第15話 赤い狂星(3)

「ただその聖戦は父上と帝釈天との相討ちにて終結している。天界は今統治者を欠いているんだ。兄者は闘神の帝王たる身。天界に戻って神々を統べてもらえわなければならない」


「そんな大仰なことを言われても」


 天界の神々を統べる?


 静羅が?


 なんだか実感の沸かない言葉だ。


 ただの人間の静羅が神々の頂点に立つなんて。


 でも、おかしなこともある。


「阿修羅族は天帝と戦ったんだろう? 言わば反逆者だ。その王子が神々を統べるってなんか納得いかないけど」


「反逆者は帝釈天の方ですわ」


 大人しそうな少女にそう言われ、静羅が驚いた顔になる。


 するともうひとりの少年も憤懣やる方ないといった顔で言い返してきた。


「天帝と戦ったからと言って我等の方が反逆者だなどという感想は持たないでください。我々は正しかった。天の理に従っていた。反逆者は天の定めに逆らった帝釈天の方なのですから」


「……」


 どうやら彼らにとっては天帝が正しいのではなく、阿修羅族が正しいのだと言いたいらしい。


 だからといってそれを鵜呑みにはできないが。


 戦を起こすとき、自分が間違っているとの認識を持つ者というのは少ないだろうから。


 するとそんな考えを見抜いたのか紫瑠が口を開いた。


「兄者。俺たちは自己正当化をして自分たちは正しいと言っているわけじゃない。現実に間違っていたのは帝釈天なんだ」


「どうしてそう言い切れるんだ?」


「それは兄者が天界に戻って自分の宿星を知ったときに理解できると思う」


「宿星?」


「兄者の運命の星だ。兄者の運命を宿命付けた星」


 やはり考え方や感覚が違うらしい。


 そんなもので物事の白黒がつけられるというのは、人間には考えられないことだ。


「大体もしも今帝釈天が天界に戻ったら、兄者がいないならともかく、こうして発見された今もし帝釈天が戻ったら処罰されるだろう」


「天帝が処罰される? そんなバカな」


「帝釈天は罪人なんだ。そう訴える者がいてもおかしくはない。勿論転生したと仮定したら、転生した帝釈天にはなんの罪もないんだろうが」


「神でも転生できるのか?」


「普通神は永い時を生きるから転生はできない。でも、例外はあるんだ。当事者が一族の王で、しかも子をなさずに死んだとき。そのとき転生が可能になる。だから、天族の者は今も帝釈天を探しているんだろう」


「どうして子供ができないと転生が可能になるんだ?」


「神々の世代交代は子をなすことによって行われる。だから、夫婦の間には必ず男女の子供が生まれる。父親の後を継ぐ子と母親の後を継ぐ子。例外は戦のときや母親が違うとき。このときは慣例から外れるんだ」


「……ふうん」


 ややこしい。


 もうちょっと人間にでも理解できるように言ってくれないだろうか。


 どうして子供が生まれると世代交代が確立するのかもよくわからないし。


「それとこれは今はあんまり関係ないけど迦樓羅族も規定から外れる」


「なんで?」


「迦樓羅の王族は代々全員が両性具有者なんだ」


 このとき静羅が僅かに顔色を変えた。


 そのことに気付いたのは柘那だけだったが。


 静羅の外見で疑いを抱いていた。


 それが事実だと柘那にとっては悲しい事実なのだ。


 だから、態度に出せなかった。


(紫瑠さまをお慕いすることも、もうできなくなるかもしれない。そんなのは嫌っ。敬愛するべき王に醜い嫉妬などを向ける自分が嫌)


 口には出せない想い。


 柘那は紫瑠が好きだった。


 幾ら阿修羅族の長老の子とはいえ、柘那と王子である紫瑠とでは身分が違いすぎる。


 だから、今まで態度に出したことはない。


 でも……。


(……紫瑠さま)


「両性具有として生まれるからか、迦樓羅の王族は子供がふたりとは決まっていない。また子供がどちらの性別を選ぶのも自由だから、そういう意味では縛られていない。但し今の迦樓羅王は一人っ子だから、他に兄弟はいないはずだが」


「ややこしいんだな」


「まあ阿修羅族だって他人事ではないんだが」


「どうして?」


「ごく稀にだが阿修羅族にも両性具有者が生まれるんだ」


「……え?」


 スッと青ざめた紫瑠が首を傾げる。


「破格の力を持って生まれた者が、ごく稀に両性具有者として生まれる。ごく稀にだから俺も詳しくはないんだが」


 ごく稀に両性具有者が生まれる家系?


 それって静羅がそうだということか?


 額に浮かんだ痣。


 ごく稀に生まれる両性具有の王族。


 すべて静羅を指している。


 信じたくはないが。


「あ。痣が」


 柘那が急に声を出し静羅も手鏡を覗いてみた。


 さっきまでくっきりと浮かんでいた痣が、薄くなって消えていくところだった。


「ずっと出てるわけじゃないんだ?」


「紋章の痣は呼び出したときしか現れないんだ。言ってみれば一族の王族であることの証だからな。生命を狙われやすい闘神の王族は、みな紋章の痣を封じて生きている」


 生命を狙われやすい?


 それって静羅が今まで生命を狙われ続けたことと関係あるのか?


 問うべきか問わざるべきか。


「その阿修羅の王子だけどさ。生命を狙ってる奴っているのか?」


「え。それはまあ天族なら狙う可能性も無ではないだろうが。今は大方伝説となっているからな。それでも狙うとは思えないが。兄者? なにかあったのか?」


「ちょっと待て。伝説ってどういうことだ? 阿修羅の王子が生まれたのって一体何時のことなんだ?」


 伝説なんて言葉は少しの年月では出てこない。


 静羅は阿修羅の王子が生まれたのは、そんなに昔ではないと判断していた。


 だから、冷静に聞けたのだ。


 だが、今の言葉の意味するところは……。


「そうだな。数値にしにくいが地上で言うなら万単位の昔かな。それか1億か2億は軽く経っているかもしれない」


 クラリと目が回った。


 この王子は静羅がそんな歳だと言いたいのだ。


 とんでもない話だった。


「じゃあその阿修羅の王子の弟だっていうおまえっ」


「え?」


「それに近い時代から生きていて、その姿なんだろう? 俺が兄貴だっていうなら外見合わないじゃないかっ」


「それはさっき説明しただろう? 兄者が地上で封印されていたから成長していないのだと。兄者はたぶん身近にいる人間を手本として、人間に擬態していたんだと思う」


 ギクリとした。


 確かに静羅の場合、人間に化けるために手本とするべき人間はすぐ傍にいた。


 双生児の兄として生きていた和哉が。


 それに小さい頃、静羅はなんでも和哉の真似をやりたがった。


 あれも人間に擬態するためだった?


「人間に擬態していたから、兄者は人間と同じ成長の仕方だったんだ。封印が完全に解かれれば、それは意味をなくす。そこからは神としての成長になるはずだ。ただ」


「ただ?」


「精神面はどうだろう?」


「精神面?」


「つまりこういうことですわ」


 柘那が突然話し出して、ふたりで話していた静羅と紫瑠が彼女の方を見た。


「肉体面は人間に擬態した結果であれ、今のお姿まで精神することは可能です。王子が普通に生きていらしたら、もっと年上の外見に成長されていたでしょうし。ですが精神面の成長は年月に頼るものが大きいのです。最悪人間に擬態することをやめることで逆行してしまう可能性もございます」


「げっ」


 嫌そうに呟いてしまう静羅である。


 いつの間にか彼らの話に聞き入っている。


 信じているわけではないが疑っているわけでもない。


 疑うには静羅の中にある確信が邪魔をしていた。


「封印っていうのはなんだ?」


「それは俺たちにもよくわからない。ただ兄者が行方不明になってから発見される現在まで兄者の気配を辿ることができなかったんだ。その理由として考えられるのは兄者が封印されといたということだけだ。ただどういう封印なのかは俺にもわからない」


「王子の封印が解かれたのは15年前。そのときなにかあったのではないですか? なにもなくて何万年も、いえ、もしかしたら何億年も続いてきた封印が解かれるはずがないでしょうし」


「志岐」


「15年前と言えば俺が高樹の家に拾われて引き取られた頃だな」


「拾われて引き取られた?」


「樹海に置き去りにされていたらしいぜ? それを和哉を切っ掛けにして今の両親が見付けてくれて、結果的に引き取って育ててくれたんだ。俺の恩人たちなんだよ」


「その和哉というのは?」


「俺の義理の兄貴だよ。それがどうかしたか?」


「人間なのか?」


 ポツリと呟かれ静羅がムッとした。


 和哉のことを悪く言われるのは我慢できない。


「失礼な感想を持つんじゃねえよ、紫瑠」


「だが、普通の人間なら兄者の封印は解けない。兄者が言ったんだろう。その和哉という義理の兄を切っ掛けにして拾ってもらったと。そんなこと普通の人間にはできないぞ」


「俺を見付けたくらいでなにを大袈裟に」


「兄者は天界に連なる神だ。その神が封印されていたんだぞ? それを見付け出すことが人間にできることだとでも?」


「ムッ」


 腹が立ったが今度は言い返せなかった。


 静羅が普通の人間なら問題はない。


 だが、静羅が本当に阿修羅の王子なら、確かに神々の封印を解くなんて普通の人間にはできない。


 それができた和哉は人間なのかという疑いが出てくる。


「和哉は人間だ。少なくとも俺の知っている和哉は普通の人間だ。それは確かだ」


「兄者の知っていることがすべてだとは限らない。兄者が自分の素性を知らなかったように、そいつもまた自分の素性を知らない可能性は捨てきれない」


 断言されて静羅は言葉に詰まった。


 もしそうだと仮定して和哉も神だというのだろうか?


 そんなに身近に神がいていいのだろうか。


 静羅も神。


 和哉も神。


 そんな偶然あるんだろうか。


 疑問を抱きながら日の照っている空を見る。


 それから、


「あ。3時だ」


 ふと時計を見て静羅は焦った。


 帰る時間を計算に入れるとそろそろ戻らないとヤバイ。


 彼らの言っていることは気になるが、ここは帰るべきだろう。


「俺そろそろ帰るわ。帰らないと和哉がうるさいから」


 渡されていた手鏡を返して静羅が突然そう言った。


 言ったが早いかもう背を向けている。


「兄者っ!? ちょっと待ってくれっ!!」


「俺は翔南高校というところの男子寮に住んでる。用があったらそっちから来いよ。但し人に気付かれないようにしろよ。天界がどうのとか神さまがどうのとか、そんな頭狂ってんじゃないかって話を人に聞かれるつもりはねえんだ」


「翔南高校の男子寮?」


「まあその外見じゃあ同じ学年にはなれないだろうけどな。なれるとしたら志岐って言ったっけ? そいつぐらいだとは思うけど。じゃあな。縁があったらまた逢おうぜ」


 それだけ言って静羅はヒラヒラと手を振って歩いていってしまった。


「兄者」


「あれはまだ信じてくださっていませんわね。王子は」


「まあ無理もない。こんな非常識な話を普通の人間の認識しかない王子に信じてもらおうという方がどうかしているんだから。それより居場所を教えてもらっただけ有り難いと思わないと。これで色々と手を打てるし」


「それより紫瑠さま」


「どうした、柘那?」


「先程王子は奇妙なことに興味を持たれていませんでした?」


「奇妙なこと?」


「生命を狙われることがあるのかと」


「ああ。そういえば……」


 そこから変な流れの会話になったので、うっかり流れかけていた。


「もしかして王子はだれかにお生命を狙われているのではないでしょうか」


「……え?」


 志岐が絶句して紫瑠は険しい顔になった。


「柘那の予感か?」


「はい。なんとなくですが。そう感じます」


「それはまずいな。早く兄者に近付く術を探さないと。翔南高校、か」


 阿修羅の王子だとはっきりした静羅。


 その静羅の封印を解いた和哉は一体何者なのか。


 しかも天族の要とも言える東天王と南天王が従っている。


 そこへ介入した夜叉の王子に阿修羅族からの迎えの3人組。


 これから運命は思いがけない方向へ動こうとしていた。

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