動は……部員が起こした不祥事を事細かく書き記して、最終的に反省文と一緒に製本する活動?」



「違う! あいや違くない、いや違う……我々今事記部の活動は、学校の歴史を、我々で作り、それを本にする活動だ」



「違う?」



「ああまったく違う。それで、だ。この部活の入部して1年、我々はまだ、何もなしていない。歴史になるような偉業も遂げていなければ、誰もが振り向く様な事もしていない」



「蜜柑ちゃん何だかんだ真面目だからねぇ。思い切ったことは出来ないよね」



「そう、それだ! だからこそ、我々で歴史を作るにはどうするか。そこで、ダジャレだ!」



「うん、そっかぁ」



 生暖かい視線を受けている気もするが、私はここでも折れない。



「つまり、私たちの手で、そのダジャレを再現するんだ。だがただ再現するだけでは先代が残してくれた今事記部の活動記録と肩を並べることは出来ないだろう。だからこそ、私たちはこのダジャレを穿った見方で見なければならない。違うか?」



「そうだねぇ。つまり~……ダジャレを面白おかしく解釈して、実際にその状況を再現して書き記そうってことで良い?」



「ああその通りだ。それで、そのだな、まずはその」



 ここで本題だ。

 私が何故わざわざこんな回りくどいことをしているのか。それに、何故ここにアルミ缶とミカンがあるのか。



 私はつい、熱っぽい視線をクロウに送ってしまう。



「蜜柑ちゃん?」



「あ、えっと……つ、つまり、その、あ、アルミ缶、の上に、だからその」



「う~ん?」



 口にするだけだ。

 ただアルミ缶の上にミカンを置いてもつまらない。



 けれど、有海 勘九郎の上に蜜柑があれば――。



「うがぁぁぁっ!」



「うわぁ蜜柑ちゃんどうしたの!」



 言えるか。言えるか!



 心配げなクロウの視線を躱して、私はただ、活動記録に書かれている『お姫様抱っこされたい』の文字を撫でる。



 そう私は、活動記録を隠れ蓑に、ただこの――目の前にいる幼馴染、有海 勘九郎に私の心を、私の思いを伝えたいだけ。

 どれだけ不純かはわかっている。

 けれどもう、私にはこの方法でしか勇気が出ない。



 だけど、だけど――。



「うがぁぁっ!」



「蜜柑ちゃ~ん!」



 これは、私の恋のお話だ。

 言葉を現実に、物語をリアルに、そんな今事記部の活動での、私のお話。

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