2.内合

第4話

 外に出ると、新芽が一層瑞々しく、若葉色から深緑へと変わる頃。

 5月最初の平日、且つ朝。と言っても、明日から直ぐゴールデンウィークなわけで、月曜日だけ登校すれば良いってのは気が楽だ。

 部活もこの天気だと、天体観測やるかやらないかは微妙なとこ。

 雨は降らなそうだが、雲が大きく深い。こういう日は大体活動が流れて帰宅させられることが多い。


「お、空を見てるのか」

「またか……」

「また?」


 気づけばいつもの曲がり角、俺は声の主に対し、ここ最近思ってた事をぶちまける事にする。


「何でこんなに登校時間被るんだ。俺と凪桜なぎさ

「……言われるまで考えた事無かったな。確かに」


 ふむと考え込む凪桜、いやいや、流石におかしいだろ。平日5日間のうち4回は俺こいつと登校しているんだぞ?

 俺は歩き登校。この辺を通る時間は毎回5分前後違う。だが凪桜は地下鉄経由でここまで歩いてくるはずだから、こんなに頻繁に遭遇するわけ無いんだが。

 どうやらその理由が思い当たるのか、ポンと凪桜が手を叩く。


「私達体内時計が似てるのではないか?」

「いや……そういう問題じゃねぇだろ」


 天然で言ってそうで怖い。この1ヶ月弱、凪桜の要領の悪さ全開のド真面目さ加減に、辟易としているところだ。


「朝の地下鉄は5分に1本とかだろ? 1個遅れたり、俺がその日3分早く家出たりしたら、朝に会わないはずなのに、こんなに、しかもここで遭遇するのは一体何でなんだって話だ」


 俺が懇切丁寧に説明したのに対し、凪桜は眉根を寄せて答える。


「それ重要な事なのか?」

「……確率論的には」

「なるほど、可能性の観点的におかしいって話か」

「うーん……まぁ、てゆうか」

「煮えきらないな。何だ?」

「……俺をそこの角で、毎回待ってんじゃ無いよなって話」


 言いたくなかった事を……結局言わされた。

 ちょっと恥ずかしくて、そっち見て言えないが。


「私が和也かずやを?」


 声が……声がめっちゃ素。がああっ、絶対しくった。自意識過剰だって帆奈美がいたら死ぬほど笑われる。イケメンしか許されちゃいけないだろ。この確認!


「いや、偶然ならいいんだよ。別に。偶然なら」


 恥ずかしくて先に断りを入れて歩く足を早めた。めちゃくちゃダサい事をしている自負はあるが、足が止まらん。


「待っては無いけど」


 響く声だった。他の登校している生徒も俺たち2人を見るくらいには。思わず立ち止まり、振り返る。


「最近は、その、いたら……」


 そこまで言って、凪桜の口が止まり、俯いた。続きを待つが、数秒そのままなので、問いかける。


「いたら?」


 すると、凪桜はすっとこちらを見据え、拍子抜けしたような顔をして続きを言った。


「嬉しいなと思ってたらしい」

「……他人事かよ」


 だがそんな真っ直ぐ言われると、先の言わせられた件も合わせ、何処か気恥ずかしい。

 凪桜みたいな人間関係より自分。みたいな奴が、俺と会う事が楽しいと思えるようになったって事実が、自分でも思ったよりかなり嬉しかった。


「なぁ、和也」

「は、はい?」


 喜びを噛み締めてるところ、間髪入れずに声をかけられて、キョドってしまった。いつの間にか俺の隣にいるし。何だ? いつも何処か浮世離れした世界観を持つ彼女だが、目をキラキラとさせて、頬をほんのり紅潮させて、いつもより更に他と更に一線画すような雰囲気が。


「最近少女漫画を読んだせいだろうか。何だか。変だ」

「……はい?」

「これが、恋、というやつなのではないか?」


 急過ぎた。お陰で心臓が全力ダッシュした後みたいな高鳴りになってるのが分かる。

 流石、水野みずの凪桜なぎさ。感じた疑問を、バカ真面目に口にしてしまい、その結果を考えない。この1ヶ月近く見てきたいつもの彼女だ。

 でも、違う。きっと勘違いなのだそれは。


「それはあれだ! 運命マジックというやつだ!」

「運命……マジック?」


 聞き慣れない言葉に、凪桜は首を横に傾げた。


「そう! 何かと相手と考えが被ったり、同じ場所で遭遇したりすると、相手を変に意識し始めてしまう。偶々なのに! けど人はそれを運命と感じて、脳が勝手に恋へと結びつけようとする現象! 今凪桜に起きているのはそれだ!」

「なるほど……じゃあこれは運命マジック……恋では無いのだな」

「あぁ、そうだ。恋はそんな一朝一夕で起きたりするもんじゃ無い」

「一目惚れという言葉もあるが」

「それは見た目が好みというだけで、脳が勝手に恋愛対象に結びつける現象だ。そんな物を恋というだろうか。いや言わないね」

「テンション高めに反語を使うぐらい饒舌になってるな」


 さも微笑ましいとでも言うように、優しく笑う彼女。いつもそうだ。他の人には向けない。リラックスしたような、呆れて力の抜けたような笑い方を、彼女は俺にだけ向けてくる。

 危うい、俺にだけ向けてるとは限らないだろう。ほら、俺の知らないところで中学の時の同級生とかさ、つかあれだ。帆奈美には向けてるだろ。いかんいかん。こういうのが勘違いして玉砕する男子を生み出すのだ。

 全く、俺が帆奈美を好きだから良かったものの、他の男子ならうっかり惚れててもおかしく無いぞ。

 1人勝手に窮地を切り抜けた気になって、汗を拭う。すると、凪桜がこちらを見ていた。え、ずっとか?


「因みに、和也は、好きな人がいるのか?」


 これは恋愛の駆け引き的な意味合いは無く、単純な興味で聞かれているのが、雰囲気で察した。


「ノーコメント」


 答えると、凪桜はふっと破顔する。


「いないと答えないのならいるんだな」

「ノーコメントって言ってるだろうが。勝手に決めつけるな」


 思わず声が強くなってしまった。そんな俺の反応で、彼女は確信を持ってしまったようだった。


「相手は、帆奈美かな」

「……ノーコメント」


 返事の前にヒュッと息を吸ったのは、ぞわっと左胸を何かが駆け巡ったような感覚がしたから。


「君、隠す気あるか?」

「……からかうつもりならやめろ」

「あ、おい、和也」


 振り向かずに俺は早歩きで教室へと向かう。いや、向かうのでなく、逃げた。情けなく、彼女の迷い無く、躊躇いのない瞳に対して、この後隣の席で、部室で、登校中で、どんな顔すれば良いのか分からなくなって、そんな事が初めてで。どうしようもなく、この場に留まることを足が拒否してしまった。

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