第6話:不意打ちの笑顔


「なんというか外観から想像した通りに荒れ果てていますね。ああ……こういう場合は生活感ありますね、と言うんでしたっけ」


 俺は慌ててミオを奥の部屋へと押し込んで閉じ込め、レーネを来客用のソファへと案内する。なにやらまた失礼なことを言っているが、もうツッコミを入れるのはやめた。


「何か飲むか? まあ水道水しかないが。帝国軍人は愛国精神が豊かなので、帝国水道局が丹精こめて作ったただの水でも泣いて喜ぶと聞いたが」


 そんなことを言いながら俺はお湯を湧かし、珈琲と紅茶の準備をする。ちなみにメア子は既に耳飾りに擬態済みだ。

 〝あいつ強そうだからちょっと喧嘩売っていい?〟とか恐ろしいこと言い出しやがるミオよりよっぽど聞き分けがいい。


「結構です。歓迎されていないのはもう伝わっていますから」

「なら良かった。そこに気付けるなら、さっさと帰った方が喜ばれることも察せるだろうよ」

「用が済めば嫌でも帰りますよ。私は紅茶で」


 目敏く俺がちゃんと飲み物を準備しているのに気付き、ちゃっかり注文しやがる。うーむ、俺の軽口をこうも軽くいなすとはね。


 案外、本当に肩書き通りかもしれない。


「さいですか」


 俺はレーネへと、百個入り二百ディラのクソ安紅茶パックとお湯を入れただけのカップを差し出した。


 ハルザール流おもてなし術、その三――〝マジでこれ飲んだらさっさと帰れよ、バーカ〟の構えである。


「ありがとうございます」


 しかしレーネは気にすることなく、紅茶に口を付けた。その所作に無駄はなく、ただ座っているだけのはずなのに全く隙が見えない。


 いまだ半信半疑だが、この女が本当にその肩書き通りの存在だとすると――俺とミオの立場は非常にまずい。


 ミオはそもそも討伐対象であり、俺はデーモン化してしまっている。


 まさか、それを既に嗅ぎ付けてやってきたのか?


 いや、仮にそうだった場合はこんな回りくどく接触なんてしてこないはずだ。初手で俺の首ぐらいは平気で飛ばすどころか、ビルごと爆破術式で破壊してくるだろう。


 それぐらいに、対デーモン特化の特殊部隊である帝国陸軍第十三情報中隊は、傭術士の間で恐れられている。


「それで、話ってのは?」


 俺はコーヒーを啜りながら、紙煙草にライターで火を付けた。下手に術式を使うと警戒されるかもしれないからだ。


 煙草はこうやって一対一で会話する際に色々と誤魔化せるので便利だ。そうやってくゆらせた紫煙の向こう側でレーネが目を細めた。


「まずは、おめでとうございます――と言っておきましょうか。魔獣の群れ、因果の獣コザリティ・ビースト、そして……血のデーモンの討伐。これは明らかに偉業に言って差し支えない戦果ですよ」

「素直に褒め言葉だと受けとっておくよ」

「それはもう。なんせ血のデーモンは我々のみならず、各国が討伐を狙っていた数少ないS級ターゲットですから。おそらく最古のデーモンの一体でしょう。人類社会に与えた影響は計り知れません」

「で、何が言いたい?」


 俺は面倒臭くなって、単刀直入にそう聞いた。わざわざ褒めに来ただけならいいが、そんなわけがないのは分かっていた。


「そうですね……傭術士である貴方には今更かもしれませんが、デーモンはその強さ、影響力から六つのクラスに分けられています」

「知ってるよ、そんなこと」


 デーモンのクラス分け。

 それは、どの国にも属さないデーモン調査専門の組織――通称〝星見機関スターゲイザー〟による観測と調査によって定められている。


 もっともヤバい……つまり強さと影響力が規格外な順で、――熾天してん級、智天ちてん級、主天しゅてん級、その下位クラスとして、力天りきてん級、 大天だいてん級、てん級、と分けられる。


 俺達傭術士に討伐依頼が来るのは、大体下位クラスである天級から力天級ぐらいまでであり、この層のデーモンがもっとも降臨数が多いという。


 主天級以上は、はっきり言って個人では手に負えない天災のようなもので、軍やそれこそ、このレーネのようなデーモン特化の特殊部隊が出動する案件だ。


「であれば、当然知っていますよ、血のデーモンは……のデーモンであることを」

「……ああ」


 智天級。上から二番目の序列だが、現人類史において熾天級のデーモンが降臨したという記録や文献は残っていない。つまり熾天級のデーモンなんてのはほぼ伝説上の存在であり、実質的に言えば智天級がもっとも高い序列ということになる。


「降臨が確認され、かつ未討伐の智天級クラスのデーモンは……世界に三体しかいません。そのうちの一体を、無名でしかも個人事務所所属の傭術士が討伐したというのは、はっきり言って空前絶後、前代未聞の事件です」


 レーネが手を組み、こちらをジッと窺うように見つめてくる。


「……まあな」


 俺はそう答えるしかない。

 いくら俺が識外術式を使ったとはいえ、数千年に渡り人類を苦しめてきたデーモンのにしては、あまりあっさりとした最期だった。


 あの時は勢いで倒せたように感じたが、冷静になると不自然な点が沢山ある。


 まあそもそも俺がデーモン化した時点で色々とおかしいのだが。


「一体、どうやってあの狡猾かつ邪悪なデーモンを討伐できたのでしょうか? しかも個人で。貴方についてはあらかた調べましたが……どの角度から精査しても、血のデーモンを討伐できる実力があるとは思えません。それはこうして目の前にしても変わりません。多分、この短時間で……私は貴方を百回は殺せています」

「だろうね。だが事実は事実だ。パートナーのおかげでもあるけどな」


 俺は渋々、ミオについて言及する。


「ええ。ミオ・ソティス。出身、経歴が一切出てこない少女ですね。傭術士協会に登録すらしていない、一般人」


 訝しむような目で、レーネが奥の部屋へと続く扉へと視線を一瞬送った。


「あの子には語るも涙な凄惨な過去があってな……ストレートチルドレンだったところを俺が保護したんだ。んで、ついでに鍛えたら、なんとびっくり、前衛職の才能が開花したんだ! おかげで後方支援担当の俺でも、デーモンや魔獣を狩れるようになってラッキー!」

「嘘ですね」


 うぐっ。


「いくら接近戦が得意な前衛がいたとしても、貴方達の実力ではあの遺跡にいた魔獣達を一掃できるとは思えません。それに現場も調べましたが……。確かに、中央広場付近でそれなりの規模の爆発が起きたであろう痕跡と、魔力痕が検出されましたが……それでも事前調査にあった魔獣の規模からすると、あまりに不自然。しかも血のデーモンまで討伐したとなると、どうにも辻褄が合わない」


 ま、そういう結論になるよね。でも事前調査で魔獣の規模が分かっていたのなら、依頼を受けた民間人である俺にもその情報を提供しろよ! そんな話一つもなかったぞ!


 と、彼女に言っても仕方ないので、俺は煙を吐きながら問う。


「つまり、何が言いたいのだ?」

「何を隠している? と言いたいのです。そうですね、こう言い換えましょう――、と」


 レーネが俺をまっすぐに見つめる。その黒い瞳には、如何なる嘘をも見抜くぞ、という自信に満ちあふれていた。


「レーネさん、だっけか。あんたも軍人でしかも術者なら分かると思うが――そう簡単に術者……特に傭術士は自分の手の内を明かさないものだ。あの遺跡にいやがった血のデーモンを討伐したのも、クソッタレな魔獣の群れも、因果の獣コザリティ・ビーストも全部俺達だけで討伐した。これは紛れもない事実だ。つーか、その報酬を俺がありがたく頂戴できているのは、現場を調査したお前達がそう結論を出したからだろ?」


 当たり前だが、魔獣やデーモンの討伐は自己申告制では通らない。ちゃんとその証拠が必要であり、それは例えば、現場に残っている魔力の形跡――魔力痕であったり、デーモンが必ず所持している〝聖杯グレイル〟の欠片であったりと様々だ。特に聖杯の欠片は全て押収され、俺達の手元に残ることはまずない。


 そういったことを調査するのも、彼ら第十三情報中隊や星見機関の仕事だ。


「その通りです。血のデーモンの聖杯の欠片も全て回収できました」

「だろ? 隠していることがあるのは確かだ。でもそれは俺の切り札であって、そうおいそれとは教えられない。これが答えだよ」


 嘘はついていない。だけども、本当のこともまた話してはいない。


 デーモン化しただのなんだの話は、まだ俺の中ですら整理はできていない。だから、それが外部に漏れた時――特にこいつらや星見機関に知られたら、どうなるか分かったもんではない。


 良くて監禁、悪くて実験材料だろう。


 どっちも俺はお断りだ。


「ふう……そうですね。その通りです。おそらく貴方は何らかの識外術式を使えるのでしょう。そうでなければ、説明がつきませんから。戦闘跡の少なさから考えるに、致死性のガスを生じる術式かあるいは――」


 べらべらと推測を口にしようとするレーネに先回りして、俺は肩をすくめ、それに答える気がないことをアピールする。


「さてね。教えるつもりはないさ」

「でしょうね。まあいいです。それでは――に入りましょうか」


 そう言って、レーネがニコリと笑ったのだった。これまでの不器用さが嘘だったかのような、見事な笑顔。


 不覚にも――俺は少し見蕩れてしまったのだった。

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