第43話 善意と悪意の対決(後編)

 矢那華やなかは手でポケットを探る。銃を取り出そうとしているんだろう。

 それでも、私は動じない。むしろ、「かかってこい!」と言わんばかりに身構えた。

 銃を取り出すまで時間がある。だから、私は飛び出して不意打ちする。


「な、何!?」


 矢那華やなかは床にく。

 私は銃を探っている彼女の手を掴んで、めにする。

 唸り声を出して、矢那華やなかは私の腹を蹴ろうとする。

 しかし、私はそれを簡単にかわして、彼女を子供のように抱き上げた。

 矢那華やなかはどんなに必死に藻掻いて足を振っても無駄だった。この調子で進めば、私の勝利になりそう。

 

「銃を持っているのがわかるのよ!」


 と、私は言って彼女の身体からだを強く振る。

 すると、彼女が取り出そうとしていた銃がポケットから落ちて、床にぶつかった。

 それを見た矢那華やなかは半泣きになりそうになった。

 そして、今まで修羅場を傍から観察していたかなえが戦闘に参加する。かなえは落ちた銃を拾って、矢那華やなかに見せた。

 

「これはもう要らないね。銃は斎場にふさわしくないよ」


 言って、かなえは銃を壁に叩きつけ、念のため何回か踏む。

 銃を踏むたび、矢那華やなかは唸り声を出した。

 彼女にはもう武器がない。必死に藻掻くことしかできない。


「ど、どうして銃を持っているのがわかったの……!?」


 と、矢那華やなかは声を絞り出すように叫んだ。

 正直、彼女は頭がよくなさそう。主犯がそんなことを叫んだら、警察がすぐに来るんじゃないか?


「タイムスリップしたんだ! 前回はあんたに膝を撃たれたせいで葬式に行けなかった。でも、かなえが行きたいから、私はあんたを倒さなきゃ! 復讐だよ!!」


 叫んで、私は矢那華やなかかなえのほうに放り出した。

 かなえ矢那華やなか身体からだを受け取って、廊下の床を引きずり始めた。

 矢那華やなかは藻掻きすぎたせいか、体力を全部尽くしたようだ。床に引きずられながら、彼女は小さく唸った。

 私たちは廊下の突き当りにあった部屋に入って、矢那華やなかを閉じ込めた。


「今警察を連絡するから、矢那華やなかを見張ってください」


 かなえは凛々しそうに両手を腰に当てて、そう言った。

 私が頷くと、かなえきびすを返して、廊下を走り出した。

 よりによって、私はと二人きりになってしまった……。

 身体からだが痛いのか、警察を恐れているのか、彼女はえつを漏らした。

 もう何もしようとしないだろうと思って、私は矢那華やなかのそばに座った。 


「もう、零士れいじを首にしてやるよ……」

「ほう、『ただの部長』じゃなかったっけ?」

「私はそんな言葉を言わなかったけど」


 ーーしまった。この時点で彼女はその台詞を言わなかったんだ。


「なんでもない」


 言って、私は溜息を吐いた。

 葬式はこんなものだろうか? 違う、多分。

 普通に上手くいくだろう。銃を持ってくる人は来ないだろう。少なくとも、めっに来ない。

 言い方が悪いけど、この混乱は妙にふさわしく感じた。なぜかのぞみはこんなことが好きだったんだろうと思った。

 しかし、あくまで葬式だから混乱が良くないに決まっているだろう。


 ーーそういえば、警察はいつ来るのかな? これ以上この問題児の子守りをしたくないよ……。


 そう考えた途端、誰かがドアをノックした。

 私は床から飛び出してドアを開けた。

 視界に入ったのは、かなえと二人の警官だった。


「この銃ですか?」

「はい、そうです。わたくしはできるだけ振れないようにしたので、ほとんど犯人の指紋が残していると思います」

「助かります、お嬢さん」


 そして、一人の警官が部屋に入ってきて、矢那華やなかに目をやった。


矢那華やなかさんですか?」

「……はい」


 矢那華やなかは観念したように溜息を漏らした。


「銃器所持の容疑で逮捕します」


 言って、警官は矢那華やなかに手錠をかけ、廊下で立っている警官と目配せをした。

 彼女の遠ざかっていく姿を見つめながら、私は頭の中でガッツポーズをして、「ざまあみろ」と思った。

 私はかなえと廊下を歩いて、斎場の一階に向かっていく。

 矢那華やなかが逮捕されたからには、待ちわびた葬式が始まるんだろう。


 ーーさらば、矢那華やなか部長……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る