第9話 新たなる土地で(2)




 ガヤガヤ、ガヤガヤ。


 男子高校生ばかりが集まった食堂というのは、それなりに騒がしい。


 女子生徒のような賑やかな騒がしさではないが、男子特有のそれは慣れるまでは、かなり疲れるものがある。


 甲斐はそういう普通の高校生活に憧れて、わざとこの湘南を受験し、おまけに必要のない入寮までしてのけたのだが。


 入学式であり始業式でもある今日は、やはりみんな浮かれているのか、いつもの三倍は騒がしい。


 初々しい1年が上級生にからかわれる場面などは、去年の自分を見ているようだ。


 それからふと気付く。


「修羅の奴まだ寝てるのか? もうすぐ時間だってのに食堂に姿を見せないが」


 初対面のときはなまじな美少女顔負けの美貌に呆気に取られ、その外見とあだ名や態度、それに口調などのアンバランスさに驚いた。


 しかし、しばらくするとあだ名の方が合っているんだと痛感させられたものだ。


 あまりに存在感がありすぎるのと、上級生に目をつけられやすい美貌の主であることから、入寮してそう日が経たないあいだに問題を起こしたのだ。


 ペットにしてやるとか、上級生(それもだれもが避けて通る不良生徒だ)にコナをかけられた。


 実際のところ人気のないところに誘い込んで、周りを取り囲んだ上での暴言だったので、ほとんど決定権のない脅迫のようなものだった。


 それをあいつは……。


『あんたらさあ。なに勘違いしてんだよ? そんなこと言われて、はいそうですかって、有り難がって受ける奴がいるとでも思ってんのかよ? 鏡を見て出直してきな。ゲスには用はねえよ』


 と、正面から言い返したらしい。


 全く。


 見事なほどの啖呵だ。


 度胸のよさが痛いほど伝わってくる。


 もちろん入学すらしていない1年に、そんなことを言われて黙っていられる集団ではなく、当然のように乱闘騒ぎになった。


 呼び出されてから乱闘騒ぎになるまで僅か10分。


 甲斐や三枝薫が駆け付けたときには、すでに決着はついていた。


 外見から見ればどうやっても静羅に勝ち目はないはずで、だから、甲斐も寮長の三枝も焦ったのだ。


 しかし実際には余裕綽々の静羅に遊ばれて、全員が重軽傷を負いのたうち回るという、予想外の結果となった。


 一方の静羅は無傷で、ふたりともあんぐりと口を開けたまま、どんな反応も見せられなかったほどである。


『ああ。いいところにきた。こいつらの後始末頼むわ。俺はそろそろ部屋に戻らないといけないし』


 おい、ちょっと待て、と言いたくなるような、あっけらかんとした口調だった。


『全く。冗談じゃないぜ。あんなところで邪魔してくれて。あいつが心配してキレたらどうしてくれるんだよ? 入学する前に連れ戻されるなんてごめんだぜ、俺は』


 ぶつぶつ言いながら去っていった。


 思わずふたりして目撃した場面が信じられず、唖然として見送ってしまった。


 静羅があまりにも平然と何事もなかったかのような態度を取ったので、反応の返しようがなかったのだ。


 実際この事件は負傷者が出たために教師に報告されたのだが、騒がれたのは事件の最初の方だけだった。


 教師陣が総代をやる生徒が問題を起こしたため、慌てているところへ、突然の上からのお達しで静羅に関する処罰はなし、という結果になった。


 それだけではなく以後こういう問題で、静羅に関わった生徒は厳重に処すべき、という厳命まであったらしい。


 これらを通達された甲斐と三枝は、再び口が開いたまま塞がらない気分を味わった。


 処罰な対象とされた負傷者は、あまりに理不尽な結果に食って掛かった者もいるらしいが、それらが通ることはなく、それでも食い下がってきた者は(信じられないが)他校へと転校させられてしまった。


 すべてが片付くまで、それほど時間はかからず、一部始終に立ち会う形になった甲斐と三枝は顔を見合わせてしまった。


『彼は一体何者なんだろうね、上杉? ぼくはどうも絡んだ相手が悪かったというような臭いを感じるんだけど。例えば相手がきみだったときみたいに』


 たしかに甲斐に理不尽に絡んだ場合、その生徒が処罰の対象になるだろう。


 いやがろうとなにをしようと、甲斐が上杉グループの後継者であるという現実は変えようがないから。


 あまりに的確すぎる表現に甲斐はなにも言えない。


 そうしてそれとなくふたりで静羅に探りを入れたのだが、これもまた不発に終わった。


 余程かわすことに長けているのか、静羅は尻尾も掴ませなかったのである。


『あ? このあいだの? ってなんかあったっけ?』


 真顔でわけがわからないといった感じだった。


 これには唖然として、


『おまえはあれだけの乱闘騒ぎを起こしておいて、もう忘れたっていうのか、高樹!!』


 と、突っ込めば静羅は本気でキョトンとして、


『乱闘って……ああ。あのコバエが集ったやつか』


 と、言った。


『コバエ……』


 あっけらかんとそう言われて、温厚で知られる切れ者三枝も唖然としたものだ。


『あまりに些末事だったんで忘れてた』


『些末事だなんてきみ、いくらなんでも負傷者を出しておいて、その言い種はないんじゃないのかい、高樹君?』


『負傷者? なに? あんたらあの程度の、くっだらねえ問題を事件だとでも思ってんの?』


 この不遜な口調にはふたりとも唖然としたまま声もなかった。


 外見にはあまりに不釣り合いな言動。


 何故彼が「修羅」と呼ばれるのか、ようやくわかったような気がした。


『虎と猫の区別もつかねえような阿呆が、どんな無謀な勝負を挑もうが、それは当事者の責任だろ? 大体先に絡んできたのはあっちだぜ?

 俺は売られたケンカを買っただけだ。自分で起こした言動の責任は自分で取る。当たり前のことだろ? ガキでも知ってるぜ、そんなこと。その結果火傷しようが、打ち所が悪くて死のうが、俺の知ったことかよ』


『正当防衛でもやりすぎれば過剰防衛になるんだぞ、高樹?』


『知らねえよ』


 あっさりした口調だった。


 そうして自分の部屋の扉に手をかけて振り向いた。


『仕掛けてきた奴らは全部敵だ。情けをかける義理はねえな。悪いが俺も自分の身を護るので精一杯なんだ。絡んだ相手が悪かったと諦めてもらうしかねえよ。ま。敵にもなりきれないクズだったみたいだから、ちょっとは悪かったかもしれねえけど』


『敵って高樹君……』


『その一言で乱闘騒ぎを起こしておきながら、当事者の一方であるおまえには、なんのお咎めもないことを納得しろって?』


『は? なんで俺が責められないといけないんだ?』


『あのなあっ!!』


『力の差ってものは色んな意味であるんだぜ? 軽く済んでよかったと思ってほしいくらいだぜ。その程度に抑えるの苦労したんだからな、俺も』


 漏らすつもりのない本音だったのか、言った後で「しまった」と言いたげな顔をして、さっさと部屋に引っ込んでしまった。


 追及を恐れて逃げたことは確実だった。


 その後何度もノックしてみたが、居直りを決め込んだのか、静羅は顔を出しもしなかった。


 たぶん最初忘れていたのは本当なのだろう。


 だが、その後を知らぬ存ぜぬで押し通したのは演技だったのだ。


 彼は裏からすべて操っていた。


 どこから絡んだのかは知らないが、処罰がきつくなりそうなのを知って、軽くするために自ら動いた。


 そんなことを言えば不審がられるから知らないフリをしたのだ。


 理解できたときは、さすがに息を飲んだ。


 静羅に絡んだ。


 その事実ひとつで、そこまで問題が大きくなるのもそうだし、それを沈静化させるために動く必要がある、静羅の立場や権力もまた予想外だったので。


 甲斐も似たような立場にはいるが、それでも常識の枠を越えた事態にはならない。


 今度のこれは静羅に対して敵対した者には、弁護する権利もないような、圧倒的な「なにか」を感じたのである。


 それは三枝も感じたのか、甲斐を振り向いて問い掛けた。


『もしかして彼……きみのお仲間じゃないのかい、上杉?』


『いや。あれはおれたちの上をいくと思いますよ、三枝さん。いくらおれが上杉の後継者でも、それこそあいつが言ったみたいに、あの程度の小競り合いで、ここまで事は大きくならないから』


『たしかに常軌を逸している感じはするね』


 なにか心当たりはないのか? と、三枝薫に問われて、甲斐はこのとき、三枝が静羅のことをすっかり財閥関係者だと思っていることを知った。


『三枝さん。たしかにこういう非常識な事件って、おれたちの専売特許ですけど、なにもおれたちみたいな人種ばかりが、こういう事件を起こすわけじゃないでしょう? 例えば暴力団の跡取りとか』


『それはそうだろうけど。ぼくには彼からそういった印象は感じないんだよ。たしかに言動は悪いよ? ぼくに言わせれば人種が違うよ。彼はそういう人種じゃない』


 たしかに言動の悪さとか、そういうものにごまかされて、普通は気付けないのかもしれないが、静羅の立ち居振舞いはとても洗練されている。


 優雅で気品があり気高い。


 あれは自然と身に付いたものだ。


 それは何気ない素振りでわかる。


 付け焼き刃ではどうしてもボロが出るからだ。


 が、甲斐には心当たりがなかった。


 唯一の心当たりは同名の財閥、高樹家に関することだが、静羅のイメージと高樹財閥の御曹司というイメージが、どうやっても重ならない。


『心当たりっていうか、逆らったらタダでは済まない一種の爆弾とか宝物みたいな御曹司はいるんですが、なんか……イメージが……』


『爆弾と宝物って意味が全然違うよ?』


『迂闊に手を出したら危ないって意味では同じだから』


 そう言えば「そういう意味かあ」と納得していた。


『でも、その御曹司って特別扱いを受けてるから、こういうところにひとりでのほほんと現れるとは思えないし。それにあれがあの大財閥の御曹司? とかって想像すると、なんか合わないから』


『なんて名前?』


『問題なのは次男の方なんだけど、長男のことしか公表されてなくて、長男の名前は高樹和哉君』


『あれ? 同じ名字?』


『まあそうだけどもしドンピシャリなら、おれの方になんらかの連絡は入ると思うし。大体弟をずっと傍で護ってるらしい和哉君の姿がないっていうのが、人違いの証明のような気がする』


 どうしても納得がいかないと主張したら、三枝もそれ以上は言い募らなかった。


 ただこの事件以降、静羅に絡もうとする命知らずは、当然のことながらいなくなった。


 学校が始まればどうか知らないが、今のところ静羅は孤高を保っている。


 何故かというと寮内で、ほとんど彼の姿を見掛けないので、孤高を保っているとしか想像のしようがないのだ。


 そういえば今日に限らず、食堂で見掛けたことは、ただの一度もないような……。


 首を傾げると隣を陣取っていた年下の従弟がブスッと拗ねた。


「甲斐ったらさっきからずっと心ここに非ずだね。せっかく甲斐を追い掛けて、こんな庶民の学校にきたのに」


 不平不満を漏らしているわりにご満悦そうで、今朝のメニューであるアサリの味噌汁とアジの開き。それにほうれん草のおひたしを物珍しそうに食べている。


「結城。おまえ食べ方無茶苦茶だぞ」


「え? どこが?」


 振り仰ぎ見上げてくる顔はどこまでも無邪気でキョトンとしている。


「それ、味噌汁の出汁を全部飲んで空にして、具だけつつくのは変だからやめろ。それとアジの開き……なんだってそんなちょびちょび食べるんだ?」


「だって時々骨があって痛いんだもん」


「まあ食べ慣れていないのは事実だろうけど」


 呆れた従弟である。


「で。修羅ってだれ? さっきから人の流れを気にしてるみたいだけど」


「特別室の問題児は知ってるか?」


「ああ。そういえばすっごく綺麗な子がいるんだって? でも、綺麗なだけじゃなくて腕っぷしもかなり強くて、絡んだ上級生が全滅したって聞いてるよ。それがどうかした?」


 悪戦苦闘してアジの開きを食べている姿を眺めつつ教えてやった。


「それが修羅だ」


「は?」


 箸で掴んでいた身が落ちる。


 唖然と顔に書いていた。


「だから、その噂の人物が修羅だって言ったんだ。本名は高樹静羅」


「高樹ってもしかして」


「いや。本人は違うって言っていたし、そもそも高樹家のことも知らないみたいだったな。今のところは」


「今のところはって?」


「いや。状況証拠とあいつの証言だけで判断しているだけだから、演技や嘘が混じっていてもおかしくないと思っているだけだ」


「ふうん」


 興味を失ったのか、それとも時計を見て時間を気にしたのか、結城はまた悪戦苦闘に戻る。


 魚を食べるのが、こんなに難しいとは思いもしなかった。


 フォークとナイフの扱いには慣れているが、箸の扱いなんてろくに知らない。


 でも、美味しいとご機嫌だった。


「そういえば噂だけが先行して実物を見てないなあ、ぼくも」


「そうなのか?」


「うん。名前だって知らなかったよ。まるで幽霊みたいな有名人だね、甲斐」


 幽霊。


 言い得ていて妙である。


「あ。そういえば昨日の晩になって、急に総代に選ばれていたのを通達するのを忘れていたとかって理事長から連絡があったけど、ねえ、甲斐? 知ってたの? 知ってたら前以て教えてくれてもいいじゃない」


「待て。だれが総代だって」


「だから、ぼくが」


 結城が自分の顔を指差して、甲斐は黙り込んでしまった。


 初対面のとき、静羅はどう言っていた?


『いい。後で手を加えてバックレるから、俺は』


 たしか独り言のようにそう言っていたはずだ。


 それを証明するように総代が結城?


 それってあいつが手を回して、総代から降りたってことなのか?


「どうしたの、甲斐? 急に難しい顔をして」


「いや……おれの情報では総代はおまえじゃない」


「え?」


「おまえの成績もたしかにずば抜けていたけど、更にそれの上をいく奴がいたんだ。入試で全科目満点を取った天才が」


「もしかして?」


「そう。噂の人物。高樹静羅だ。どうなってるんだ?」


 悩む甲斐を見て結城はちょっと首を傾げたが、まだ見ぬ「修羅」というあだ名が、すでに浸透している有名人に興味を抱いた。


 なんだか退屈しないですみそうな相手だ。


「楽しそうな相手だねえ。甲斐の好みなんじゃない? 退屈させない人って」


「……」


 そう言われてみればそうである


 初対面では散々貶されたし、こちらも猫を被った状態しか見せていないが、実は甲斐は学園を牛耳るような、圧倒的な存在感を持つ生徒だった。


 前生徒会長が三枝薫で、彼が寮長をやることになったので、生徒会長選に出てくれないかと口説かれて、見事当選した強者である。


 空手部主将にして学年トップの成績を誇る優等生。


 甲斐の前では不良生徒も猫を被る。


 が、それだけに無意識に人を威圧してしまう面もあって、甲斐は初対面のときは特にそういうことには気を付けていた。


 無意識に相手を威嚇して怯えさせないように。


 学校が始まれば静羅もそれを知るだろう。


『この猫の皮を被ったタヌキヤロー』


 そう毒づく姿が脳裏に浮かぶ。


「同じクラスだといいのになあ」


 アジの開きって食べるの難しい……なんて呟きながら、結城がそんなことを言った。


 あの絶世の美少女の外見を持つ静羅の傍に、このマスコットみたいな結城。


 想像するとなんだかげっそりする甲斐だった。





「今日も天気がいいよね、修羅?」


 ニコニコと話しかけてくるのはクラスメイトの斉藤結城だった。


 クラスメイトにして同じ(といっても静羅は特別室なので3年生の寮棟なのだが)寮生ということもあって、どういうわけか、教師陣から静羅の隣の席を仰せつかった相手だ。


 入学式の前の事件のせいか、腫れ物でも触るような接し方で、おまけに周囲の生徒もみんな一歩引いている。


 そんな中でクラスのマスコット的人気者の斉藤結城が、どうして選ばれたのかというと、一言で言えば生徒会長として、だれもが一目置くあの上杉財閥の後継者、上杉甲斐の従弟だからである。


 結城の母親と甲斐の父親が兄妹らしいのだ。


 そのせいで子供の頃から、甲斐を慕って大きくなったらしい。


 つまり湘南を受験し必要のない入寮をしたのも、すべて甲斐を追いかけてきたせいらしい。


 なんだか無邪気に和哉を慕っていた頃の自分を見ているようでちょっと辛い。


 入学式から早1週間。


 ようやく金曜日がきてくれてホッとしているところだった。


 やけに耳許で騒ぐ結城の声は無視して、静羅はボウッとしている。


 クラスメイトの評判はそれほど悪くなかったが、静羅がちょっと常識はずれな生徒だったので、実は密かな注目の的だった。


 とにかく遅刻せずに登校したためしがなく、登校しても下校時間が近づくまで、どこかボケーッとして過ごす。


 そのあいだ彼の傍でなにをしようが、全く反応しない。


 あまりに無反応なので一度、結城が玉砕覚悟で静羅の目の前(きちんと彼の視線を確保してから)派手に転んでみせたが、静羅はそれさえも無視した。


 まるで目の前でなにも起きなかったみたいな、それは見事なシカトだった。


 せめて視線だけでも動けば……と、痛い思いをして転んでみせた結城も、このときばかりは呆れて静羅の美貌を眺めていたものである。


 普通人間には条件反射というものがあり、静羅が意図的に黙殺していて、周囲との関わりを断っていたとする。


 そういう場合には、結城が派手に注目を集める形で―――意図的であれ―――転んでみせたときには、つい視線が動く。


 人の視線というものは動くものに気を取られ、勝手に見てしまう。


 この反応は動体視力が優れていたら、もっと顕著だ。


 が、静羅は全く動じなかった。


 本当に見えていないかのように。


 呆気に取られて結城が固まったとき、不意にスイッチが切り替わったように、静羅の表情がはっきりして、そうして目の前で座り込んでいる結城を見て、一言。


『なにやってんだ、おまえ?』


 不思議そうにそう言った。


 これには当人の結城だけでなく、成り行きを興味津々で見守っていたクラスメイトも唖然とし、しばらくどよめいていた。


 事と次第を結城が説明すると、静羅はなんとも説明しづらい顔をしてこう言った。


『あー。そりゃ悪かったな、結城。俺ちょっとばかし人より寝起き悪いんだ』


 そういう問題かっ!?


 と、一斉にブーイングが起こったが、その後もそれ証明するように、静羅は表情がはっきりしたものに変わるまでなにが起ころうと、それこそだれかが間違って火災報知器のスイッチを鳴らしたときでさえ、無反応だった。


 このときばかりは結城も焦って、完全無視を貫いている静羅を引き摺って逃げたわけだが。


 が、体格では結城は静羅よりも劣る。


 静羅だって決して恵まれた方ではないし、女の子と間違えられても不思議はない。


 が、結城は違った意味で体格が劣っているのだ。


 認めたくはないが幼児体型なのである。


 静羅は中性的で女の子でも通る顔立ちや体格の持ち主だが、結城は下手をすれば中学生でも通る。


 そのせいで静羅を引き摺って、じたばたしているところへ甲斐がやってきて、これほどの騒ぎの中でも、まだ夢の住人らしい静羅を抱き上げて逃げたのだった。


 後でこれがすべて間違いだったとわかったときには 、ふたりしてドッと脱力したものである。


 おまけにこれには後日談があって、グラウンドに全校生徒が集まって騒いでいる中、不意にスイッチが切り替わったらしい静羅が、キョトンとした声を上げた。


『あれ? なんかあったのか? なんで俺、こんなところにいるんだ?』


 キョトンとそう言って周囲にいて、耳にすることのできたすべての生徒を驚愕の渦に巻き込んだ。


 苦労した甲斐と結城などは、締め上げたい気分になったほどだ。


 しかも事情を聞いた静羅が一言、言った。


『火災報知器? 鳴った? いつ?』


 これを聞いて耳を疑った者は両手でも足りないほどいるだろう。


『大体これのどこが燃えてるって? ガスだって漏れてねえし、それ絶対にだれかのイタズラだって。調べてみろよ。どこにも異常はねえから』


 やけに自信満々に言う静羅に、生徒会長として動いた甲斐は、しばらくしてその言葉が正しかったことを知る。


 甲斐と結城、ついでに言うなら三枝の、静羅に関する関心を高めるには十分すぎるエピソードだった。


 そうして入学式からたった1週間が過ぎようとしているだけなのに、やけに波瀾万丈だったと思わせるのは、静羅がそれだけ変わっているからか。


 今日もなんとか静羅から、なんらかの反応を引き出そうと躍起になっている結城は放って、静羅は相変わらず我関せずを貫いている。


 それから1日のスケジュールのすべてが済むと、静羅はいきなり帰り支度を始めた。


 人との関わりを避けている節のある静羅は、学校が終わるとすぐに寮に帰り、後は部屋から出てこない。


 日課のわかっている結城は慌てて静羅を追いかけた。


「ねえ。修羅っ。ちょっとぐらい待ってくれてもいいんじゃない?」


 てきぱきと動き、寮を目指して上履きを履き替え、更に追い縋る結城を放って歩く静羅という構図は、どういうわけかやけに目立つ。


 目前に迫った「5月祭」の準備に追われている甲斐も、週末だけはのんびり過ごすことにしていて、ちょうど下校途中のそんなふたりを見つけ呆れたような顔をしていた。


 ここまで注目を集めていながら無視できる静羅はすごい、と。


 すこし走ってふたりを追いかけて、声を投げようとしたところで、いきなり静羅が立ち止まり、駆け足で追いかけていた結城が「ぶっ」と声をあげた。


 痛そうにしている結城に近付いて甲斐がそっと労る。


 そこで静羅が突然、不機嫌そうな声を出した。


「てめえ。一体なにしにきやがった?」


 ふたりして静羅の正面に回ると、やけに印象的な二人組が立っていた。


 ひとりは顔立ちは整っているのだが、どこか悪ガキがそのまま大きくなりましたといった印象を与える少年。


 もうひとりは彼よりはすこし大人びて見え、髪や瞳の色がすこし薄いため、優しげな印象を纏う落ち着いた年上らしい青年。


 ニヤニヤと笑う少年と控えめな笑顔を浮かべている青年。


 なんとも対照的なふたりであった。


「元気そうじゃん。静羅?」


「本名で呼ぶんじゃねーよ。一体何度言ったら直るんだ、てめえは?」


「相変わらずの毒舌を聞いてホッとしました。お久しぶりですね、静羅さん」


「久しぶりって……俺には10日ほど前に逢った記憶があるぜ、忍?」


「10日も前なら十分昔ですよ」


 端正な顔で落ち着きを保ったまま、そう宣う姿は一種の聴覚と視覚の暴力である。


 甲斐と結城のふたりは呆気に取られたまま、会話に割り込むこともできなかった。


「どうせあいつの差し金だろ? 入学してまだ1週間だぜ? 過保護にも程があるぜ、ほんと」


 うんざりそう吐き出す静羅に、どういう繋がりかは知らないが、少年が屈託なく笑う。


「それだけおまえのことが心配なんだよ、静羅。週末毎に様子を見に行くという条件で成立した話なんだって?

 でも、今週はどうしても抜け出せない用事ができたらしくてさ。俺と忍に行ってくれって。

 おまえが転出していってからの、あいつの落胆振りは凄かったからな。

 あんまり落胆してるから、学園中が騒ぎだすっていう前代未聞の事態を引き起こしたし。ほんと……」


 ここまで言いかけたとき、静羅がいきなり声を張り上げた。


「あいつのことは出さなくていいからっ。おまえらが知りたいのは俺の近況だろ? 寮で説明するからこいよ。プライベートは明かしたくないんだ」


「その前にちょっと待ってください」


「なんだよ、忍?」


「いえね。静羅さんから報告を受ける前に、どうやらこの学校での知人らしいお二方にも、お話を聞いた方がいいのではないかと思いまして」


「冗談っ」


「焦るってことは知られると困ることがあるわけだ? よし。忍。質問はおまえに任せるから早くしてくれよな」


「東夜は相変わらずですね」


 苦笑した忍に東夜と呼ばれた少年は苦々しい顔を返した。


「すみません。ワケあって名乗れないのですが、静羅さんの実家関係の知人、というか関係者です。学校での静羅さんの素行などを教えて頂けると助かるのですが? それもできるだけ個人的な思い入れのない客観的な事実だけを」


 丁寧な口調なのだが、どことなく慇懃無礼な印象を受けた。


 私情を交えた報告なんて聞く価値もない。


 ふたりにはそう聞こえたからだ。


 どうしたものかと顔を見合わせたが、静羅の態度からして知り合いなのは間違いなさそうだし、交わされた会話から推察するに、彼の素行を調べにきたのも本当らしい。


 しばらく悩んでから、まず甲斐が話し出した。


「おれは湘南の生徒会長なんだが、生徒会長として頭が痛いのは入学以来まともに登校したことがないってことだな。毎日遅刻記録の時間延長に挑戦中なんだ。だから、日を追うごとに遅刻する時間が遅くなっていく。困ったものだ」


 これを言うとふたりは意外そうな顔をしたが、すぐに静羅を振り返り、静羅が気まずそうな顔をしていたので、どうやらこれが静羅の知られたくない事情その一らしいと判断した。


「ぼくはねえ。甲斐の従兄弟で修羅のクラスメイトなんだけど、毎日起きてるのか寝てるのか不明の状態で下校時間を迎えるから、まともな高校生活が送れるのかな? って心配してる」


「余計なお世話だ、斎籐っ!!」


「だって火災報知器が鳴って気が付かないなんて下手をしたら命取りだよ、修羅?」


「「火災報知器?」」


「うん。だれかのイタズラだったんだけど、修羅ったら火災報知器が派手な音を鳴らしていても、完璧に無反応なんだもん。こっちが焦ったよ。ね、甲斐?」


 この問いかけに「まあな」と曖昧に頷く甲斐だった。


 静羅には恨めしそうに睨まれたが。


「どうもお手数おかけしました。欲しい情報のほとんどは貰えましたので、我々はここで失礼致します」


「ほら、静羅、行くぞ。寮のおまえの部屋を点検したら、場所を移して徹底的に叩くからな。覚悟してろよ」


「う~」


 唸りながら引き摺られていく静羅を、甲斐と結城は唖然とした顔で見送っていた。





「これが報告書か? 悪かったな。せっかくの週末を潰して」


 書類を受け取った和哉がそう言って東夜は笑って受け流した。


「あのバカ。やっぱりまともに学校行けてないんじゃないか。入学から一度もまともに登校してないって? だから、あれだけ言ったのに」


 書類の内容は静羅本人から受けた報告を中心にして、更に甲斐や結城から聞いたことも記載されている。


 更に言うなら静羅と別れた後に独自に調べておいた情報まで記載されていた。


「静羅から伝言」


「あのバカはなんだって?」


「今は慣れてないからこんな状態だけど、そのうち自分でなんとかするから心配するなってさ」


「なんとかできると思ってんのか? それを無謀っていうんだよ、静羅」


 呆れ果てたような和哉の声に東夜は苦笑いを浮かべている。


「それから週末毎にくるのはできればやめてくれって」


 ムッとしたのか、和哉が不機嫌そうに押し黙り、東夜が慌ててその理由を口にした。


「上杉の御曹司がいるんだってさ」


「上杉グループの御曹司? たしかオレたちよりひとつ年上で今年、高校2年だったっけか。じゃあこの生徒会長の甲斐って」


「自己紹介は受けてないし、そういうことを調べるのは、周囲に不審がられそうだからやってないけど、たぶんそうだと思う。

 一緒にいた1年のクラスメイトが、そいつの従兄弟だって名乗ったけど、静羅はそいつを斉藤って呼んでたんだ。斉藤ってたしか上杉の長女が嫁いだ家の名だろ?」


「厄介だな」


 片手で頬杖をついて考え込む和哉に東夜は肩を竦めてみせる。


「勘づかれるとヤバイから週末毎にくるのはやめてくれって。どうもおまえの情報ぐらいは掴んでるらしくて、名前だって知ってるんだと。

 で、おまえが週末毎にきて名前がバレたりしたら、芋づる式に静羅の素性までバレるから困るってあいつはそう言ってたけど?」


 静羅の意見もよくわかるのだが、和哉に言わせれば、そういう状況で孤立無援の状態を維持する方が、よっぽど危険だと思う。


 上杉が絡んでいたら素性がバレるのは時間の問題だろう。


 静羅が地味に目立たない生徒をやれるとは思わないし、好奇心の的になれば自然と厄介事も増えるはずだ。


 厄介事が起きたら静羅を護るために、すべての者が動くはずで、そうなれば不自然さに気付く者もいるだろう。


 だったら警戒はしておいて損はないはずだ。


 傍にいれば護ってもやれるが、遠く離れていたら、それもままならないし。


 それに静羅が傍にいない喪失感は、やっぱり心を苛むから、できれば傍にいたい。


 上手く立ち回って静羅が反論できない状況を築く必要があるだろう。


 なんとか手を打つしかない。


 静羅の無自覚には困ったものだ。


 それが和哉の決断だった。


 報告書を読み終わり読書でもするつもりなのか、教室で分厚い書物を開く和哉に、東夜はさりげなく教室中に視線を巡らせた。


 和哉の一挙一動を追うようにクラスメイトの視線が絡んでいる。


 当の和哉はそんなことには意識も向けず黙殺状態だが。


 こういう排他的なところは静羅と和哉はよく似ている。


 東城大付属の期待の星とまで言われる高樹和哉。


 小学部に入学したときから不動の学年ナンバーワンをキープしていて、4年生からなれる生徒総長を中学1年の頃まで歴任。


 2年になる頃には「飽きたから」の一言で辞退したが、後釜になった忍に泣きつかれ、結局副総長をやるハメになった。


 つまり名前がすこし変わっただけで、実質的な総長は変わらずに和哉だったということである。


 文武両道を地でいく和哉は、頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗。


 おまけに権力、財力まで併せ持つスーパーアイドル。


 一言で言ってしまえばモテる。



 男にも女にも大人気。


 恋人志願、下僕志願。


 選り取り見取りの選び放題。


 が、友達にすらなれた者はいない。


 唯一対等に付き合えるのがクラスメイトの天野東夜と、東夜の従兄で1学年年上の浅香忍のふたりだけだった。


 友達というよりも和哉の配下とか臣下。


 そんな感じの付き合いではあったが。


 和哉のプライベートに関わっていても出過ぎた真似はしない。


 彼に言われた通りに動き、絶対に自己主張をしない。


 そういった付き合い方をしていた。


 これは和哉がそう望んだのではなく、ふたりがそういうふうに和哉に近付いたからだった。


 深入りしても出過ぎない。


 そんなふうに接していく内に和哉の警戒心も薄れたというわけだった。


 だから、週末に和哉の頼みを二つ返事で引き受けて、関西まで出掛けることもやってのける。


 不思議な関係なのだが、彼らがそういう関係だと知る者は少ない。


 またそういう関係でありながら、東夜だけは友達のような接し方もしていた。


 忍は絶対に乱暴な口の聞き方をしないが、東夜は和哉と対等に喋る。


 別に和哉はふたりを部下にしたつもりはないので、特に疑問は感じていない。


 それでもやはり和哉は東城大付属のキングなのである。


 ただ今でこそ受け入れられている東夜と忍だが、和哉の信頼を勝ち取るためにまずなにをしたかと言えば、毛を逆立てた猫みたいに警戒心バリバリの静羅の信頼を勝ち取ることだった。


 この場合の信頼とは敵だと判断されないところに重点を置いていて、別段、静羅がふたりを信じて受け入れたわけではない。


 ただ静羅に敵視されたままでは、和哉が絶対に警戒を解かないことが、ふたりにはよくわかっていたのである。


 将を射んと欲すればまず馬から。


 この言葉ほど和哉と静羅の兄弟を表すのに、適切な表現もないだろう。


 和哉の信頼を得たければ、まず彼よりも弟の静羅から崩さないといけないのだ。


 そのことに気付いている者がいないのが不思議なほどである。


 和哉は常に静羅を護っているから、当たり前のことだが、静羅が警戒する相手は彼も警戒する。


 時には静羅が無視している相手ですら、不穏な動きをしたら威嚇するくらいだ。


 その辺のところを皆がわかっていないのが、東夜には不思議だった。


「しっかしおまえってさあ。自分のこと不遇だなあ……とかって感じたことないか?」


「不遇? どうして?」


 読んでいた本から顔を上げて、和哉が不思議そうな顔をする。


 髪も瞳も茶色がかっていて純粋な日本人というより、すこし異国の血でも混じっていそうな不思議な容貌だ。


 また美少女でも通る美貌を持つ弟、静羅と並んでも見劣りしない美貌の持ち主でもある。


 その意味は180度違うが。


 外見だけなら軽薄な美少年と言われても不思議のない和哉だが、幼い頃よりやっている武道のせいで身体は鍛えられている。


 おまけに4年生の頃から総長を歴任していて、自然と身についた優等生然とした雰囲気もある。


 お陰で不愉快な誤解はされずに済んでいた。


「だってさ、おまえ普通の美少女を見ても感慨ひとつ沸かないんじゃないのか?」


「は?」


「物心つく前からさ、あれだけの美貌を持つ奴が傍にいたんじゃ、並の美少女には関心すら持てないだろ?」


 ズバズバと切り込んでくる東夜に和哉も呆れ顔である。


 静羅が聞いたら怒鳴り散らしているところだ。


 たしかに静羅の美貌はどちらかと言えば少女的で、中性的を通り越しているが、本人はそれが気に入らないらしく、ほとんどお洒落をしない。


 ズボラを極めている節があるのだ。


 何度も怒ったが静羅は頑として譲らなかった。


 たぶんお洒落をするばするほど、そういうふうに見られると、自分でも気付いていたのだろう。


 言ってみれば静羅にとって絶対に触れられたくない話題なのだ。


 本人の前で言っていたら、今頃どんな騒ぎになっているやら。


「東夜。それ静羅の前で言ったら、とんでもないことになるから、絶対にするなよ?」


「俺だって生命は惜しい」


 真顔で言う東夜に和哉はドッと脱力してしまう。


「それに兄貴として言わせてもらうなら、あれでも静羅は弟だ。比較する方が間違ってないか?」


「あれが男に見えるなら、おまえ眼科行った方がいいぞ」


 不敵に告げる東夜を見て、一体どこが生命が惜しいのだろうと、和哉は悩んでしまった。


 命知らずな発言としか思えなくて。


「俺が言ってんのは見掛け、つまり外見の問題なわけ。実際あいつが喋らずにただ立ってたら、すぐに見物人の山ができるって。それも男だけの」


「東夜」


 言葉の正当性は認めても、思わず頭を抱えてしまう和哉だった。


 ここに静羅がいなくてよかったと心の底から思う。


「あいつ絶対に生まれてくる性別を間違えてるって。外見だけならものすげぇ美少女じゃん? それも絶世ってつくような。あれが男だなんてホント勿体ないよなあ」


「おまえさ、ホントに生命が惜しいのか、東夜? オレには殺してくれって主張してるように聞こえるんだけど」


「でも、そうだってことは和哉も認めるだろ? あいつの外見が、ちょっと見掛けないくらいの絶世の美少女だってことは」


 否定できない和哉は黙秘するしかなかった。


 常識的な見解だが真実を知る和哉は、肯定も否定もできなかったのである。


 静羅という名の由来。


 その意味は今のところ家族しか知らないので。


「俺が言いたいのはおまえのことだよ、和哉」


「だから、なにが言いたいんだ?」


「ああいう弟が傍にいて、ごく普通の世間一般的な美少女に、おまえちょっとでも好奇心覚えるのか?」


 これには二の句が継げない和哉だった。


 確かに少々の美少女では全く動じずに今までを生きてきたので。


「その顔だと自覚してなかったって感じだな。おまえさ、今まで告ってきた中には周囲が羨むような美少女だっていたんだぞ?

 それを一顧だにせずに断って。理由は静羅だろ? 最上の美を見慣れてるから、ちょっとやそっとの美では心が動かない。違うか?」


 言われてみれば一々ご尤もである。


 告白されて断った後で周囲の男子からは、羨望と嫉妬の眼差しが向けられたことは多々あった。


 ただ和哉がその意味に気付かなかっただけで。


「……そんなに綺麗な子いたか?」


 控えめに訴える和哉に周囲のクラスメイトたちも和哉の基準の高さを知って、女子は諦めたような眼差しを男子は同情の眼差しを送っている。


 静羅の美貌を思い出し、あれを基準にしたら、だれも残らないだろうなと、しみじみと思いつつ。


「まあおまえには静羅より劣っていたら、美少女には見えないのかもしれないけど」


 言い返せないところが辛い。


 無意識とはいえ周囲から見れば前例を作っていたらしいので。


「だけどな、和哉。どんなにキレーだろうが、どんなに素晴らしい外見をしてようが、あれは男、なんだよ」


「なに当たり前のことを」


「だったらおまえ好みのタイプの基準、静羅より下だって言えるのか?」


 ズブリと心臓に切り込んできた気がして答えに詰まった。


 静羅より劣っていたら興味も沸かないかも。


「だから、不運だって言ったんだよ。夢を見る前におまえの傍には最高の答えがあって、おまえさ、自然と目が肥えてるんだよ。審美眼の基準が信じられないほど高くなってるわけなんだ。自覚したか?」


 ムスッとしつつ頬杖をつき、顔を背ける。


「あれが男じゃなかったら、まだマシだったのかもしれないけど、男な上に弟だろ? これが不遇じゃなくてなんなんだよ? 双生児の弟の美貌が判断基準なんて、かなーり不遇だぞ、和哉?」


「おまえ……ケンカ売ってんのか、オレに?」


 低い声で凄む和哉に東夜はあっけらかんと答えた。


「現実を指摘してるだけだ」


 これにはガクーと机に突っ伏してしまった和哉だった。





 流星が集まる地。


 時代が動き出すとき、運命の星が集まる。


 赤い鬼火がひとつ。


 紅蓮の星と添え星がひとつ。


 幾つもの宿命の星が集まる地。


 そこにいるのは果たして「だれ」なのか。


 それとも「なに」が待っているのか。


 時が動きすべてが変わりはじめる。


 血の色に染めて。

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